第21話 エリナ

「へぇ、商談かぁ」


商業ギルドで所属の手続きを済ませ、とりあえず商業ギルドの一員となった。

身分証に少しだけ手を加えて商業ギルド所属とひと目でわかるようにだけしてもらって、ギルドを後にした私は、そのままの足でクロエ達の家へと来ていた。


「すごいじゃんか。加入した途端に商人みたいなことしてる」

「成り行きとアダム…師匠のコネだよ。私の力じゃない」

「コネも運も、実力のうちさね」


来る途中で買ってきた土産の砂糖餅を手に持ちながら、クロエは嬉しそうに笑う。

スラムが長いとこういう甘味はあまり食べれるものじゃないから嬉しい、と本人は言っていた。

無論、2階にいるマルクやアリス、それからエリナ…マルクの姉にも差し入れをしてきた。


「悪いね、私の方はまだ調査に出れてもいないのに、エリナの方ばかり見てもらって…」

「それは私とあんたの契約であって、アリスは関係ないから…アリスがやりたいことをやって貰ってるだけ」


そもそも一日やそこらでそんなに情報が集まるとは思っていない。サマリロの中にいても、大した情報はないだろうし、情報があったらあったで大問題だ。今すぐ発たなくてはならなくなる。


「盗賊ギルドの方で私宛に依頼が来ててね…その指示待ちだから動けないんだ。悪いね」

「いいよ…今のところは何も無いし」


こっちで多少は成果を残さないことには、恥ずかしてくてフランシスカに戻れないし。

馬車の荷台に積んだ野菜は日持ちするものを選んだからまだ大丈夫だとは思うが、このまま売れないのも困るな…


「そういえば…盗賊ギルドって何やってんの?」

「ん…そうだなぁ」


盗賊とは、商人の馬車を襲ったり、盗品を売りさばいたりするのが仕事だと思っていたが、クロエにそんな素振りはない。

そう思って質問した私に、クロエは机の上の水を飲みながら答える。


「そういう仕事をしている連中もいるがね…どっちかと言えば、ギルドに所属してる連中はスラムの世話、見回りってのが多いかな。私もそうだし」

「へぇ…それで、なんで盗賊?」

「まぁなんていうか…「非合法」の代名詞として付けられた部分が多いと思う。それにまぁ…あんまり大声じゃ言えないけど、暗殺とかの仕事はある。盗みはしたことないけど」


ああ、やっぱりそういう仕事もあるのか。

まぁ、フィリップさんにしてもそうだが、街の人に「盗賊のギルド」として認知されているのに仕事が盗賊だけな筈ないか。


「非合法なことは確かなんだ。スラムも領内の認識として合法ではないし、表立って言えないような仕事もあるけど、その依頼は表の人達がしてくることも多い。そういうのの窓口がギルドだしね」

「ふーん…」


まぁ、盗みをしてようが殺しをしてようが、私がそれにどうこう言えた立場ではないが。


「どう?興味出た?正直、アンナは盗賊ギルド向いてると思うけど」

「はは、商人に誘われた時もそう言われたよ」


向いてるものが多いと思われているようでなによりだ。

私自身は村から出たこともなかったような田舎者だったから、何をするでも新鮮な気持ちで出来ていいけどね。


「まぁ考えとくよ…そのクロエ宛の依頼ってのは、内容聞いてもいいやつ?」

「あぁ、それはただギルド宛の荷物を輸送する任務だよ。内容はまだ分からないけど」


そういう仕事も、あるようだ。正直クロエの話を聞くだけでは何がしたくて作られた集団なのか全く見えてこないが…

現にクロエはスラムで子供二人の面倒を見ている訳だし、本当にスラムの治安管理が仕事のギルドなのかもしれない。


「まぁまだ数日はサマリロにいる予定だから、頻繁に遊びに来てくれて構わないからね。その方が2人も喜ぶ」

「はは、アリス次第だよ」


とは言え私も結局宿屋ではなくスラムの方に戻ってきている辺り、こっちの方が落ち着くのは確かなのだが…


「アンナ、そろそろ戻ろうかと思うのだけど…」


そんな話をしていたら、いつの間にか日が暮れていたようだ。2階からアリスとマルクが降りてきた。

そして、その後ろには…


「…エリナ、起きてきて大丈夫かい?」

「うん…大丈夫、クロエさん」


マルクの姉、エリナ。

マルクよりも3つか4つ年上、おそらく10歳くらいなのだろう。しかしその割には身体は小さく、華奢な体つきをしている。身体が弱いようだから、あまり動くことも出来無かったのだろう


「どうも、エリナ。お邪魔してるよ」

「いらっしゃいませ…おやつ、ありがとうございました」

「ありがとう、アンナお姉ちゃん!」

「いいよ。やりたくてやってることだから」


階段を登って、エリナとマルクの頭を撫でる。2人はえへへと笑いながら、黙って撫でられている。

スラムの子達がどうしてこんな生活をするようになったのか、それには私なんかでは想像もつかないような事が…あったのだろう。


「ほら、ベッドに戻ろう。また咳が出てしまうよ」

「私達も帰るよ。また来るね、エリナ」

「はい、また…」


クロエに連れられて、部屋へと戻っていく。その姿にヒラヒラと片手を振る私と、その後ろで私の手をギュッと…いつもよりも強く、アリスが握っている。


「…行こう、アリス。マルク、また来るよ」

「うん!アリスお姉ちゃんも、また来てね!」

「…うん、またね」


階段の上でずっと手を振っていたマルクに手を振り返しながら、家から出る。

夜風も日に日に冷えてきているのを感じる。そろそろ、上着でもいるかな…


「…回復魔法は、万能じゃないの」

「…そうだね」

「あの子の苦しみを一時救ってあげれても…それは病の根本を治すことには繋がらない」


村に回復魔法が使える人材はいなかったからというのもあって、医者という存在は私にとっても身近で…そしてそれは、他の街でも変わらない。

回復魔法は、万能では無い。医者という仕事がある以上、それは考えればわかる事だ。


「怪我だとか、炎症だとか…そんなものなら、抑えることが出来る。でも結局、原因を取り除かないと…」

「でもそれが出来ないからこそ、エリナも、色んな人が病に苦しんでる」

「私に出来ることって…なんなのか、分からなくなりそうで…」


…以前アダムに聞いたように、回復魔法は身体内の魔力を使う。相手の魔力と反応させるために自分の魔力は相手の身体の中に送り込むから、回復魔法はかける側が著しく消耗する。

それを防ぐために魔力を補給しながら行うのに、今の私たちに魔石を手に入れる手段がないために、アリスの消耗は計り知れない。


「…アリスが出来ることは…アリスがしたいと思ったことだよ」

「…?」

「前にも話したけど、私は昨日今日出会った女の子にそこまで優しくしてあげることは出来ない。だから、それをしたいと思えることがまず、アリスだから出来ること」


アリスの手を強く握り返しながら、宿屋への道を急ぐ。とりあえず早く休ませてあげることが、1番楽にしてあげられることのはずだ。


「根本を取り除かないと病気は治らないかもしれない。でも、アリスのやっていることは、決して無駄では無いから。その子の苦しむ時間を少しでも短くしてあげられてる」

「私はそのお人好しを、気が済むまでできるように、頑張るから」

「だからアリスは、したいと思ったことを、好きなだけして欲しいんだ」


アリスからの返答は無い。何か考えているのだろう。ただ小さく、うんと頷く声が聞こえた。


2人で歩くスラム街は、街灯もなく、ただ暗闇に覆われている。お互いの顔も見えないくらいの暗闇の中で、私達は手を離さないようにギュッと、強く握りあう。


──

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