【平成十九年(2007年)春~秋】


【平成十九年(2007年)四月】


 爛柯牧場での生産馬に関して、競争能力の高さと、元々の頑丈さが評判になっているようだ。さらに言えば、春待先輩らの馴致、育成による気性面の安定も大きいはずだが、そこはなかなか評価されづらい部分となる。


 ウルティマクリークの活躍が影響したのか、長距離好きの中央馬主からもちらほらと引き合いが来るようになってきた。美冬が光を感じるものの、エスファが首を振る馬を中心に売らせてもらっているが、重賞級ではないかも、との注意は伝えるようにしている。


 エスファはわりと頻繁にやって来ていて、事実上の爛柯牧場の主要メンバーとなっている。騎乗も達者で、調教に参加してくれてもいた。本来なら、有力馬主向けのアドバイザーとかの方が向きそうなのだが、当人が楽しげなのでよしとしよう。ただ、報酬は受け取ってもらえていない。さて、どうしたものか。


 美冬とエスファが揃って確保できた場面では、競りでの購入も実施していた。特に、長距離血統で人気のない馬は、繁殖入りも含めての入手を目指している。後は、主流のサンデーサイレント、キングリンボーあたりが入っていない馬、との視点もある。ジャングルポッケ産駒は牝馬を中心に積極的に購入していた。


 また、主取りになりそうな有望馬は、血統にこだわらず購入もしている。それらは、調教を積んでから馬主さんに販売する場合もあれば、爛柯牧場名義や法人名義での所有も行っている。


 一方で、把握できている範囲での史実の活躍馬には手を出してない。いまさら歴史を変えずに進めたいわけではないが、まぎれは少ないに越したことはないだろう。



 出産シーズンが半ばを迎えた頃、メグロマックイーンの忘れ形見的な産駒が無事にこの世に生を受けた。ランカキラメキを母に、ステディゴールドを母の父に持ち、芦毛の牡馬として生まれたその幼駒には、美冬だけでなくエスファからも重みのある頷きを得ることが出来た。


 この馬で、天皇賞の四代制覇が目指されることになる。天皇賞は、今では春が3200メートル、秋が2000メートルだが、かつては春秋ともに3200メートルで行われていて、四代制覇はその長距離についての話となる。いずれはサンデーサイレント系統から誕生しそうな気もするが、目指す価値は充分にあるだろう。


 この馬は、メグロマックイーンの名付けの元となった名優の愛称から取って、キングオブクールの名がつけられることになる。


 対して、ランカヤマブキとカイトウテイオーの仔は死産となってしまった。競走馬の生産をしていれば避けられない事態ではあるが、残念なのは間違いのないところだった。


 ただ、カイトウテイオーを父に持つダート系の馬からは、エスファからもギリギリ合格との評価が得られた牡馬が誕生している。母親は、メイユウオペラ産駒のルンルンオペレッタである。無事に育てば、ひとまずは後継種牡馬候補とするのもありだろう。


 長距離系では他に、マチカゼフクキタルからも有望株が生まれてくれていた。母親は、ソッカーボーイの娘であるランカナデシコというのもあって、期待したいところである。


 そして、この年にはタンホイザーゲートが種牡馬デビューを迎える。必ずしも長距離特化でもないので、ステディゴールド産駒のランカキラメキ、ヤマブキを含む馬をお相手として選定した。ここから血がつながってほしいものである。



 この年には、ダート系の配合方針の転換を実施することになった。


 メイユウオペラ、ライブラマウントなどからの有望な牝馬が揃ってきたこと。


 既に種牡馬を引退したライブラマウントに続いて、メイユウオペラが韓国に旅立つ形で日本の生産界から姿を消したこと。


 有望な種牡馬の種付け料が落ち着いてきたこと。


 中央の馬主さんからの引き合いが入るようになってきたこと。


 これらの条件が揃ったからには、仕掛けていくべきだとの判断に至ったのである。


 有望な種牡馬のうちの一頭は、サンデーサイレントの直仔となるダート種牡馬、プラチナアリュールである。ダート系ということで、そもそもがものすごく高い種付け料というわけでもなかったのだが、初年度産駒がデビューを控えたこの年には120万円まで下がっている。前世知識通りならば、走り出せば活躍馬が出て、一気の高騰が考えられる。今こそが地方の馬主さんたちにも憂いなく買ってもらえる絶妙のタイミングとなる。


 多少高くても、うちで補填してしまえばいいのだけれど、特に天元のじっちゃん時代からの付き合いの馬主さんたちは、そういう処理を許してくれない人たちばかりである。活躍した場合に繁殖で戻してくれるなら、本来は問題ないのだが。


 もう一頭は、シルバーチャーミーとなる。中央競馬会主導で導入されたトムフール系の米国アイドルホースは、交配相手が年ごとに減って、今年は種付け料が150万に改定されている。こちらは、プラチナアリュールと違って成功が約束されていないが、試してみる価値は充分にあると思われた。


 ついでにもう一頭、ダート系ではブライアンズタイムス産駒のタイムパラドクスも種牡馬入りしていて、初年度からお手頃価格なので、こちらも牝馬との血統次第で検討していくとしよう。


 ダート種牡馬としては安定しているカイトウテイオーは、エカテリーナと名付けられた有望な牝馬の母親との交配は継続しつつ、小休止する想定だった。


 元々はダート方面の生産についても、主流から少し外れた血統の組み合わせを想定していたのだが、主力種牡馬扱いをしていたライブラマウント、メイユウオペラがあっさりと戦線離脱してしまったのを考えると、自前種牡馬を確保しない限り、安定した生産が難しいというのが、現状の判断となる。


 もちろん、ある程度有望なダート馬は毎年のように種牡馬入りしてきているのだが、継続性がないというのは、なかなかつらいものである。これから活躍するサザンヴィグラスが短め向けというのも大きかった。


 幸い、ライブラマウントとメイユウオペラについてはある程度有望な牡馬の産駒は確保しているので、主流馬の血を引く繁殖牝馬が確保できてきたら、それらと配合していくのもありかもしれない。


 爛柯牧場の一分野での方針転換は、大きな流れとは乖離したところにある。この年は、ディープインパクツが種牡馬入りして、欧州からはレーダージャパンが芝の大物、ファンタジーライトを日本に連れてきている。


 後者は前世知識では空振りに終わるはずだが、生産界の話題としてはその二頭に集中していた。




 イニシアルと命名された新生ひふみが、事実上のスタートを切っている。企業としての形はこれからのようだが、流れを作り上げていく方が本来の遥歌さんの気風に合うように思える。そもそも、俺が歪めてしまっていたのか。


 ひふみ企画から引き継ぐ形で手掛ける動画サイト、イニシアル動画では、既にスタッフや知り合いの趣味に走ったチャンネルが乱立している状態にあった。盆栽やらプラモやらレトロゲームプレイやら様々だが、とことん趣味に走ることが推していく条件とされていた。


 競馬関連動画はその中でも重視されていて、中央でGⅢを制して、無敗のまま引退したタンホイザーゲートの近況のほか、メグロマックイーン最後の産駒の動画もシリーズ物として掲載が開始されていた。


 マックイーンの遺児の動画を開くと、三浦琴音嬢……、ことねんが笑顔で語りかけてくる。


「キングオブクールと名付けられたこの仔馬は、メグロマックイーン最後の産駒となります。母親は、ステディゴールドの娘で、中央競馬の二歳戦で三勝を上げ、重賞二着の実績もあるランカキラメキ。夢が広がる配合で、古馬になってからの中長距離路線での活躍が期待される一頭です」


 そこまでで、少し表情が改まる。


「天皇賞の父系四代制覇の夢は、この馬に託されています。もちろん、他の産駒があっさり達成する可能性もありますけれど。無事な成長を祈ります」


 音楽は素朴ではあるが、まあ、映像の邪魔をしないことが重要なのだろう。


 上田競馬、高崎競馬、宇都宮競馬の紹介動画も、ことねんを半ば主役とする形でそこそこのアクセス数を集めている。いずれヨアチューバーの老舗扱いされる日も来るかもしれないが、さて。




 4月下旬には、東京競馬場のメインスタンドが新装オープンを果たした。その名もフジビュースタンドだそうだ。


 天元のじっちゃんが最後の時を迎えたスタンドは、7年の時をかけて生まれ変わった。つまり、あの別れから7年が経過したわけだ。


 この7年で、俺達は何を成し遂げられたのだろう。爛柯牧場は存続しており、中央の長距離路線でそこそこに走る馬は出せている。


 地方競馬における長距離路線としては、ダートで低額賞金ではあるものの、上田や高崎、宇都宮で受け皿を形成しつつある。本来だと、力のいるダートで長距離はどうかとの話もあり、継続性は確実ではないけれども。


 先代の時代から取引のあった馬主さんも、当牧場比で稼ぐ馬を提供することで、満足度は高まっているだろう。これは、美冬の能力に拠るところが大きい。


 新たに中央の馬主さんとの付き合いも生じていて、資金力としてはそちらも重視すべきなのだろう。ただ、これまで付き合ってきた既存馬主さんたちをないがしろにすることは、爛柯牧場の気風としては想像しづらい。


 実際には、美冬とエスファの能力をもってすれば、人気馬同士を配合して中央の本流となるマイルからクラシックディスタンスまでのGI戦線に殴り込む方が早道なのかもしれない。日本では、トップ牧場の総帥による、血統にはこだわらずにいい馬同士を掛ければいいんじゃないか、との考え方が、結果による裏打ちを得て絶対的な正しさを帯びてしまっている。その考え方による馬作りに参入してもなお、二段階能力選別を行った状態ならば、存在感を示していけるかもしれない。


 ただ、それが爛柯牧場の果たすべき役割なのかと問われると、首を傾げざるを得ない。令和に入る頃の日本競馬は、中央競馬会の長距離路線についての方針……、全般的には軽視しつつ、クラシック三冠の一つである3000メートルの菊花賞と、3200メートルの春の天皇賞という、GIの中でもある程度高い格だと見なされる二競争を維持していることで、微妙な状態となっていた。


 スピードに特化した馬たちによる長距離レースは、人間に例えれば短距離専門の選手たちに、初めてマラソンを走らせるようなものとなる。それが正しい状況と言えるのだろうか。


 俺がかつて天元のじっちゃんに語った、芝の長距離とダートの二本立てを目指す方向性は、その場凌ぎの生き残り策であって、理想の道ではなかったはずだ。それでも、誓いとして、言霊として残っているのか、牧場内で現行方針への反発はほとんど見受けられない。


 若番頭に第二爛柯牧場を任せて、単純に強い馬づくりを目指してもらうというのも、今の収支状況からすればありなのだが、当人は長距離血統及びダート血統の奥深さにはまりこんでいるようで、海外から途絶えかけの血を導入できないか、なんて口にし始めている。


 ただし、長距離特化路線も、目立ちすぎれば強豪に押されて踏み潰されかねない。その動向も見ながら、次代へのバトンタッチも睨みつつ進めていく形がよいのかもしれない。


【平成十九年(2007年)秋】


 ネット投票が広がりを見せてきており、馬券の売り上げ高ベースで上田競馬ははっきりと改善傾向を示していた。高崎、宇都宮も下げ止まりを見せつつある。


 上田競馬は赤字幅こそ減ったものの、まだ黒字転換とまでは至っていない。とはいえ、勝負どころだと考えた父さんは、ナイター設備の本格導入と直線コース設置計画を実行に移そうと各方面を説得中だそうだ。


 その資金があるなら、広報とイベント的な盛り上げを拡充させて、回復スピードを上げる方が早道な気もするが、現地の空気感はまた別なのかもしれない。


 さらには、弟の雅也が上田競馬で働きたいと言い出しているらしく、それも影響しているのか。東京の大学で経営学を修めたいのもそのためなのだそうで、父さんとしては仮に関わるとしても、競馬組合に直接ではなく、市役所に就職するようにと働きかけているとのことだ。まあ、それはそうなのかも。


 あるいは、ひふみ企画に就職して、上田競馬を含めた地方競馬復興活動に参加するのもありなのだが……、俺の影響だよな。きっと。


 雅也が大学を経て就職するタイミングは、順調なら地方競馬の反転が始まるはずの時期に重なる。そう考えると、悪い話ではないのかもしれない。まあ、心変わりする可能性もあるし、見守っていくとしよう。


 ランカリアリティ産駒の牝馬で、リアルフダイの孫娘にあたるランカリアライズは、この年にクラシックシーズンを迎えている。仁科先生は、無理に牝馬三冠路線は狙わずに、条件戦を経て牝馬限定オープンなどで着を重ねてくれている。この後も、手薄気味の牝馬限定重賞を巡って、タイトル獲得を狙ってくれるそうだ。


 ライブラマウント産駒で、山つながりでサクサクハルナと名付けられた牡馬は、同じくクラシック年代となっていて、上田競馬場を本拠にダートマイル路線で活躍している。既に交流GⅢを勝利し、更に上を狙うことになりそうだ。


 なお、サクサクとは冠名で、地元の佐久出身の馬主さんが買ってくれたのだった。爛柯牧場出身の馬には珍しく、朱雀野厩舎所属ではないが、ザクくんはむしろ健全なのだと言明していた。有望馬が集まりすぎると、いろいろとやりづらくなる面はあるのかもしれない。


 その下の2歳世代では、カイトウテイオーのダート向け産駒が、各地の競馬場でデビューを迎えようとしている。やはりテイオーは人気のようで、地方競馬向けの産駒を売りに出すとの情報が出回ると、東海や近畿、九州からも引き合いが来たのだった。


 一方で、かつて栃木で英雄的な活躍をしたブライアンズロマネ産駒の牡馬は、ロマンノムコウと名付けられて宇都宮に入厩している。最多記録の更新を期待したい。

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