第26話 訓練①
「クロエ、この辺りで1泊しようか」
「ん…了解」
夜も更けて日付が変わって少し経った頃。
アリスが隣で眠り始めたので、開けた場所で馬車を止める。
「ほらアリス、荷台に移ろう」
「ん…」
荷台は空っぽだが、私達の着替えと馬用の干し草だけは積んである。それを並べてシーツを敷き、そこにアリスを眠らせる。
「あはは、慣れたものだね」
「そんな事ないよ。来る時はもっと一杯積んであったから」
とは言ってもこの後荷物を積んでからは荷台で眠れなくなる可能性もあるので、何か新しい寝床を考えなくてはならない。
そんなことを考えながら、背の低い草の上に寝転がる。私一人であれば別に土の上でも構わないのだが…
「…アンナ、もう寝るのかい?」
「ん…いや、別に決めてないけど?」
「じゃあちょっと付き合ってよ」
なにか話があるのかと思って身体を起こすと、クロエは近くの木から皮を2枚剥がして、1枚を半分に割った。
私の肘から先くらいの長さになったそれを私の前に投げ渡す。
「双剣の使い方、教えてあげるよ」
「…そりゃどうも」
話じゃないのかよ。
木の皮は乾燥のためかそれなりの硬さをしていて…当たるとそれなりには痛そうだ。
村での隠密行動の時、スミスから支給された短剣1本を握って…まぁ数人手掛けたことはあったが、訓練された訳でもないそれは刃物を持った際に考える単純な使い道しかできていなかった。
使い方を教えてくれると言うのなら、ありがたく教授してもらうとしよう。
「ほら、かかっておいでよ」
「…言っとくけど、当たると結構痛いからね」
両手に握った木の皮を順手で握って、腰の前に構える。対してクロエは逆手で持って、顔の前で構えた。
そのまま挑発するように指を動かされたので…
手の力をこめ直して、足の先に力を入れて、爪先から思いっきり地面を蹴って飛びかかる。その動きまでを確認して、クロエは身をかがめ、腕を引っ込めて、肩の前に腕をクロスさせて構え直す。
そしてもうすぐ相手に手が届きそうなところで感じた…巨大な殺気
「ちょ…っと!」
すんでのところで足を着き、そのまま横に蹴り上げる。身体はバランスを崩し、横転するが…さっきまで私の顔があったところにクロエの手が伸び、そしてすごい音を立てながら振り下ろされた。
木の皮を辛うじて避けられたが、右腕を少しかすめて、服が少し切れた。
「お、すごい!避けるんだ」
「殺す気かっつーの!」
倒れる前に腕をつき、そのまま地面を押し戻す。バネの要領で跳ね返された身体の速度に載せて左手をクロエに当てるように振り抜くが、余裕綽々に避けられてしまう。
そのまま手を付かず前転して、受け身をとって距離を離す。
「ふざけんな!教えてくれるんじゃなかったのかっての」
「あはは、結局実戦が一番だからね」
「それに…付き合ってくれるんでしょ?憂さ晴らしにさ」
次はクロエが飛びかかる。明らかに私の首目掛けて振り下ろされる腕を咄嗟に掴み、そのまま引っ張って後ろにぶん投げた。
「すごいすごい!結構やれてるじゃんか!」
「そんだけ狙う場所を明らかにされたら誰でも掴めるわよ!」
ぶん投げられたのをものともしないようにすぐに体制を建て直して、もう一度飛んでくる。
次は掴めないと判断して横に飛ぶが、それを読んでいたように方向を変えてこちらへ飛んでくる。
左足で速度を殺して、右足に力を込めて、今度はクロエの方へと飛び込む。お腹の辺りにタックルを決める…と見せかけて咄嗟で身を捻ってクロエを避けて、反対側に逃げ込んだ。
「もっと基礎を教えてからにしてくれる?私なんかじゃ相手にならないでしょ」
「…あは、それもそうだね」
…なんとか、殺気は止まってくれたようだ。
ふざけやがって…素人相手に怪我ができるようなことをさせないで欲しい
「でもすごいや、殺気を感じてちゃんと避けたんだ」
「剣じゃないって分かってるからよ。真剣でこんな動き出来るわけないでしょ…」
「それにあんなに首を狙います!ってアピールされたら、そりゃあ避けれるでしょうよ」
「あはは、じゃあ真剣でも出来るように、これから特訓だね」
そう言いながらもクロエは笑顔で柔軟体操を始めている。さすがにもう憂さ晴らしは済んだのか、突然襲いかかってくる様子は無い。
…実際戦い方を教えて貰えるのなら、願ったり叶ったり。私一人でも自分の身とアリスは守れるように…なれるといいのだが
「…で、なんの憂さを晴らされたのよ」
「ギルドの仕事はいつも唐突だからね…詳しい内容を聞かされたのは昨日の夜だし」
…マルクやエリナ達を置いてくることに、苛立ちを感じていた…とか、そんな感じだろう。
しかも今回は結構長旅になる。近場の街や村に配達依頼はよく入ると言っていたので、今回もそんな感じだと思っていたとか…大方そんなところだろう。
「ギルドに不満は無いさ。仕事は仕事だからね。でもまぁもう少し早く言ってくれれば…マルク達ともっと話せたのにさ」
「それでも、抜けないの?別に仕事は他にもあるでしょうに」
「…私も含めギルド員達の稼ぎは盗賊ギルドが管理して、それをサマリロ中のスラムに分配されるんだ。だから私が抜ければ、マルク達はただの保護される人になる。そんな重荷を背負わせたくないのさ」
へぇ、盗賊ギルドってそんなことしてるのか
非合法の代名詞とか言っていたが、弱きを助け強きをくじくという意味では他のギルドとどっちが悪者か分からないな。
私から振った話なのに、それ以上の解決策は今の私には導き出せず、2人黙って夜空の月を見上げていた。
──
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます