【平成二十四年(2012年)秋~冬】


【平成二十四年(2012年)秋】


 天皇賞の四代制覇は果たされた。その瞬間に、急に俺が天に召されることもなかった。親娘三人で一緒に写った口取り写真は、家族の宝物となった。


 GI馬となったキングオブクールは、仁科調教師との相談を経て、欧州への海外遠征に向かった。ランカエカテリーナのアメリカ遠征で積んだ経験は大きな財産になっている。また、今回は最初からエスファを頼らせてもらった。


 2200~2500メートルでサンデーサイレント系の馬たちと争うよりも、本場でステイヤーとしての資質を開花させようという方向性となる。


 海外の長距離の最高峰といえば、イギリス、アイルランドでの菊花賞相当となるセントレジャーかもしれないが、古くから伝わる枠組みとして、イギリスの長距離三冠、通称カップ三冠がある。六月下旬のGIゴールドカップ、八月頭のGⅡグッドウッドカップ、九月上旬のGⅡドンカスターカップの三競争がそれに当たる。


 ゴールドカップは日程が厳しいので見送り、向かったのはグッドウッドカップである。キングオブクールは近代競馬発祥の地、イギリスで長距離GⅡを勝利した。

 一旦帰国して向かった、オーストラリアのメルボルンカップも制して、通算でのGI二勝目を果たしている。


 海外遠征で総ての手綱を取ったのは高瀬巧騎手で、競馬好きの間では話題の人となってもいた。まあ、これからであるのだけれど。


 海外遠征で総ての手綱は取ったのは高瀬巧騎手で、競馬好きの間では話題の人となってもいた。まあ、これからであるのだけれど。





 そして、10月には、ついに中央競馬のI-PATで地方競馬の発売が開始された。競馬において、中央の比重はやはり大きく、ネット投票の増加が期待できる。


 一方で、このタイミングより前に、上田競馬の黒字化を達成できていたのはとてもいい状態だろう。ここからは、徐々にモードを切り替えて資金をかけたプロモーションを打っていく形が求められそうだ。



【平成二十四年(2012年)十二月下旬】


 この年に、牡馬と牝馬で三冠馬が誕生するのは前世のままだった。どちらも強者であるのは間違いなく、キングオブクールのほぼ同世代であるため、厄介な状態となっていた。


 まあ、それも中距離、クラシックディスタンスに色気を持ってしまえばの話であり、長距離に特化すれば気にする必要はない。オルフェーヴルリは菊花賞こそ勝っているが、翌年の天皇賞・春では大敗を喫するのが史実で、長距離適性は高くないと考えるべきだった。




 キングオブクールの一年の締めくくりは、有馬記念ではなく上田の長距離重賞、村上義清賞が選定された。


 ダートの3300メートルで行われるこの競争は、上田競馬で行われる長距離戦線の総決算的なレースである。


 春の天皇賞を制覇し、海外GIも勝利した馬が地方競馬に出走するのは異例な事態で、大きな話題を呼ぶことになった。


 この年の有馬記念は、前世通りであれば、ゴールデンシップが出遅れからの大外強襲による勝利を飾るはずである。キングオブクールは2500メートルがこなせないわけではないが、直線が短めの中山でのレースは紛れが起こりやすく、リスクを負ってまで挑む必要はない、というのが仁科師の判断だった。


 なんにしても、天皇賞馬を迎え入れた上田競馬場は、画面越しにも大盛況なのがわかった。


 相手の筆頭は、この年の上田牝馬三冠を達成したランカシュヴァルツである。手綱はデビュー以来、ヤマアラ……、嵐山先輩が手にしている。


 実力的には、牡馬三冠を狙ってもよかったのだが、付き合いのある馬主さん所有の爛柯牧場生産の三歳牡馬がいたため、棲み分けを行ったような形となっていた。


 レコード更新ペースながらも馬なり調教レベルの走りを見せていたキングオブクールに、まったく無抵抗の素振りだったランカシュヴァルツが、最後の第三コーナーからロングスパートを仕掛けた。直線に入る間際には、影を踏めそうかというところまで迫ったのだが、そこでキングオブクールの肩にステッキが一閃されると、猛烈な末脚が示された。


 凄みを見せつけた世界王者キングオブクールと、地元の王者ランカシュヴァルツの対決においては、真剣に悔しがる嵐山騎手の姿が大きくクローズアップされたのだった。




 この年には、AKB48の勢いがさらに増して、年間ヒットチャートの上位を独占する状態となっていた。次いで嵐とSKE48が人気を博している。そういう時代だと捉えるべきか。


 阪神は、暗黒時代のヒーローだった和田監督の就任一年目となる。まあ、5位だったんだけどな。


 ただ、ドラフト会議で甲子園のスター、藤浪晋太郎投手のくじを引き当てたのは、大きな功績と言えそうだ。前世の記憶でも、確か活躍していたような記憶があるし。


 一方で、二刀流でいずれメジャーに向かうと俺でも知っている大谷選手は、北海道日本ハムファイターズに入団していた。どちらも活躍してほしいものである。


 流行語大賞はスギちゃんのネタだったが、二周目だと懐かしいような、醒めてしまうような微妙な感じとなる。


 ……といった話題に過度に目を向けてしまうくらいに、震災の影響はまだ拭い切れていない。二周目でもまだ尾を引いているのだから、初回の人々の受けた影響度は強いのだろう。俺は、前世では社会への参加度合いが低かったために、直撃を免れていた面もありそうだ。




 そして……、なによりの重要事となっている娘の美春は、すくすくと成長している。顔がわりとぱんぱんで、風格漂う面構えである。


 風香のときにも、姉さんが心配していた時期があったっけ。立ち上がる前に溜め込む時期として、誰もが通る道なのかもしれない。


 そう考えている間に、美春はフェンスにしがみつき始め、平面から三次元の世界へと旅立とうとしていた。





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