第1話 隣の席には学園のアイドル
ふぁ……眠いや。
結局、昨日は遅くまでネトゲーをしてたんだっけ。
平日の夜はやらないようにはしてるんだけど……昨日は、アレもあったしなぁ。
「拓馬〜! 起きなさーい!」
「はーい! わかってるよー!」
姉さんの声がしたので、急いで飛び起きる。
そうしないと、羽交い締めを食らうからだ。
そもそも世話になってるし、十歳も離れているので逆らえない。
一階のトイレに行って歯ブラシをしたら、リビングに入る。
そこではちょうど、エプロンをとった姉さんがいた。
「あら、惜しいわね。もう少しで突撃するところだったのに」
「アブナイアブナイ。というか、それは勘弁してよ……一応、年頃の男子なので」
「だったら、きちんと早寝して起きることね。昨日だって、遅くまでゲームしてたでしょ?」
「ごめんなさい……」
「まあ、別に私は止めはしないわよ。さあ、ご飯を食べましょう」
大人しく席について、いつも通り二人きりの食事をとる。。
原則として、テレビやスマホは見ないという決まりだ。
この時間くらいしか、俺と姉さんの時間は合わないから。
「学校はどう? 友達できた?」
「……できてないよ」
「ネットの友達もいいけど、リアルの友達も作りなさいよ? ……あんまり口煩いことは言いたくないけど」
リアルかぁ……別にいらない気がするけど。
別に遊び相手はネットで事足りてるし。
何より、リアルな関係は怖い。
「うん、それはわかってるんだ。ただ、やっぱり怖いというか……」
「まあ、仕方がないわね。ただ、きちんと生活はすること。勉強だったり、遅刻だったり寝坊とかはダメ……それは最低限守りなさい」
「うん、そこはきちんとする」
「なら良いわ。今日も遅くなるからご飯は適当に食べてちょうだい」
「わかった。姉さんも無理はしないでね」
後はいつものように、昨日あった出来事なんかを話して朝食を終える。
食器を洗い、姉さんが会社に行くのを見送ってから、俺も制服に着替える。
そして最後にパソコンを確認して……昨日のことが現実だと思い知った。
「オフ会かぁ……どうしようかな?」
昨日ネトゲーをやっていたら、たまたまオフ会の話になった。
最近、流行ってるらしく、我々も一回やってみないかと。
正直言って、俺は断るつもりだった。
「ただ、アキラさんも来るかな……」
俺より年上の男性で、中学生だった時にネトゲーの面白さを教えてくれた人だ。
今は事故に遭って怪我をしてしまったとか。
その時の後遺症か、うまくゲームができなくなったみたい。
ただ、俺にとっては恩人に違いない。
「なんか、俺が来ないなら二人でも良いって個別で連絡きたし……って遅刻する!」
遅刻なんかしたら、姉さんに殺される!
俺は鞄を持って、急いで家を出るのだった。
◇
自転車をひたすらこいで駅に着き、どうにかチャイムが鳴る前に学校に着く。
そのまま急ぎ、教室の手前で息を整える。
「ふぅ……最後の方に教室に入ると、みんなが先生だと思って注目するから嫌なんだよなぁ」
別に誰も俺のことを気にしてないのはわかってる。
それでも気にしてしまうのが陰キャの性ってやつかも。
ひっそりと教室入ると、全員の視線が向けられる。
「っ……!」
「……なんだ」
「先生じゃないねー」
俺を一瞥したあと、再びみんなが話し始める。
俺は息を吹き返し、平静を装って窓際の一番後ろである自分の席に着く。
我ながら情けないが、わかって欲しい……視線もそうだが、朝一番に緊張する場面があるからだ。
そう、多分だけど隣にいる彼女が声をかけてくるから。
「吉野君、ギリギリだったねー?」
「う、うん、そうだね」
「昨日、何かしてたのかな?」
「え、えっと……漫画を読んでて」
「あっ、そうなんだー。今度、私にも見せてくれる?」
「そ、それはいいけど……」
「じゃあ、約束だからねー」
そのタイミングで野村先生がきて、どうにか会話が終わる。
き、緊張した……バレないように横目でチラッと彼女を見る。
鼻筋も通っていて整った輪郭、天然物だというサラサラ金髪ロング、横からでもわかる胸の膨らみ……彼女こそが学園のアイドルと言われる松浦結衣さんだ。
性格も優しく明るく、みんなの人気者で……そう、俺とは真逆に位置する存在だ。
「おーい、吉野ー? 吉野はいないのかー?」
「吉野君、野村先生が呼んでるよ?」
「へっ? あ、はい、すみません! いましゅ!」
ァァァ! 噛んだ!? 恥ずかしい!
いや、いきなりツンツンされて振り向いたら綺麗な顔があったから仕方なくない!?
こちとら年齢イコール彼女なしところか、女子とまともに話したことないのに!
「いるんなら返事しろよー。目の下が暗いし、若いとはいえしっかり寝ておけ」
「き、気をつけます!」
「みんなも気をつけろー。先生みたいにおじさんになってから後悔する……くそっ、俺も寝とけば後三センチ……」
どうやら、先生は俺と同じ身長の172センチらしく、後三センチ欲しかったとか。
でも、その気持ちはわかる……俺も180くらいあったら自信とかもてたのかな?
「ふふ、吉野君噛んでたね?」
「い、言わないでください……」
「ごめんごめん。でも、本当に気をつけてね?」
「……うん、ありがとう」
その微笑みに思わず下を向いてしまう。
本来だったら、俺をからかっているだけだと思うだろう。
ただ……もしそうだとしても、俺が松浦さんに悪感情を抱くことはない。
あの日、俺が助けてもらったのは事実だから。
◇
このクラスになって数日後……放課後の教室で、俺の席の周りで彼女を中心に人が集まっていた。
俺は帰りに忘れ物して戻ったけど、その声を聞いて立ち止まってしまった。
とてもじゃないが、俺が入っていけるような空気感ではない。
「きゃはは!」
「いやー、マジでウケるわ」
「というか、このクラスで良かったよなぁ」
「つーか、というか後ろの窓際の席が良かった」
それは俺が座っている席だった。
その時、嫌な記憶が蘇る。
中学の頃に軽いいじめを受けていた俺は、席替えを強要されたことがある。
今回も、同じことが起きると思った。
「んじゃ、代わって貰えば良いじゃん」
「ここにいる奴ってあれだろ? なんか地味なやつ……誰ともしゃべんねえし、良いんじゃね?」
「それは良くないよ。それに彼には吉野拓馬君って名前があるしね」
「なになに、話したりすんの?」
「おはようとか、さようならくらいだけど……でも、私はそういうのはしたくないかな」
その言葉に俺はひやっとする。
そんなことを言って仲間外れにされたりしないのだろうか?
というより、そういう恐怖はないのかと。
「そ、そうか……まあ、それもそうか」
「わりぃ、俺も悪ノリしちまったな」
「相変わらず良い子だねー」
「別に良い子じゃないよ。それを言ったらみんなだって良い子だもん。話せばわかってくれるもんね」
その言葉で空気感が伝わってくる。
ちょっと嫌な空気から、綺麗なものに変わったことを。
良い子ぶってるかもしれないし、裏では何か言ってるかもしれない。
でも、この日以降何かを言われたことはないし、苛められたりもしてない。
そのおかげで、俺は次の日からも学校にいくことができた。
その日から、彼女は俺の恩人だ。
……ただ、忘れ物は持って帰れなかったけどね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます