【平成十七年(2005年)晩秋】


【平成十七年(2005年)晩秋】


 ディープインパクツが三冠を達成し、仁科調教師に預けたステディゴールド産駒牝馬のランカキラメキ、ランカヤマブキが3勝ずつを挙げた。


 ランカキラメキは新馬勝ちの後、五百万下を二戦目で制して、オープン特別を勝利している。


 ランカヤマブキは、初戦で敗れて未勝利に回った後に、未勝利、五百万下、オープン特別の三連勝を果たした。


 これから年末に向けては、重賞挑戦も行う予定となっている。


 そして、それぞれの馬の勝利一つずつは高瀬巧騎手が……、前世の競馬学校で同期だった人物が挙げている。仁科調教師に、自分と同い年の若手騎手に注目している、と告げた効果はあっただろうか。前世の知己の運命を変えるのは禁則事項であるようだが、今のところ異変は起きていない。


 騎手としては、地方ながら巧よりも半年早くデビューを果たしたヤマアラ……、嵐山先輩も、上田と高崎、宇都宮を中心に多くの騎乗数をこなしている。週末に上田、平日には開催があれば高崎、宇都宮にも出て、さらには南関東への遠征も頻繁にとなると、休む暇がない状態だが、楽しくやっているらしい。体力お化けな感じは学生時代からあったが、凄まじいことである。


 わりと景気のいい話が続く中で、ヒロエモンのリビングドアに悪い噂が流れていた。その影響は、富士山テレビ攻防戦に参加したワンツースリーにも波及しているそうだ。


 なぜか郵政民営化が争点にされ、刺客候補が乱れ飛んだ衆院選に出馬した結果、ヒロエモンは落選した。


 プロ野球参入騒動で名を売り、富士山テレビ買収を劇場型で画策し、無所属とは言いながら自民党に応援される形で刺客候補として衆院選に出馬したわけで、ヒロエモンの知名度は爆上がりしている。一方で、恨まれていないかと言えば、そんなはずはないよね、という状況ではあった。


 その流れの中で、牧場の事務所を訪れた遥歌さんから問い掛けが投げられた。


「ワンツースリーから、古株を中心に離脱したがってるメンバーがいるんだけど、どう思う?」


「どうって……、人生の選択だからなあ。好きにしてくれとしか」


「そうよね……」


「まあ、一時的に天元財団で受け入れるとかはありかもね」


 出した助け船に、遥歌さんはようやく笑みを浮かべた。


「それは、琴音さんとか? 別の人たち?」


「琴音は残るみたい。……彼女は意外と苦労人でね。規模拡大への執着も、その影響があるみたいで」


 話題に上がったのは、かつて競馬部門の本体からの排除を主張していたきつめの美人さんである。上場による企業の金銭的価値最大化の観点からは、正解だったわけだが。


「ワンツースリーの規模は拡大してるの?」


「まあ、そうね。リビングドアは広告方面はそこまで強くないから、食い込んでいるみたい」


 危険な兆候ではある。


「抜けようとしてるのは、広告部隊以外の人たち?」


「ばらばらだけど、サイト制作系とか管理部門が多いかな。デザイン部門の古株がまとめる形になるみたい。時期的には、ひふみ企画から、ひふみまでの加入者がほとんどね」


「タロエモ……、お父さんはいつからひふみに関与してたの?」


「そうねえ。武蔵小金井にオフィスを構えて程なくって感じかなあ」


 開かずの踏切を見下ろすビルを借りたのは、創業間もない頃だったはずだ。そういえば、開かずの踏切の原因となっているJRの中央線の高架化工事が始まっていて、遠くなく開かず状態は解消する運びとなるはずだ。そんなことを考えていたら、遥歌さんがあきらめたかのように説明してくれた。


「当初は、無給でいいから見守らせてくれって話でね。でも、やっぱりネット会社で目立ってると、その筋の人が寄ってくるのよ。派手めのトラブルになりかけたのを、対処してくれたの」


「へー」


 それは、自作自演的に、絡んできた振りをした知り合いを追い散らしただけなんじゃないだろうか。あるいは、裏社会との繋がりが強くなっていたのか。


「そうなると、さすがに役員待遇かなあ、とかやってたら、頼りになる面はあって」


 順境にあれば気の回るいい人ではあるらしい。副社長になって代表権を持ち、外向きの仕事を担うようになると、大きく変貌したようだ。


 それにしても、妹に父の帰還を知らせずに親娘三人で暮らしていたというのはどういう状態なのだろうか。反りの合わなさは感じているにしても……。父親と娘二人の間には、なにか窺い知れない心情のもつれがあるのかもしれない。


 いずれにしても、社内はいつの間にか副社長によって切り崩されて、創業社長が放逐されるに至ったわけだ。


 今回の離脱組は、タロエモ……、暮空太郎氏に距離のあるメンバーが中心だそうだ。琴音嬢は決して現社長にべったりな訳ではないにしても、離脱する気はない模様である。広報部長的な立場にあるようなので、しがらみもあれば、今後のステップと考えても外れづらいのかもしれない。


「馬産に興味を示す人がいたら、使ってくれる?」


「もちろん、大歓迎だよ。本格雇用でも、スポットの手伝いでも」


 外部の手が入ると、色々とかき混ぜられていいだろう。停滞しているわけでもないが、刺激はあっていいはずだし。


「ワンツースリーの未来は暗い感じ?」


「うーん、どうかな。リビングドアがどうにかなれば、つられそうではあるんだけど」


「へー、空売りの仕掛け時だったりするのかな」


「空売りかあ……」


 首を傾げて考え込んでいた遥歌さんが、やがて自分を納得させたように頷いた。そして、やや心配そうに口を開いた。


「ところで、タイガース。残念だったわね……」


「いや、全然気にしてないよ。特に阪神ファンなわけでもないし」


「ほぼ全試合を観戦している時点で、熱狂的なファンよりも興味を持ってそうだけど。あれは、そう、霧のせいよ」


「いや、ホントに気にしてないから」


 応じながら、自分の声に力がこもっていないのが実感される。


 この年、岡田監督率いる阪神タイガースは、2003年に続いて二年ぶりにセリーグを制覇した。そして、日本シリーズで千葉ロッテマリーンズに四連敗したのだった。


 前世ではそれほど野球に関心を抱いていなかったのだが、それでも何かの拍子で334という数字が出てからの、なんでや阪神関係ないやろ、というネット上のジョークは把握していた。でも、語源まではわかっていなかった。


 四連敗のスコアを通算する意味は、本来ならないはずである。だが、33対4というのは、確かにトラウマレベルである。本来、日本シリーズはおまけのようなものなのに、この徒労感はなんなのだろう。


 そして、これ以降は前世での俺の目が黒いうちは優勝していなかったように思えるし、平成の終わりには、今の時期にチームを引っ張っていたアニキこと鉄人・金本監督が最下位になって退陣していた。


 阪神ファンが素直に喜べる日は、21世紀のうちに訪れるのだろうか? だんだんと訪れなさそうな気がしていた。


 遥歌さんに肩をぽんぽんと叩かれた俺は、弱々しい笑みを返すことしかできなかった。


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