第8話 スラム

「身分証の新規発行ぅ?」

「ええ」


次の日の昼下がり。ピーク時を終えてアダムのタバコ休憩の横に座って、昨日店主に聞けなかったことを聞いてみた。

アダムも随分と怪訝な顔をして、タバコの煙を吐き出した。


「ったく、どんだけ訳ありなんだ…俺みたいな一般市民には到底予想出来ねぇよ」

「あはは…」


本当に重度の訳ありなのだ。周りの人々には感謝してもしきれない。


「…多分あいつが言いたかったのは、新規発行の手順じゃなくてそこに至る理由付けの話だろ?」

「ええ、おそらく」


あいつ、というのは店主のことだろう。二人の関係性は知る由もないが、それなりの付き合いはあるようだ。


身分証は一般的に生後まもなく発行する。私の身分証も両親が生きていた頃に作ってくれたものだ。

それは、「生まれたから新規発行したい」という真っ当な理由が言えるからだ。歳を取ってから「今まで作ってなかったけど必要になった」というだけの理由では怪しさ満点で執拗な身分検査などをされることだろう。


「…まず考えつくのは、スラム出身の孤児であると偽ることだな」

「…ああ、なるほど」

「フランシスカにはそんなに大きなスラム街はねぇが…スラム街はギルドに所属して何らかの仕事に就くことが出来なかった奴らが集まる。それの子供ともなれば、身分証を持ってねぇってことも往々に有り得るだろうよ」

「そんな理由で身分証をこれまで発行してこなかったが、仕事で必要になった…っつー理由で通る可能性もある。スラムっぽい見た目をするのと、受付がそれを疑わないほどバカであるっていう前提がいるがな」


これも一案だ。受付次第では相当な演技力が必要になるだろうし…私はともかく、アリスのあのブロンドの髪は怪しすぎる。あの髪を染めて、髪を痛めつけて…必要な手順が多すぎる。


「あとはそうだな…結婚して、苗字を変えるとかか?」

「いや、私は苗字も名前も変わってるので…」

「だからどんな訳ありなんだよ…別に聞かないけどよ」


あはは、と愛想笑いを浮かべる。客商売を始めて、こういうのが上手くなった気がする。アダムには愛想笑いなのがバレているのか、呆れ顔をしているが。


「…俺の個人的な意見だけどな、そこまで込み入った事情なら…やっぱり盗賊ギルドを利用すんのが1番手っ取り早いんじゃねえか?」

「まぁそうなんですけど…結構危険な橋ばかり渡ってるので、可能な限りは避けたいなと…」

「はぁ…」


アダムは溜息をつきながら、タバコの火を地面に押し付けて消した。それにしてもタバコの葉もあまり流通していないのでそれなりの高級な趣向品のはずなのだが…結構稼いでいるようだ。もしくは商人の繋がりとかなのか?


「…乗りかかった船だ。俺も何か考えといてやるよ…」

「感謝します。このご恩は、仕事で返します。」

「子供がそんな義理くせぇことを言うな…悲しくなるよ」


再び愛想笑いを浮かべて、洗い場へ戻る。さぁ、次のピークまでに後片付けをしなくては。


──

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