【平成五年(1993年)】
【平成五年(1993年)夏】
世間ではJリーグフィーバーが起こり、カズ、ジーコ、アルシンド、ラモスらが大暴れをしていたが、競馬の春シーズンもなかなかの盛り上がりを見せた。
長距離路線の最高峰となる春の天皇賞では、ターフの名優、メグロマックイーンが三連覇を目指して出走した。
勝利は確実というのがもっぱらの評判だったが、フラワーシャワーの末脚に屈して偉業は夢と消えた。
それでもメグロマックイーンは、春の締めくくりのグランプリレース、宝塚記念を制覇して有終の美を飾っている。……このまま年末には引退するというのが前世での記憶だが、ずれることもあるのかもしれない。
この宝塚記念には、カイトウテイオーも故障から復帰して参戦する構えだったが、再び休養入りしてしまった。そのあたりも、前世の競馬史をなぞる形になっている。
一方のフラワーシャワーの方は、ミノノブルボンの三冠に続いて、メグロマックイーンの春天三連覇を阻止する形となり「関東の刺客」といった二つ名で呼ばれ、長距離路線の新たな主役となっていく。二年後の天皇賞も制覇し、3000メートル以上のGIのみ三勝するという成績を残したことを考えると、血脈が残れば長距離を得意とする産駒が生まれてきていたかもしれない。
ただ、二度目の天皇賞を制覇した後の宝塚記念で競走中止となり、そのまま予後不良……、死亡してしまうのが前世での流れとなる。リアルフダイの代表産駒となるはずだった馬だけに、残念な展開である。
牝馬三冠路線では、ヴェガ、ユキグニビジンのワンツーが続いており、三冠のかかるエリザベス女王杯の実況で名ゼリフが生まれそうな流れとなっている。
牡馬三冠は、ハネダタイシンが皐月賞、ウイニングパスがダービーを制している。秋には三強のもう一頭、ビオハヤヒデが菊花賞を制するはずだ。
俺としては、念願の馬券購入を目指して、周囲の競馬好きのリサーチを進めている。JRAがいくらイメージアップCMを流していても、この頃の競馬に対する一般的な印象は、いきなりの好転には至っていない。アンダーグラウンド風味とまではやや言いすぎかもしれないが、近いものがあるだろう。
調査の結果、引っかかったのは、年若い駐在の巡査だった。長らく勤務していた夫婦の駐在さんが引退時期になって、この土地出身の人物がとりあえずといった感じで任に当たっているらしい。
いきなり競馬の話を持ちかけたのでは怪しまれかねないので、まずは好感度上げを進めている。この努力が実を結ぶとよいのだけれど。
逆に、担任教師であるザクくんこと朱雀野貴臣教諭は、俺らが競馬の話をしているたびに強めの視線を向けてくるので、競馬に含むところがあるのかもしれない。まあ、この時代ではそちらの方が標準かもしれない。
この年の5月にはWindows3.1が発売されており、パソコンの転換点が訪れようとしていた。
その流れから、教室では孝志郎がパソコンを欲しがっていた。所有している上級生はいるらしいが、貸してくれるような関係性にはない。
今後は小型パソコンであるスマホも含めれば、生活の基盤となるツールだけに、馴染んでおくのはいいことなのだろう。ただ、時雨里家でも入手しようとの気配は見られなかった。
この頃には、オフィスにはパソコンが普及し始めているのだろう。パソコンの前史的なオフィスコンピュータからの切り替わりの時期なのだろうか。
そして、ヒット曲としては断然「夏の日の1993」だろう。大人になって改めて歌詞を咀嚼した際には、なんてゲスい歌なんだろうと愕然としたものだったが、あのメロディーが流れるたびにときめいてしまうのは時代の魔力というやつなのか。
ただ、もしも爽やか一辺倒な歌詞だったら、売れていなかったのかもとも思う。ギャップというものは、意外と大切なのかもしれない。
【平成五年(1993年)年末】
カイトウテイオーにとっては、有馬記念が一年ぶりの復帰レースとなった。並み居る強豪を打ち破っての制覇は、奇跡の復活とまで評された。
競馬は本来、勝ったり負けたりして当然のはずなのだが、三冠馬を父に持ち、無敗で皐月賞、ダービーを制覇して、菊花賞を怪我で回避したために幻の三冠馬とも呼ばれただけに、期待値が高くなりすぎた面はあるのだろう。
昨春の天皇賞でメグロマックイーンに初めての敗戦を喫し、秋の天皇賞も敗戦した後、ジャパンカップを制覇したわけだが、有馬記念での大敗によって、過大評価だったのかもとの印象が生じた。
そこから一年ぶりの今年の有馬記念での復帰戦勝利なのだから、確かにドラマチックな馬ではある。
この翌年は、復帰しそうになるたびに故障に見舞われ、結果としてはこの有馬記念が最後のレースとなるはずだ。
クラシック路線では、牡馬三冠での三強による分け合いに、エリザベス女王杯の実況で今回も生まれた名セリフ、「ヴェガはヴェガでもホクトヴェガっ!」も含めて盛り上がったのは間違いないだろう。
そして、翌年の主役となるはずのハネダブライアンが朝日杯3歳ステークスを制した。この時点の日本では、競走馬の年齢はまだ数え年で、生まれた年が当歳、早い組がデビューするのが三歳、三冠レースを迎える年が四歳となる。
国際化の一環として満年齢に変更されるのは、確か2001年からだったか。
学校生活の方は、わりと穏やかに推移している。駐在さんとの交流もそこそこで、最近は競馬談義もできる関係になりつつあった。ただ、焦らずに進めていくとしよう。
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