【平成二十二年(2010年)】
【平成二十二年(2010年)春】
ランカエカテリーナのドバイ遠征は沙汰止みとなった。ヴォートカの体調が回復したそうで、ルージュデザイアと一緒に旅立つと決まったためである。
先方からは詫びを入れられたそうだが、まあ、仕方のない話である。我らが女帝には、交流重賞で暴れてもらうとしよう。
その弟のルンルンナイトは、上田の三冠戦に挑戦する構えで、3月頭開催の前哨戦を制している。カイトウテイオーの後継候補(仮)として期待される馬だけに、がんばってほしいものである。
中央入りしたランカフェリクスは、三冠に挑戦する器ではないとの仁科先生の判断で、手薄な重賞を狙おうとの話になっている。こういった見切りっぷりは、俺にはとても好ましいのだが、苦手にする馬主さんもいるかもとも思う。なんにしても、実績を積み上げてほしいものだ。
この春に生まれた中で、エスファの有望判定が出たのは父がプラチナアリュール、母父がカイトウテイオーとなる牝馬と、ステディゴールドと購入組メグロマックイーン繁殖牝馬からの、いわゆるステマ配合の牡馬一頭だった。
ステマ配合からは、2004年産のドリームトラベルと2008年産のオルフェーヴルリの兄弟と、2009年産のゴールデンシップが前世での活躍馬となっている。ドリームトラベルがGI3勝、オルフェーヴルリが三冠含むGI6勝、ゴールデンシップが同じくGI6勝となるはずだ。爛柯牧場からもステマ配合の流れに割って入りたいものだ。
その他のステマ配合の馬たちは、きっちりと馴致して、セリに出す形となるだろう。そして、そろそろ充足感が出るだろうから、予定通りにメグロマックイーン牝馬にはステディゴールドをつけて売却する方向で考えよう。
今年のところは、ダートの種付けは前年の方針が維持されている。去年からカイトウテイオー産駒の牝馬が戻りつつあるので、そちらも組み込んでの生産が行われていた。
やがて、プラチナアリュール、シルバーチャーミー、タイムパラドクスの牝馬が戻ってくるので、その組み合わせも考えていく必要が出てくる。
そして、そうこう言っているうちに、エルコンドルパサの息子であるバーミリオンと、サンデーサイレント系のフジミラクル産駒、ロノヒキリも種牡馬入りするはずとなる。少し先となるブライアンズタイムス系のフォルティッシモも加わると、いろいろな組み合わせが考えられそうだ。
ダート専門の馬たちは、やがて先細っていく傾向にあるので、殊更に他の系統をつけていく必要もなさそうで、それもまた悩ましいところとなる。
この年に二歳を迎えている幼駒には、有望株はいないものの、そこそこ評価の馬は多い。
血統継承の面で期待がかかるのは、ソッカーボーイ産駒で、ランカトゥルーの息子であるランカヤタガラスだった。母親のランカトゥルーはリアルフダイ産駒なので、新体制爛柯牧場での初期からの配合が合流した形となる。
エスファのそこそこ評価であれば、中央での重賞戦線での着拾いは期待できそうで、できればタイトルを欲しいところだった。種牡馬入りさせられれば、無事なら十数年は血脈継続の可能性が生じるためである。
牝馬の選り好みが激しいファイトエンブレムと、ステディゴールド産駒のランカヤマブキの間に生まれた牝馬も、そこそこ評価を得ている。ランカアミュレットとの名付けで、上田の朱雀野厩舎入りが決まっていた。
他のそこそこ評価は、プラチナアリュールとランカキラメキの牝馬と、シルバーチャーミーとランカジョーの牝馬がいて、エスファの評価を覆すような活躍をしてほしいものである。
種付けシーズンに入った頃に、美冬から声をかけられた。俺に話のあるスタッフがいるとのことだった。なんでも、繁殖牝馬についての話だそうなのだが……。
「なあ、美冬。俺って、話しかけづらい感じなのかな。わりとフレンドリーに接しているつもりなんだが」
「その娘にとっては、そうなんじゃないかな。ちょっと特殊例だから、気にしなくていいと思う」
そう言って連れてこられたのは、引っ込み思案な印象ながらも、仕事はきっちりしている千佳子嬢だった。
「あの、マックの……、メグロマックイーン産駒の肌馬のこと……なんですけれど」
「はい、なんでしょう」
にこやかに応じたつもりなのだが、相手の浮かべた笑みらしきものは、明らかにひきつっている。
「そ、それが、その……」
威圧感を出しているつもりはないのだけれど。そこで、美冬から助け船が出された。
「マックイーン牝馬に、ステディゴールドをつけて売却しようって話が出ているでしょ? 残した方がいい馬がいると思ってるんだって」
「ほうほう、理由を教えてくれます?」
盛大にもじもじとされてしまって話が進まない。美冬を介して聞き出したところ、ステディゴールドを種付けし始める前の繁殖成績に、見るべきものがあった馬が何頭かいるのだそうだ。
エスファの判定で、そこそこ以上が出たことはなかったため特に気にしていなかったのだが、千佳子嬢が言うには、美冬が強めの光を感じる仔馬を多く出す肌馬がいるのだという。
「多く出す、というのはどれくらい?」
「シータシェリルと、マジックミサイルは……、それぞれ五頭と四頭総てでした。レディメイシアは、死産が一度ありましたので、その……、四年で三頭です。それに、ここに来る前の産駒を含めた健康出走期間についても……」
「なんだって?」
詳しく聞いてみると、現状では美冬判定で毎年のように光が見える仔を出す繁殖牝馬はやや珍しく、エスファのそこそこ以上の判定を何度か出している繁殖牝馬の仔でも、それ以外の年には光なしというのがめずらしくないようだ。
健康出走期間というのは、怪我のしづらさをリフレッシュ以外の休養を除いてどれくらいの稼働期間があったかで捉える、千佳子嬢独自の指標らしい。
その観点からの他の繁殖牝馬の評価を問うてみると、ルンルンオペレッタとランカリアライズが高評価だそうだ。
「ん? でも、さっきの話だと長く繁殖生活を送らないと導き出せない気がするけど、ランカリアライズは繁殖入りしたばかりだよね。……もしかして、どの馬がその観点から優れているか、見た目でわかる?」
「実は……、はい。なんとなくなのですけれど。……どちらかと言えば、その感覚の裏付けを求めて……、色々調べていたんです」
「現役馬で言ったら?」
「ルンルンエカテリーナもいいと思います」
逆に言えば、ランカヴェニスやランカナデシコ、それにランカキラメキ、ヤマブキもその観点からは特筆状態ではないのだろう。よその現役馬から名牝と考えてよい、去年のジャパンカップを含むGI7勝のヴォートカ、去年の二冠馬のベルビュー、今年の桜花賞を制して、おそらく牝馬三冠馬となるはずのアカイトリを挙げてみたが、そこまでの印象はないそうだ。そう言われれば、その三頭からの活躍馬はアカイトリがアパパネノムスメを出したくらいだったような。
「でも、競争能力は……、まったく、わからないのです。なので、お役には……」
「いやいや、安定性と健康面がわかるのは重要だよ。一頭ごとの差が激しい馬は、もしかしたら物凄い馬を出すのかもしれないけど、いい馬を安定して出してくれるのも、うちみたいなところにとっては、また重要なわけでさ。よかったら、生産した現役馬についてもまとめてもらえるかな。引退時の繁殖入りについての参考にしたいから」
「ですけど……、走るかどうかが……」
「競争能力は、美冬とエスファ、隆や俺が判定するけど、同じ程度の馬で判断に迷ったときとか、産駒の安定性や健康度合いにある程度推測がつけば、取捨がやりやすくて助かるんだ」
「それでしたら……、はい」
「ちなみに、差の激しい馬の中での違いは……、いい方に振れたときに期待できるかどうかはわかったりする?」
「……確実ではないのですけど」
「え、ぜひ詳しく教えて」
わりと長丁場になった聞き取りを終え、千佳子嬢を送り出した俺は、嘆息するしかなかった。
「まだまだわからないことだらけだな。それに、今回のマックイーン牝馬売却の件は、ステマ配合に捕らわれて、いまいち馬をよく見られていなかったような」
「ちょっと強引だったかもね。でも、高く買ってもらえれば、それはお互いにとっていいことだから」
残っていた美冬は、いつになく当たりが柔らかい。実際のところ、ステマ配合の馬の売れ行きはいい。売り抜けは主義ではないのだが、今回は許容してもらうとしよう。
「残すマックイーン牝馬を見直さないとな。それに、繁殖牝馬全般の購入、売却も再検討するか。安定性の高い牝馬で馬産をできれば、より成績が安定するかも……」
俺の意識はつい、エスファ判定で高い評価を得る馬に向いてしまうが、爛柯牧場の根っこは、今でも地方馬主さんへの馬の供給にある。
幸いなことに当牧場比で走る馬が生産できるようになっているので、馬主さんたちの満足度は高まっている。所有馬の活躍によって購入ペースが早まる場合が多く、さらには話を聞きつけた新規の馬主さんとの付き合いにも結びついてもいる。
千佳子嬢のメソッドを取り入れて、産駒の資質の安定性を高めて、健康出走期間を長くできれば、より馬主さんたちに喜んでもらえるだろう。さらには、高いレベルでの安定性に結び付けられれば。
考えるべきことはまだ多い。疲労を感じて首を回していると、美冬が給湯コーナーに向かった。どうやら、コーヒーでも入れてくれるらしい。
ありがたく頂戴して、検討を進めるとしよう。
【平成二十二年(2010年)初夏】
ランカエカテリーナが、今度こそ海外に向かうことになった。昨年末に誘いのあったルージュデザイアが、今度はアメリカに遠征するというので、帯同馬というわけでもないが、同行することになった。
ルージュデザイア陣営が向かうのは、北米のベルモント競馬場のフラワーボール招待と、チャーチルダウンズ競馬場で行われるBCフィリー&メアターフの芝のGI2レースで、2ヵ月ほどの滞在となる。
上田競馬の朱雀野厩舎に、海外遠征のノウハウはもちろんない。仁科調教師の師匠筋の一人が熱心で、ある程度の情報は得られたものの、細かい話がわからない。
若駒の視察を兼ねてザクくんと奥方の雪代さんが来てくれての相談になったのだが、懸案事項が積み上がるばかりだった。
「こんなときに限ってエスファがいないんだよなあ」
若番頭の嘆きは深い。今回の爛柯牧場側の代表はこの隆となる予定だった。他に女性スタッフが一人立候補してくれる。男女二人でやや心配だったのだが、朱雀野厩舎からは切り札として雪代さんを出してもらえるそうだ。気性難の馬に、ヤマアラシ先輩の圧力とはまた違う、じんわりした手法で働きかける人物だと聞いている。隆が相手の意に沿わぬ馬っ気など出すようなら、手ひどく修整してくれることだろう。
「エスファさんは、馬の遠征に明るいの?」
「さあなあ。明るいんじゃないかな、金髪だし。なあ、ボス」
若番頭のボスになった覚えはないのだが。
「視察とかはしてるのかな。まあ、いないからには仕方ないって」
そう話して課題の整理に取りかかってから一時間も経たぬうちに、打ち合わせスペースを噂の金髪黒づくめの人物が通りかかった。いつの間に来ていたんだ。
「よう、エスファ、いいところに。ランカエカテリーナがアメリカに遠征しようって話になってるんだが」
「テイオーの娘よね。そんな器だったっけ?」
「ルージュデザイアって馬がベルモントのGIとブリーダーズカップ予定で遠征するので、お付き合いでね。GⅢとかなら、可能性あるかなあ、と」
「走法的には、アメリカの砂が全然ダメってことはなさそうだけど。……それが資料?」
「滞在先で用意してもらえるものとかよくわからなくてさ」
課題をまとめた表が読み込まれると、碧眼から呆れたような視線が飛んできた。
「……基本もわからず、遠征しようとしてたの?」
「朱雀野厩舎にとっても爛柯牧場としても初めてごとでね」
「このまま行ってたらと思うと寒気がする」
言い捨てて、エスファがブラックベリーを取り出して耳に当てた。やがて、桃色の唇から流れるような英語が流れ出した。
立て続けに三本の電話を終えて、こちらを睨み付けてくる。
「これっぽっちの調整もできてないじゃない。なんで呼ばないのよ。あたしをなんだと思ってるの?」
「口の悪い金髪美少女風来坊? 気ままにやって来ては去っていく野良猫みたいなものかと」
「美しいのは認めるけど、少女って年齢じゃないってば」
「風来坊ってところには異議はない?」
「それはつまり、あたしはこの牧場のスタッフだとは認められていないってことね」
「だって、いくら言っても給料を受け取ってくれないじゃないか」
ぐっと詰まった感じもあったが、すぐに体勢は立て直された。
「だからって、相談の電話の一本くらい……」
「電話番号知らないし」
「あんたバカぁ? 美冬に聞けばいいでしょ!」
美冬は知っていたのか。
「海外遠征とか詳しいのか?」
「専業じゃないけど、馬の買い入れにも通じるし、手伝うこともあるし」
「ってゆーか、英語しゃべれたんだな。見かけだけ異人さん風で、中身は日本人なのかと思ってた」
「そんなわけあるか! 最初のマーチステークスの時も英語しゃべってただろうに」
言われてみれば、確かに……。でも、あれがアラビア語でも、わからなかったけれど。
「頼っていいのか?」
「だーいじょうぶ。まかせてっ」
そういうことなら、お任せするとしよう。
そして、この少し前に有望な幼駒の死亡事故があった。オリハルコンとの幼名をつけられていた、ステディゴールドとメグロマックイーン繁殖牝馬の産駒である。
元気に走り回っていたのだが、その中で転倒して、右前脚を怪我してしまった。負傷自体は改善傾向にあったのだが、脚元が元々弱く、無理がかかったためなのだろう、他の脚に蹄葉炎を発症してしまったのだった。
治療は功を奏せず、幼い命を見送るしかなかった。こういうときに、無力さを実感させられることになる。
ここまで、こういった幼駒の死亡がまったくなかったわけではないが、わりと少なめだったのは、天元のじっちゃんが遺してくれた牝系が頑丈さにおいて優れてためだったのだろう。
今回のオリハルコンの母親は、ステマ配合のためによそから買い入れた繁殖牝馬で、比べるとやはり華奢なのかもしれない。
外部からの繁殖牝馬の導入も進めているので、さらに配慮する必要がありそうだ。といっても、今回のケースはどうやっても防げなかっただろうけれど。
【平成二十二年(2010年)秋】
メグロマックイーンを父に、ステディゴールドを母の父に持つキングオブクールは、未勝利、500万下、1000万下と2600メートル戦を勝ち上がり、菊花賞への挑戦が決まった。
このレースは、ビッガーウィークが勝利するはずである。キングオブクールに制覇して欲しいが、同時にGIの結果を変えてしまって本当にいいのだろうかとの迷いもあった。
もちろん、既に廃止されるはずだった上田競馬、高崎競馬、宇都宮競馬を存続する方向に導いており、爛柯牧場についても前世でどうなっていたかは不明だが、少なくとも馬産方針は激しく変えているのは間違いない。
多くの人の運命を捻じ曲げたはずで、いい方向に動いた人もいれば、悪い状態に転じた人もいるだろう。
あの女神に人生の良し悪し、善悪といった概念があるのかどうかも、正直なところ判然としない。まあ、関わった馬をGIに出走させないなんて、今さらできるはずもない。それでも、干渉度をなるべく削るべく、今回は馬主としての見届け役を番頭の健司さんにお願いした。
そうして、菊花賞の当日を迎えたのだった。
キングオブクールは、直線の中盤で先頭に立った。脚色は明らかにいい。鞍上にいるのは、デビュー以来手綱を取ってきた高瀬巧騎手である。いつもと変わらぬ、落ち着いた騎乗ぶりに見えた。
テレビの前で叫んでいる美冬を眺めながら、俺は感慨にふけっていた。自分達が手掛けた馬が、クラシックを制覇する。その意味は大きい。しかも、春の天皇賞と並ぶ大目標の菊花賞である。
目を瞑ると、周囲でざわつく声が聞こえてきた。
「変じゃないか」
「故障か」
慌てて目を開くと、キングオブクールはずるずると下がっている。いや、実際に後退しているわけではないが、脚色が鈍っているため、周囲との比較でそう見えてしまうのである。対照的にいい伸びを見せたビッガーウィークが抜いていった。
それでもキングオブクールは走り続けていて、周囲では声援と気遣う声が交錯する。ゴール板前にたどり着いたのは、次の二頭とほぼ同時だった。
「三着か?」
「いや、それより無事なのか」
追う手が止まると、画面の中のキングオブクールはほっとしたように脚を緩めた。
着順が三着同着だったのは、重要なことではない。心配された故障は骨膜炎とそれに伴う跛行で、キングオブクールは休養入りを余儀なくされた。
競走馬は繊細な体型をしているため、特に脚の故障の場合、部位や度合いによっては治療できずに、予後不良……、殺処分とされる場合がある。今回は幸いなことに、その対象とはならない見込みである。
まずは三ヶ月程度を常歩のみの厩舎滞在とした上で、様子を見ながら復帰を図ることになりそうだ。
菊花賞挑戦と並行する形で行われていたランカエカテリーナの海外遠征は、GⅢ3着1回&GⅢ制覇という上々の結果に終わった。朱雀野厩舎とヤマアラシ先輩は、どちらも海外重賞初勝利となる。ルージュデザイアの方も、GIで3着、4着だったからには、ひとまずは成功だったと言えるだろう。
エスファのコーディネートはレベルが高いもので、競馬に集中できたと上々の評判だった。
ただ、さすがに帰国したエカテリーナには少し疲れが見られて、休養入りすることになった。引退させてもいいくらいだが、そこはザクくんと相談することにしよう。
爛柯牧場からGIで、しかもクラシックの勝利と紙一重のところまできた馬が出現した上に、海外遠征も経験したことになる。少し状況が変わるのかなと考えていると、やってきたのはエスファだった。
「よう、どうしたんだ。めずらしくマジメな顔をして」
「あたしはいつもマジメだ。……海外遠征を成功させ、クラシックに手の届くところまできたからには、そろそろはっきりしてもらおうと思ってな」
「なんか、不分明なことあったっけ?」
「美冬のことだ。いい加減に、関係性を固めろ」
「固めろって……。現状でも、別に悪い関係じゃないと思うがな。共通の目的のために協力してるだろ?」
「そういうことを言ってるんじゃない、というのはわかってるよな。……はっきりしてもらわないと、困る人間がいるんだ。あたしも含めてな」
「牧場の後継問題か? うーん、でもなあ」
金髪の友人は、天を仰いで言葉をつなぐ。
「すぐに結婚しなくてもいい。だが、せめて将来を誓い合って、それを公言しろ。爛柯牧場の未来のためには、そうあるべきだ」
「俺は……、長生きできそうにないんだ。例の、ささやきの絡みでね」
「美冬も同じようなことを言っているぞ。健康面に不安があるとかでな。……なら、共に早死にでいいじゃないか。子どもを授かった後で二人とも死んだなら、あたしが責任を持って見守ってやる」
「けれど……」
「いいか。来春までには決めろよ。そこは譲れないからな」
何を譲れないのかを問う前に、エスファは奮然と去っていった。
翌年は、2011年である。期限として定められた春には、おそらく東日本大震災が発生するのだろう。
前世の記憶のままならば、多くの人が死ぬことになるが、直接に手を突っ込めば、存在を抹消されることになりかねない。
イニシアルの動画部門には、特に頼んで地震、津波対策についての動画を制作、公開してもらっているが、東北に限定して働きかけるのは、おそらくまずい。どうしてかと言われても困るが、なんとなく感じるのである。
その感覚が、積極的に行動しても、陰謀論扱いをされて被害軽減に結びつかないだろうとの思考から、自分を納得させようとしているのか、本能が危険を察知してささやいているのか、判別はついていない。だが、そのものズバリの警告は避けるべきだというのが、今の俺の結論だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます