第26話 デートの終わり

 ハサミで切ってわけ終わると、五時を過ぎていた。


 確か六時には家に帰らないと言ってた。


 ……なんかあっという間だったなぁ。



「それじゃあ、帰ろっか?」


「そうだね……」


「とりあえず、エレベーターいこっ」


 すると、片方が整備中と書いてあり、もう片方が混雑していた。


「あちゃー……エスカレーターにしよっ」


「その方が良さそうだね」


 特に話すこともなく移動を始める。

 ……なんだろ、この感じは。

 気まずいわけじゃなくて、何か物足りないというか。

 そもそも、俺は今日彼女に引っ張ってもらってばかりだった。

 何か、俺にできること……すると、彼女がUFOキャッチャーのコーナーで立ち止まる。


「あっ、これ……」


「ん? 何かあった?」


「ううん、何でもない……あっ、電話来ちゃった。吉野君、少しここで待ってて!」


「えっ? 行っちゃった」


 そこで俺は、ふと彼女が見ていた機械を見る。

 そこには、サメのぬいぐるみが置いてあった。


「もしかして、これが欲しかったのかな? ……そういえば、テレビでサメのぬいぐるみが流行ってたとか見たことあるような」


 松浦さんは……まだ帰ってこない。

 よし、ここはひとつ頑張りますか。

 そう思った俺は、急いで両替をするのだった。







 そして五分くらい待っていると、松浦さんが駆けてくる。


 俺はそれを見られないように物陰に隠す。


「ごめんなさい!」


「ううん、平気だよ」


「それで、急いで帰らないといけなくて……」


「あっ、そうなんだ。じゃあ、ここで解散にしようか」


「本当にごめんなさい!」


「いやいや、元々帰る時間だったから。えっと……じゃあ、これだけでも受け取ってくれるかな?」


 俺は機械の足元に隠していたぬいぐるみを取り出す。

 あの五分の間に、3回目にして取れた物だ。

 自分が動く系は苦手だけど、こういうのは得意で良かった。


「えっ? それ私がさっき見てたやつ!? どうして持ってるの!?」


「いや、欲しいのかなって思って……だから、さっき取りました」


「うん! 欲しいなって! わぁ……すごい。えっと、私にくれるの?」


「その、迷惑じゃなければ受け取ってくれると嬉しいです。今日のお礼というか……色々と迷惑をかけちゃったし」


 すると、彼女が不満そうな表情を浮かべた。

 あれ? 何か間違ったかな?


「むぅ……嬉しいけど、それは嫌です。私は楽しかったし、迷惑なんて思ってないもん。だから、お礼を貰うようなことはしてないよ。だって、私がしたくてしたことだから」


「あっ……」


 またやってしまった。

 いつも、こういう卑屈な自分が嫌なのに……こういう時はどうすれば良いんだろ?


「ただ、吉野君の素直な気持ちが聞きたいかな」


「素直な気持ち……今日は本当に楽しくて、また来たいと思いました。これは、俺があげたいっていうか……その、松浦さんが喜ぶ顔が見たいって」


 そうだ、あの時の俺は迷惑かどうかとか考えてなかった。

 ただ、あげたら喜ぶかなって思ってた。

 すると、松浦さんがくしゃっとした笑顔を見せ、俺からぬいぐるみを受け取った。


「そういうことなら受けとるね! えへへ、ありがと〜めちゃくちゃ嬉しい!」


「いえいえ、こちらこそ」


「あっ、時間が……後でラインするね! それじゃ〜!」


「ま、またね!」


 彼女が俺に手を振り、タタッと駆けていく。


 俺はその姿が消えても、しばらく立ち尽くしてしまうのだった。






 ◇



 私が急いで家に帰ると……玄関でお父さんが待っていた。


 相変わらず険しい顔をして怒っているように見える。


 小さい頃は怖かったけど、今はわかる……多分、不器用な人なんだなって。


「帰ったか」


「お父さん、ただいまー。もう、電話しなくても良いのに。今日は朝から出かけて遅くなるって言ったじゃん」


「それは聞いていたが……腹が減ってしまった」


「はいはい、わかりましたよー」


 私は急いで着替えや片付けを済ませ、キッチンに入る。

 そして材料を取り出し、調理を始めた。


「うむ、手際が良くなったな」


「そりゃ、いつも自炊してますから。というか、お父さん自分で作れば良いのに」


「ぐっ……すまん。どうしても気持ち悪くなってな。もう仕事以外で作るのは嫌なんだ。外出するにしても、何処も混んでいる」


「もう、仕方ないなー。すぐにできるから待ってて」


 お父さんは長年の間、ホテルの料理人として働いていた。

 洋食料理は得意なんだけど、和食は苦手みたい。

 何より、仕事以外では料理はしたくないらしい。

 よく、趣味を仕事にするべきはないなとか言ってた。

 多分、料理が好きじゃ無くなったんだと思う。


「ああ……今日は何かあったのか?」


「えっ? どうして?」


「何やら機嫌がよさそうに見える」


「あぁー……今日は楽しかったからかなぁ。ボウリングしたり、カラオケ行ったり、ゲームしたり」


 ボウリングは吉野君面白かったし、楽しんでいたみたいで嬉しかった

 ただ初めて男の子と二人で遊んだから、少し緊張したけど……カラオケとか特に。

 入ってから、狭い密室なことに気づいて焦ったよね。


「そういえば、さっき変なぬいぐるみを持っていたな」


「むっ……変じゃないもん。あれは人気なんだからね?」


「そういうものか」


「そうそう、あれは大事なプレゼントだし」


 あの時はびっくりしたなぁ。

 お父さんから電話きて、慌てて場所を変えて話して帰ってきたら……いつのまにか取ってるんだもん。

 嬉しいけど、欲を言えば取ってるところを見たかったかも。

 ……また行ったらやってくれるかな?


「そうか……楽しんでいるなら何よりだ」


「お父さん、私は楽しんでるから平気だよ。だから、あんまり気にしないでね」


「……ああ」


 不器用なお父さんなりに、お兄ちゃんの件とお母さんと離婚したことを気にしてるらしい。

 気にしてないと言ったら嘘になるけど、それは考えても仕方のないこと。

 だったら、前向きに楽しんだ方が良いよね。


「最近は、新しい友達もできたんだよー」


「そうなのか」


「うん、とっても優しくて良い子なんだー。人が困ってると、助けたりしてる人だよ」


「なるほど、それは良い子だな」


 そんな会話しつつ、夕飯を作り終える。


「はい、どうぞ」


「お前は食べないのか?」


「だって、まだ六時過ぎだよ? ちょっと疲れたし昼寝してくるね」


「確かに早いか。わかった、有り難く頂くとしよう」


 食べ始めるのを確認してから、自分の部屋に戻る。

 そしてぬいぐるみを持って、ベットに横になった。


「えへへ……次は何をして遊ぼうかな」


 そんなことを考えていると、すぐに眠気がやってくる……。


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