第16話 宿


身分証を発行してから少し馬車を進めて、一番最初に目に入った宿屋に入った。やはりフランシスカと違って都会と言うべきか、そこかしこに馬車を止めるスペースが用意してある。馬も繋げるよう杭が打ってあるので、さすがは商人の街、と感心した。


「すみません、空いてますか?」


馬車を止めてすぐにとぼとぼと荷台から出てきたアリスと共に、宿屋の中に声を掛ける。


「ああ、空いてるよ。この店はいつでもガラガラさ」

「じゃあ一部屋…いくらですか?」

「銀貨1枚」


やっす…フランシスカのフィリップさんの店より安い。あそこはアリスのおかげで宿代は掛からなかったが、1部屋銀貨2枚だった。


「なんでそんなに安いんですか?」

「なんだい、おたくこの街は初めてか?」

「ええまぁ…」


宿屋の店主はため息をつきながら、入口とは反対にある窓を指さす。


「この裏、スラム街なんだよ。店を買った時はそんなことはなかったんだがね」

「へぇ…」


店主の話を要約すると、ここ数年で商業ギルドが急激な成長を果たし、その結果首都は家よりも店が多い状況になった。

それに加えて、商業ギルドが管理しているはずのファーレス領の物価が高騰。伴って物件や土地の値段も上がり、銅貨や銀貨や金貨の価値が下がる。


すると家の持ち主が家を売り、そこに住んでいた人達は突然家を追われるようになった。

新たな入居先も家が少ないために見つからず、スラム街へ流れ、スラム街の規模が年々拡大していっているらしい。


「それでスラムから離れた土地の値段が上がって、そこに人が集まって…この街は今やギルドの連中と貴族ばっかりが顔を利かせる、金持ちの街さ。俺たちみたいな小さな店は、もうじきに畳むことになるだろうさ」

「なるほど…それで構わない?アリス」


アリスは何も言わず、ただ小さく頷いた。これは怒っているのではなく…なにか考え込んでいるように見える。

店主に了承の旨を伝えて銀貨を払い、部屋に荷物を運び込む。とりあえず、盗まれても困るので手に持てる物は一通り運び込んだ。

馬や馬車はどうしようもないが…盗まれないことを祈るしかない。

店主も頻繁に様子を見に行ってくれると約束してくれたので、それを信じて休もう。


「アリス、お風呂は?」

「…先に入るわ」


そう言って着替えを持ってお風呂へ歩いて行った。なんだかんだでお湯に浸かるのは久しぶりだ。川があれば水浴びくらいはしていたが、やはり多少臭う。


今更ながらこれでベッドに入るのも気が引けるので、アリスが出てくるまで机に腰掛けてみる。ふと、窓に目が行った。そういえば、さっき店主が言っていたのはこちらの方角ではなかったか。


窓を開けずに覗き込むと、壁は結構遠くに見える。その間の様子はあまり見えないが、それなりに古い建物が壁の辺りまで続いている。もしかして、これ全てスラム街なのか?

だとすると十字にかかった中央通りから少し入った一角、四分の一が全てスラム街ということになる。フランシスカは通り一本程度だったので、その差がよく分かる。これは結構深刻な問題だと思うが…


街や領主もこの状況を把握しているだろうに、商業ギルドの発展の方が大事なのか…?

まぁ、そんなことを考えたところで私にどうこうできることではないが…


──

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