【平成十五年(2003年)春~秋】


【平成十五年(2003年)春】


 三月で高校生活が終わりを迎えた。美冬は年末にお泊り会をした二人以外にも、気の合う友人が幾人かできたらしく、だいぶ名残惜しそうだった。


 漁協の色白美少年御曹司の争奪戦は発生せずに、順当に幼馴染の色黒女子と交際中らしい。それでも三人で仲良しな様子は、なにやら女子会であるようにも見えた。


 御曹司の相手の女生徒は漁師の家の出身で、二人して漁業と園芸の両立を目指したいらしい。まあ、いろいろな道を模索するのはよいことなのだろう。


 美冬も俺も馬術部には入らなかったのだが、春待先輩とヤマアラシ……、いや、嵐山先輩との育成方向の関わりから、なんとなくその人脈に組み込まれている。


 馬術部の人脈は、地域内の他の高校だけでなく、大学で道内に広がり、さらには別の地方まで絡んでいるらしい。馬術を趣味とするのか、そのまま仕事にするのかを悩む向きは多く、春待先輩のところで育成の担い手として関わるのは、いい経験になるのだろう。まあ、ずっとその道で生きていくとしたなら、稼げるのかとの話が出てくるわけだが。


 馬術部系からの生産者同士の交流もある。長距離、ダートを志向する爛柯牧場はだいぶ変わり者扱いとなっており、話を聞かれることも多かった。一方で、地方競馬での長距離路線の拡充まで含めて話をすると、興味を示される流れがよく見られた。まあ、自分ではとても手掛けられない方向についての、怖いもの見たさ的な関心かもしれない。


 生産者の横のつながりと顧客の発掘のための大学進学も考えないでもなかったのだが、時間との兼ね合いからして回避することにした。こうして、美冬と俺は、正真正銘の社会人となったのだった。




 ランカヴェニスとランカナデシコは、昨年の秋まで中央で走って相次いで九百万下を卒業し、上田競馬に転籍した。


 ダートでも無難に走り、共にオープンで二勝ずつを挙げたあとで、年末の長距離重賞でデッドヒートを展開した。勝者はヴェニス、クビ差の二着にナデシコ、というのが両者の最後のレースでの成績となった。


 ランカナデシコの父であるソッカーボーイは、全妹にステディゴールドの母親がいるため、両馬の交配は事実上不可能である。


 そうなると、ランカナデシコにはメグロマックイーンをつけるというのが、現状での最適解となるだろうか。やや人気血統重視に振れている気もしなくもないが、明確な配合理論の蓄積は爛柯牧場にはないのだった。


 そして、出産ではステディゴールド産駒が三頭、無事に生まれてきてくれた。


 牝馬の二頭は美冬視点で淡い光を帯びていて、競争能力に期待ができる状態だった。ただ……、この二頭の牝馬には、競争以外の役割を期待したいところとなる。


 もう一頭の牡馬は、残念ながら美冬は光を見出せなかったそうだ。処遇にやや困って、トレーニングセールでの売却を検討していたのだが、馬主さんの一人がぜひ買いたいと言ってくれた。あまり期待はできないかも、と念押ししたのだが、ステディゴールドのファンだったそうで、ぜひ手元に置きたいという。


 幸いにも、天元のじっちゃんへの香典替わりの種付け権で生まれてきた馬である。それを踏まえた価格提示をしたら、まじめにやりなさいと説教された。ただ、おそらくステディゴールドの他の産駒ほど走らないんだと説明したところ、溜め息をついて他に二頭を購入してくれた。


 その他では、ライブラマウントとメルジョージをそれぞれ父に持つ牝馬二頭に、美冬からの見所あり判定が出ていた。期待するとしよう。


 種付けは、繁殖入りほやほやのランカナデシコには予定通りメグロマックイーンを、同じくランカヴェニスには、同期で既に未出走引退状態となっていたリアルフダイ産駒のランカリアリティをつける形となった。


 ウルトラクリークを父に持つランカヴェニスに、リアルフダイの息子であるランカリアリティというのは、まったくもって、競馬界の潮流とは外れた配合となる。ただ、いずれ来るサンデーサイレント系の血の飽和を考えれば、意味は生じてくるかもしれない。


 それをスピード系でやるという選択肢も考えられるのだが、爛柯牧場の体力でサンデーサイレント一族と同じ土俵で戦いながら、スピード馬の血筋を残していくのは無理がありすぎる。やはり、芝の長距離とダートに目を向けていくべきだろう。


 ステディゴールドは……、前年の種付けには思惑があったのだが、今年の段階ではサンデーサイレントの後継種牡馬のうちの、長距離もこなせそうな一頭、という評価となる。種付け権は、出産保障で250万円程度と、中央向け生産ならお手頃価格だが、地方競馬水準だと高めと言えるだろう。


 手持ちの牝馬で中央のトップを狙うのは難しい状態であり、一方で中途半端に繁殖牝馬にサンデーサイレントの血を入れると後々に響くので、希望する馬主さんがついた場合のみ、とすることにした。



【平成十五年(2003年)夏】


 上山競馬に続いて、足利競馬の廃止が表明された。一方で、連敗を続けるハルウララカが、今生でも謎の人気を集めていた。


 北関東三場の中での足利競馬の廃止は、逆にと言うべきか、SPAT4に参加する形でのネット投票対応の可能性が高まったためとなる。


 足利競馬場は市街地からはだいぶ離れた立地で、集客状況はお世辞にもいい状態ではなかった。しかも、この時代には既に珍しくなっていた配当を手計算する方式で、他所での場外発売や、ネット投票のために必須となるトータライザー導入のための基盤が存在していなかった。


 その上、足利市長が公営ギャンブルの存続に積極的ではないため、このタイミングでの離脱、廃止となったのだった。


 立地から、場外馬券売り場として生き残るのも難しく、一方で市街地に移転させる動機づけも見当たらない模様で、完全消滅の形が取られることになった。


 調教師、厩務員を含む厩舎と現役の馬は、同じ栃木の宇都宮競馬場を中心に、近隣の施設で手分けして受け入れる形となりそうだ。


 この先も、地方競馬の廃止ドミノは続いていくのだろう。中央政界では改革の機運が生じていて、郵政民営化を梃子とした小泉総理のいわゆるワンフレーズ政治が推し進められていた。「聖域のない構造改革」の対象となるほど、今の地方競馬に聖域性はないが、狙われたらイチコロだろう。


 一連の小泉改革は、後になってみれば熱狂に見合うだけの成果があったのか、という話にはなってしまうが、この時点では大真面目状態である。その雰囲気が、地方競馬の行く末に影響を及ぼしている面は否めないだろう。


 また、地方競馬の有力騎手、安西克樹(アンザイカツキ)騎手、通称アンカツが中央の騎手試験を受けて合格するというニュースも入った。




 そして、ヤマアラシ先輩……、じゃなかった、嵐山先輩が地方競馬の騎手課程を卒業して、10月1日付で免許の交付を受けたそうだ。19歳でのデビューとなる。


 そこまでなら単に応援すればいい話なのだが、所属競馬場は上田競馬場。厩舎はなんと朱雀野厩舎となる。うーむ。


 こうなると、正直なところ色々と考えることが出てくる。


 今年三歳となっているウルトラクリーク産駒のウルティマクリークは、晩春の未勝利2500メートル戦から条件戦での出走を重ね、菊花賞に出走して4着の好成績を収めた。ステイヤーズステークスでは5着で、このまま重賞戦線を掲示板狙いで進みたいところとなっている。


 ダートは未知数だが……、交流競走となった年末の長距離戦で嵐山先輩に騎乗依頼を出してみようか。


 さすがに、朱雀野厩舎、嵐山騎手の騎乗馬確保のために、上田に馬を回すわけにもいかない。……いかないのだが、行き場のないそこそこのステイヤーを爛柯牧場所有の形で送り出すのは、ありかもしれなかった。




 中央の競馬学校の騎手課程も、この春に卒業者を輩出していた。そこには、やはり前世での俺の名は存在しなかった。


 一方で、最後まで俺を気遣ってくれた高瀬巧は、無事に騎手としての人生を歩みだしていた。


 ただ……、この頃の騎手は、よほどのずば抜けた特質を持つなり、目立つ成績でもなければ、所属厩舎とその友好厩舎の馬に騎乗するのみ、という場合が多い。そこに世界で活躍する騎手が短期免許でやってきたり、アンカツ騎手を始めとする地方競馬のトップジョッキーが正規の試験を受けて転籍して来たりと、活躍の場が限られていく流れが加速する。


 前世での終盤の頃にはエージェント制度が導入され、状況が変わっていくが、有力な騎手がより成績を伸ばす、という展開ともなる。


 巧は、そんな流れの中で、調教での乗り役として重宝されていたようだ。他厩舎の調教で起用され続けるからには騎乗技術が認められていたはずだが、三十代の勝ち星少なめの騎手にチャンスが回ってこないのは仕方がない展開だったのだろう。



【平成十五年(2003年)秋】


 ワンツースリーの副社長に、暮空太郎が配されてから半年が経過しようとしている。太郎というのは、暮空姉妹の父親の名である。


 それを意識せざるを得ないのは、暮空太郎氏がリビングドア……じゃなくて、今はまだクリフエッジ社の広江社長、通称ヒロエモンの信者的な立ち位置で、タロエモンとの愛称でテレビに出るようになっているためだった。


 両社は業態的には近いけれども、もろに競合というわけではないこともあって、連携の動きが取られている。


 やがてリビングドアとなるクリフエッジは、ヤッホー、天楽と並んでネット企業の雄と見なされる存在になる運命にあった。色々と落着した後には、利益の大半が金融だったからには、純粋なネット企業とは言えなかったんじゃないかと評された場面もあったようだが、この時期にはそういった分析は行われていない。


 そして、ヒロエモンによる既存の枠組みに逆らうドン・キホーテ的な振る舞いが、人気を呼んでいる面もあるのだろう。そこに同調するとは大人げない……。


 前世では、タロエモンなんて存在に覚えはないので、ひふみ企画が誕生した影響で、世に出てしまったわけか。遥歌さんとの路線対立が激しくなっているようだが、そこは親娘だけに、どうなるやら。


 ……と言っている間に、リビングドアの株式の百分の一分割が行われた。株数を百倍にしたところで、本来は特に意味はないはずなんだけど、分割の間の株式不足が飢餓感を招くんだったか?


 しばらくストップ高が続くものの、一方で既存の株主は分割されてないから売れない、という冗談みたいな展開だったはずだ。


 その後にいったん落ち着くものの、それでも仕込んだ頃よりだいぶ上がっているのは間違いない。


 いずれにしても、プロ野球参入騒動で天楽に敗れ去り、刺客になって衆院選に出馬するまでは、紙屑になるほどの暴落はないはずだ。プロ野球参入表明の頃にでも売ってしまうのがいい感じだろうか。なんか、持ち続けると、それこそ運気が下がるような気もするし。


 そして、プロ野球である。この年は序盤から独走体制を固めていた星野仙一監督率いる阪神タイガースが、18年ぶりのセ・リーグ制覇を果たしたのだった。


 今岡、赤星、金本、濱中、桧山、アリアス、矢野、藤本、井川の並びは、なかなかに強力である。上位打線はもちろんだが、ものすごい成績なわけではなくても油断のできない六番打者のアリアス、強打のキャッチャー矢野、恐怖の八番藤本の下位打線は高い威力を誇った。


 俺自身は特に阪神ファンというわけでもないのだが、気になってしまっているのは確かで、執務室に並べてあるテレビのうちの一台は、阪神戦の中継が流れている場合が多かった。


 来年からは、日本ハムファイターズが北海道を本拠地にすることが決まっており、道民としてはそちらを応援すべきとの圧力は感じているのだが、まあ、そこはそれであろう。


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