【平成十三年(2001年)春】


【平成十三年(2001年)春】


 新世紀が始まって、数ヶ月が経過している。俺にとっては前世以来二度目の21世紀だが、それでもそわそわしてしまい気味なのだから、初回の人たちはよりその傾向が強いだろう。


 三月には、ひふみから名称変更したワンツースリー社が店頭登録……、JASDAQの前身となる店頭市場への登録を果たした。この事実上の上場の同期的存在として、一足早く店頭公開に至ったのは、i-modeの勝手サイトを主に手掛けるインデック社である。


 このインデック社……後のインデック・ホールディングスは、携帯サイトを専業的に手掛けて一山当てて、アニメーション制作会社のマッドホームや、玩具メーカーのオタカラタミー、ゲーム会社のアストラ、映画会社の本活などを傘下に置き、98後に防衛庁汚職とパッカードベル買収で苦しむMECの子会社、MECインターチャンネルも獲得していた。


 さらには、フランスのグルノーブルに本拠を置く、フランス二部リーグながらサッカーチームを手中にするなど、ここから七、八年ほどは羽振りがよかったのだが……。実際の内情は、スマホの足音が聞こえる頃にはガラパゴス携帯向けサイトが陳腐化して火の車になり、最終的には循環取引による粉飾決算に手を染めて、会長社長夫婦が仲良く司直の手に落ちるという展開となる。


 前世でのネット上の友人が中の人だったのだが、三軒茶屋の人参っぽい色合いのオフィスビルでの終末期はなかなかの惨状だったらしい。傘下に入った会社は、無事に逃げ出せたところもあれば、ダメージを負ったところもあったようだ。


 さて、ワンツースリーはどうなるのだろう? 正直なところ、暮空パパが絡んでいるとなると、感情移入する余地はあまりない。


 ともあれ、店頭登録の当日、ひふみ企画と美冬所有のワンツースリー株の放出には無事に成功して、合わせて半分ほどが売却済みとなっている。


 初日は揉み合いの中で上昇に転じ、ストップ高水準で買いが嵩んでいたので、平常近くに一気に売りに出した状態だった。初日の高値での売却となったため、翌日以降の上昇の弾として、序盤の流動性に寄与したはずである。関係者全員に悪い話ではなかったと考えたい。


 ワンツースリーも、一応は成長戦略のストーリーが用意されているはずで、すぐに破綻するはずはないだろう。利益の最大化を考えれば、もう少し先の時期での売却の方がよかったのだろうが、手元に現金が生じるのは大きい。残りについても、タイミングを図っていくとしよう。


 一方で、株式分割の魔法で鬼のような上昇をするはずのリビングドア株でも買っておくとしようか。いや、ヤフーやソフトバンクの方がいいか。



 今年から、馬齢表記が国際標準に合わせる形で、数え年から満年齢に変更になっている。前世でも、慣れるまではだいぶ違和感があったが、今生ではより現場に近いために、早めに馴染んでいくことだろう。


 今年の種付けでは、メグロ牧場サイドの好意で、メグロマックイーンの種付けを二頭にさせてもらえることになった。多少は人気が鈍化しているとはいえ、故人となった天元のじっちゃんの希望を受け容れてもらえた状態だった。


 種付けは、得意先に希望を聞いて動く形となっている。そうなると長距離ばかりとはいかなくなるが、方向性はともかく、買い主の意向は尊重すべきである。そんな中で、ノーザントーストの血を受け継ぐマチカゼタンホイザも、引き続き二頭の繁殖牝馬に種付けが実施された。


 


 そして、三月末には中津競馬が廃止となった。経緯はざっと、次の通りである。


 二月上旬、中津市長が古巣で地方競馬の管轄官庁でもある農水省を訪れた直後に、関係者に事前通告なしに、その時点で四ヶ月を切っている六月頭での廃止を宣言した。また、その市長によって、直接の雇用関係にない競馬関係者に対する補償金を支払う意思がない旨の断言が行われるという、なかなかにきつい悪意の表出となった。


 そこまででも大概であるのに、実際には一部業者との契約更改が難航したことを理由に、三月末での強制終了が断行された。そりゃあ、争議にもなるはずである。


 その跡地には、自動車メーカーの工場が誘致されるわけなので、政策判断として完全に無しとまでは言い切れない。しかし……。地方競馬の収益で潤っていた時期もあろうに、どうしてここまで残酷になれるのか。その市長には、中津競馬に関係する人たちが犯罪者にでも見えていたのだろうか。


 補償金ゼロというのは、これ以前にも以降にも生じない特異な事態で、この中津のケースでも争議の末に一定の金銭が支払われるのが史実だった。


 一連の経緯の中で注目すべきは中津市長が方針公表の直前に、所轄官庁にして、この市長の古巣である農水省を訪れたというところである。農水省全体の意思だったのか、一部の地方競馬廃止派の意向かはともかく、それに沿っての動きだったと見るのは穿ち過ぎだろうか。ハードランディング的な廃止の実例を欲しがった勢力があったのかもしれない。


 いずれにしても、ここから廃止ドミノは始まっていく。地方競馬の売り上げが反転し、開催場が減少するにも関わらず空前の売り上げを叩き出していくようになる流れに至る、十年ほど前の出来事となる。




 幸いにして、現職の上田市のベテラン市長は、これまでの上田競馬場の改革に理解を示してくれており、中津騒動の中でひふみ企画にプレゼンの場を設けてくれた。俺も参加して、中津競馬場のやり方のお勧めできない点、及び上田競馬の展望説明をしたところ、振興策を是として、長野県知事との連携と、無理のない範囲での協力を約束してくれた。


 この時期の長野県知事は、「なんとなく水晶」という、読んだことはないけど有名な小説を書いた、よっしーというあだ名を持つ人物で、脱ダム宣言やら脱記者クラブ、ガラス張りの知事室などの施策を実行していく。競馬への関心度は不明で、どういう反応を見せるかは未知数だった。そのあたりは、市長の判断にお任せするとしよう。


 一方で、存続が確定しているわけではないと釘も刺されたので、この市長もやはり甘いだけの人物ではない。まあ、選挙で一気に覆る可能性もあるし、政治はどう転ぶかわからない。そこまで責任は負えないよ、というのが正直な俺の心情でもある。


 本来の上田競馬は、北関東三場が廃止となったあと、一年ほどの猶予期間を設定して廃止となったはずだ。中津競馬の動きの後ならば、だいぶ謙抑的なやり方だったわけで、今回は結論が変わることを期待したい。


 とはいえ、ここからの廃場ドミノ自体は免れ得ないだろう。できれば、上田と高崎だけでも残ってくれるといいのだけれど。


 直近で続くのは、自前の三条競馬場と中央競馬と共用の新潟競馬で開催している新潟競馬となりそうだ。中央の競馬場借り受けなら、さほどの負担はないはずだが、現状では地方競馬は完全なお荷物扱いとなっている。


 その話をして、群馬、栃木の県知事、県庁と連携を取れると助かる旨を伝えたところ、市と県の立場の差から簡単ではないと応じられたものの、接触は取ってみようかとの反応だった。競馬組合ベースでできることばかりではないので、実現するとよいのだけれど。




 地方競馬関連では、秋に開催されるJBCが注目を集めている。アメリカのブリーダーズカップ的な地方競馬のお祭りで、初年度は大井、後は持ち回りでとされている。上田で開催は……、なかなかに難しそうではある。


 上田競馬では、日程のほぼ全てが土日祝日となり、春夏秋は薄暮開催、冬は昼間開催としている。場内に設置された場外馬券場……、ややこしいが、上田競馬場の中に設置された、中央競馬の場外馬券場との相性はなかなかで、スタンドで上田のレースと中央競馬を映すビジョンを交互に眺めながら、のんびり競馬を楽しむお客さんの姿も見られていた。


 冬には、上田競馬の実際のレースと、中央競馬の中継が重なるわけだが、時間調整も含めて柔軟な開催ぶりだそうだ。そこは張り合うところではないし、中央競馬ファンの方が多いという事情もあった。


 資金の話としては……、ナイター向けの照明器具の設置は、二、三億の費用がかかる。計画段階の直線走路もまた、二億との見積もりが出てきていた。上田市の予算規模が百数十億であるので、競馬組合は別会計とは言いつつも、なかなかに難しいところとなる。


 そのあたりの納得感を演出するために、競馬組合の民間水準でのバランスシート作成のトライアルが実施されていた。儀式的なものだと思っていたのだが、意外と無駄が見えてくるらしい。直接雇用を部分的に業務委託に切り替える手法も取り入れられ始めていた。


 こういった取り組みは、苦境にある他の競馬場でも行われつつあり、ひふみ企画も含めて共用していこうとの話になっている。幸い、会計部門に競馬好きがいたため、手弁当で協力する場面も生じていた。営業努力と言えば聞こえはいいが……、まあ、地方競馬を一場でも多く生き延びさせ、そこに食い込んでおくのが、長期的には効いてくるはずだった。


 景気のいい話としては、多岐騎手を再び確保したステディゴールドの、ドバイでの海外GⅡ、ドーマクラシック制覇だろうか。


 記憶と同じ展開であり、年末の香港での海外GI制覇と無事な種牡馬入りを期待しよう。


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