【平成二十八年(2016年)】

【平成二十八年(2016年)初夏】


 前年のランカシュヴァルツとキングオブクールの牡馬は、ユキタカと名付けられて大事に育てられている。このまま自家保有となれば、ランカユキタカとの馬名になるのだろう。


 そうならない可能性として、設立が検討されているひふみレーシングクラブでの持ち馬とする場合が考えられる。ただ、そうなっても冠名は、少なくともユキタカについては引き継ぐかもしれない。


 ユキタカという名付けの由来は、真田三代の祖とされる真田幸隆である。幸綱ともされる人物だ。となれば、その子がランカマサユキ、さらにその子がランカユキムラやランカノブユキとなるのを予定しているとも取れる。ランカ三代での天皇賞春制覇が実現すれば、メグロアサマから数えて七代制覇となるわけだが……、その頃まで、中央競馬で長距離戦は維持されているのだろうか?


 オカルトめいてきているが、今年の産駒に有望馬は出なかった。樹理は絶対に偶然だと主張しているし、確かにそうなのだろう。


 だが、ここまで来ると、奇数年には実績のない牡馬を試すといった動きをしてもいいのかもしれない。まあ、それも樹理やエスファ、隆に任せるとしよう。


 配合は樹理の案を承認するだけで、意図を問うことはあっても拒否することはこれまではなかった。今回、例外としてルンルンマモリフダの配合に口を出させてもらった。馬主筋からの要望があったためである。


 天元のじっちゃん時代からの付き合いとなるルンルンの馬主さんは、ステディゴールドの最初の産駒のうちの、美冬が光を見出だせなかった牡馬を買ってくれただけでなく、当初の頑丈さだけが取り柄の馬を継続的に所有してくれた。メイユウオペラ産駒のルンルンオペレッタという、新体制爛柯牧場初期の活躍馬を買ってもらえたのは、今にしてもらえば本当によかった。その時も、有望な馬は他の人に売るべきだと拒否されそうになったのを、無理やり気味に押し付けたのだったが。


 その後も、ルンルンナイト、ルンルンシュートを含めて多くの馬を買ってくれた。東北を中心に不動産事業を展開していただけに、東日本大震災関連も含めて多くの浮き沈みがあったはずなのだが。


 そして、活躍した馬はなんの条件もつけずに牧場に戻し、残念な成績に終わった馬を繁殖牝馬として引き取れなどと無理強いすることもなく、種付け方針への口出しもここまで一切なかった。


 今回、接触してきたのは、事業を手伝っているという孫娘さんだった。彼女が言うには、オーナーがそろそろ引退しようとしているのだが、馬主生活での悔いは、ルンルンマモリフダの能力を出しきれなかったことなのだそうだ。


 岩手競馬に入厩させたのは、長年世話になった調教師が勇退する最後の時期に、抜群の馬を送り込みたかったからだったそうだ。逆に現役最後に苦労をかけてしまって、馬の能力も引き出せなかったのは、自分の選択のせいなのだとの悔恨を抱いていると言われてしまうと……。こればっかりは、そんなことないですよと言葉を重ねたところで、気が晴れるものでもないだろう。


 ルンルンマモリフダの繁殖牝馬としての能力を引き出すためには、配合はお任せするべきなのは百も承知だとしながら、最後に何の条件もなく応援できる馬を持たせてあげたい。ルンルンマモリフダに、ルンルンナイトをつけてもらえないだろうか。不受胎だったら、来年以降に重ねて求めることは決してしない。孫娘さんはそう依頼してきたのだった。


 でも、おじいちゃんに察知されたら、怒鳴りつけられて撤回させられそうですね。これまで、一度も怒鳴られたことなんかないんですけど、と淋しげな笑みを浮かべられては、応じる以外の道は俺にはなかった。


 樹理の配合診断では「ありえない」とのことだったが、これは血統や能力の話ではない。長年に渡って世話になった馬主さんへの最後の贈り物なのだと説いたら、理屈として理解はできないけれど、感情の話なのだと想像できるからオーケー、との回答は得られた。納得感は不明だが、怒っている風ではなかったので、おそらく問題はないのだろう。


 オーナーに露見した際にはひと悶着あったが、受胎後だったこともあり、こちらの判断ですと押し通した。その後の話では、楽しみにしてくれているらしい。



 そして、雪解けの頃にやって来た義理の両親……、タロエモンとその妻君が静内に長期滞在となっている。


 牧場はわりと人の出入りが激しく、長逗留にはなんの問題もない。おばさんも、状況によってはこの牧場のオーナーになっていたかもしれない人物だし、天元のじっちゃんとは色々あったようなのだが、夫と穏やかな時間を過ごせていることの方が重要なのだろう。孫の世話を買って出てくれるなど、機嫌よく過ごしてくれていた。


 そしてタロエモンも、競馬にのめり込むでもなく、怪しい筋とやり取りしている気配もない、悠々自適状態であるようだ。


 かつての悪相ぶりはすっかり影を潜め、先入観がなければ穏やかな初老の人物といった風情だった。これが、噂に聞く孫の影響力というやつなのだろうか。人間、変われば変わるものである。まあ、いつまた元の方向に豹変しないとも限らないが。


 上田でも、ヤスさんと穏やかに話すような状況で、遥歌さんを戸惑わせているらしい。東京にも拠点を用意していることもあって、落ち着いているのだろう。


 創始会の仕切りが見事だったのか、そもそも利用価値が薄れていたのか、かつてのワンツースリー絡みのトラブルも鎮まったようだ。ここは、表裏の両面から警戒を続けているのだが、下手につつかなければ問題はなさそうだというのが現状の判断となる。タロエモンには、ぜひ孫に夢中になっていてもらおう。……まあ、近くにいてくれた方が監視しやすい、との事情があるのも否定できないわけだが。


 美冬は両親との関係性をいまだに測りかねている部分がありそうだ。ただ、これまでの正面から向き合う状態から、それぞれの視点から美春を見つめる形に移行しているのは間違いない。やや不器用に子育て相談などしているからには、ここも時間が解決してくれるだろう。



 タロエモンから、転生の話を聞き出したいとの想いはあったが、こうして落ちついている様子を見るとためらわれる。


 あの茶番めいた誘拐劇の際に彼が口にしていた言葉からすると、俺の前世はタロエモンによって歪められ、その是正の余波を受けて命を落としたために、転生させられたと見るべきなのだろう。女神が介入するに至った要因は、タロエモンの前世知識の利用度合いが許容限界を越えたということか。そして、その後が生き地獄だったと言っていたから、すぐに排除されるわけではないようだ。……マーチステークスは許容域の内側だったのだろうか。アレサイクロンとプリミエプリンスにとばっちりが及ばず、本当によかった。


 そう考えると、我が義父にとっては俺の前世の世界が二周目だったわけで、今回は活用できそうな知識を抹消されての三周目ということか。二周目の俺でも、この世界における外来生物感覚は拭えない面があったわけで、罰としての三周目となれば、自暴自棄になるのは無理もない……のか? いや、でも、前世世界でヤバい筋から金を借りていて、その返済のためにあのレースでの十万馬券を差し入れたんだったか。なんとかは転生しても治らない、ってやつか。


 ただ……、二周目において、あのレースで一発逆転を図るだけの事情があったわけだし、生き地獄がどうのとの話もあったからには、彼の時間はその先まで続いていたのだろう。新たな転生での最長期間が元の時代で生きていた間だというのは、どういう理屈なのだろうか。女神にとっても、好きにできることばかりではないということか。


 そして……、記憶持ちの逆行転生者がありふれているのでなければ、タロエモンと俺がたまたま隣人になるはずもない。詫び替わり転生のていでありながら、実際は看守なり更正保護司なりの役割を与えられていたのだろうか。都合のよい魂を再利用したのだとすれば、食えない女神様である。


 しかし、まあ、幸いにして姪っ子に騎乗馬をあてがうという当初の目標は、遺言の形でなら実現できそうだ。問題は今世との関わりが想定外に深まったことだけれど、悔やんでいるわけではない。自分なりのベストを尽くすとしよう。





 クラシック戦線では、ランカフェリクス産駒のランカフォルトゥナが皐月賞、ダービーを共に三着と予想外の好走を見せてくれた。キングオブクールとは別方向での爛柯牧場の象徴的な血統だけに、菊花賞には期待したいものである。


 フォルトゥナの父方の祖父は、ブラッシンググルーム系のマチカゼフクキタルで、祖母がランカナデシコであるため、ソッカーボーイの血も入っている。母であるランカリアライズの方の祖父はランカリアリティで、祖母はランカヴェニスであるため、リアルフダイとウルトラクリークの血も入っている。


 最近では、樹理の判断もあって多様な系統を盛り込んでいるが、それ以前の爛柯配合の最終形とも言えるかもしれない。この系統と、メグロマックイーンから始まる系統をかけ合わせてみたいものだが、最新のユキタカはランカリアライズを母に持っている。となれば、キングオブクールと……、いや、配合はもう、樹理と孝志郎、エスファと隆に任せて安心できる。それはきっと、今後を見据えればとてもよい状態なのだ。


 フォルトゥナの同期であるランカルクシオンは、二歳シーズンを中央で過ごした後に、上田競馬に転出している。


 二歳戦線でのタイトル制覇は実現しなかったが、オープン特別を勝利した上にGⅢの2着2回なので、なかなかの健闘だったと言えるだろう。上田のマイルから中距離戦では圧勝モードだそうなので、夏以降にも期待したいものだ。



【平成二十八年(2016年)秋】


 菊花賞でのクラシック制覇を期待したランカフォルトゥナは、ムラノダイヤモンドの2着に敗れた。


 残念ではあるが、クラシックを3着、3着、2着は立派である。今後は、中長距離戦線で実力を試すことになるだろうか。


 これがサンデーサイレント産駒なら微妙すぎる成績扱いだろうが、マチカゼフクキタルからランカフェリクスと続くブラッシンググルーム系は、なかなかの零細血統ぶりとなっている。少なくとも爛柯牧場にとっては、現時点で引退したとしても貴重な存在になりそうだ。


 騎手としては、巧が前世比で大躍進したのはうれしい展開である。対して、ヤマアラシ先輩は、騎乗依頼があればどこにでも向かうとのスタンスのため、各地のリーディングで上位に顔を出しているものの、首位に立つのは上田のみという状況だった。ただ、勝ち星は猛烈な勢いで積み上げていた。


 中央の女性騎手は、しばらく不在となっていたのだけれど、記憶通りに藤原七海騎手がデビューし、なかなかの活躍を見せてくれていた。


 上田の秋に、各路線の牝馬重賞をまとめた開催日を設定し、女性騎手招待の平日開催を設定しているのは、彼女と後に続く中央の女性騎手達を呼び込むためだった。その流れに、ぜひ前世での姪っ子の風香も加わってほしいものである。




 ランカヤタガラスの欧州遠征では、カップ三冠のうちの一つ、GⅡのドンカスターカップを制覇してくれた。これは正直なところ種牡馬入りへの箔付けとして大きい成果である。


 ソッカーボーイの父系が残れば、ステディゴールドの母親に全妹がいるため、代用的なインブリードが成立しそう、という事情もある。


 なお、日本の中央競馬にもドンカスターカップという名称のレースは存在する。競馬場同士で提携しているはずなのだが、毎年のように芝、ダートも含めた条件変更を繰り返していて、長距離だったこともあるのに、今年はダート1400mの1000万下ハンデ戦として行われていた。無礼極まりないと思ってしまうのは、俺の感覚がおかしいのかもしれない。きっとそうなんだろう。


 アメリカに向かったナツヘノトビラも、GⅡでの3着、GⅢ制覇と大活躍である。ハインラインの著作の中で、なぜか日本でだけ人気らしいSF作品にちなんだ命名なのだが、現地で気づいた人はいるのだろうか?


 欧州でもアメリカでも滞在先との関係性も強化されてきていて、いずれは幼駒の取引に発展するなんてこともあるかもしれない。まあ、エスファからの紹介であるというのが、大きな意味を持っていそうだけれども。


 ただ、この両頭が今年一杯での引退となりそうで、そうなると来年以降に海外遠征に向いていそうな馬がすぐには思い浮かばない。


 参加することに意義があるとは言っても、惨敗を続ける馬を連れてきたとあっては、印象も悪いだろうし。


 そう考えると、所期の目的は果たしたと考えて、今後は適した馬が現れたときに検討する形でもよいのかもしれない。




 この夏は、リオ・オリンピックが盛り上がり、世界を席巻するピコ太郎のPPAP……、ペンパイナッポーアッポーペンが公開され、さらには邦画の「君の名は」と「シン・ゴジラ」が大ヒットとなった。


 強めのコンテンツに混乱した美春が、「前前前世」のサビを口ずさみながらPPAPの振り付けをしたのに大笑いしたら、味をしめて定番にされてしまったのは悩ましい展開だった。


 特撮とアニメでの邦画のヒットは、この先の映画が復興していく時代の嚆矢となった形だろうか。シネコンと呼ばれる小規模シアターの集合体が完全定着したのも大きかったかもしれない。


 上田競馬場での夏の映画上映会は継続中で、毎週水曜日に設定されている。金曜日には、ご当地アイドルの定例ライブが開催され、同時に各種イベントが組まれてなかなかの集客であるようだ。


 そのライブ中継をことねんが息子をあやしながら仕切るのがまたシュールで、謎の人気を博している。


 そう、血縁としての甥っ子が誕生しているのだ。弟の雅也は結局、ひふみ企画に入って上田だけではない地方競馬の統括補助的な仕事をしているそうだ。


 父子で打ち合わせの席で顔を合わせるケースもあって、俺のときとはまた違う感慨があるようだ。そこもまた、いい流れなのだろう。


 阪神は、金本アニキが監督に就任して、超変革をスローガンに戦ったのだが、4位に終わっている。まあ、若手を積極起用したからには、無理もないのかもしれない。


 開幕オーダーの一番高山、二番横田という並びにはわくわくが止まらなかったが、より期待している横田選手は、早々に一軍から姿を消してしまった。あの体躯で確実性を伴ってくれたら、スターになってくれると思うのだけれど……。


 野手には、現在が低レベルなだけに改善の兆しがあるように見えるが、投手陣が……。というか、藤浪投手が心配である。


 プロ入り当初は、二刀流でメジャーに行くはずの大谷選手よりも、実績面で先行していたほどだったのだが、四年目以降はやや伸び悩み、この年の7月には「藤浪の161球」が発生している。


 絶対的なエースになってほしい、という想いは理解できるが、スター性を帯びていた人物が窮屈そうなのは見ていてつらいものがある。


 確実に良い方向になっているとは断言しきれないのは、ややつらいところであった。


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