第15話 身分証

専用の置き場に馬車を置いて、二人で役所の中へと入り、受付嬢に手紙と一緒に要件を伝えた。

すぐに後ろからでてきた別の男性が手紙の中身を読み、スラムの民へ向ける冷たい目線を感じながらも、2人分の身分証は思ったよりも随分と簡単に新規作成が受理された。


「名前は?」

「アンナ=ルナールです。こっちは妹のアリス」


とりあえず、二人の関係は姉妹ということにした。その方が変に疑われることは無くなる…と思う。髪色が少しネックではあるのだが


「出身は?」

「フランシスカの外れで生まれました。両親は早くに他界しています」


これも事前に考えた設定ではあるが…あながち嘘は言っていない。

それだけ聞いて羊皮紙に何かを書いてから、男性は裏へ入っていった。

私達は樹皮から作られた紙が一般的なのに、随分と高価なものを使っているようだ。


しばらく待っていると小さな手の平サイズの木の板を2枚持って、戻ってきた。


「色んなところで必要になるから、くれぐれも無くさないように」

「はい。ありがとうございます」


木の板に名前が書かれただけのように見える身分証を2枚受け取って、袋へ入れる。

魔法とか魔力とかが目に見えないから分からないが…話で聞くには分かる人には偽造かどうか分かるのだろう。

ともかくこれで、アンナ=ルナールとアリス=ルナールという二人の存在は、ここに正式に認められた。


1度認められてしまえば後はスラムが嘘だろうが関係ない。この身分証から読み取れるのは、「わざわざ首都へ行って身分証を作成した」という事実だけなのだから。

少なくともこれは、「国に対して不満を表に出すことなく、最低限のルールを守っている」という証明にもなる。

こんな板切れを作った程度で人の心の内を読むことも、戸籍や経歴を全員分管理することも、今の技術では行えないのだから。

…と、アダムは言っていた。だからこそ、そこまで詳細な審査はないと踏んでいたのだろう


「とにかく、面倒な騒ぎは起こすなよ?」

「はい。気を付けます」


余計なお世話だ…口には出さないが。


外に出て、馬車へと戻る。周りに人がいないことを確認して、アリスに喜びの声を掛けた。

しかし私の予想に反して、アリスはそれほど喜んでいるようには見えなかった。口を横一線にキュッと紡いで、こちらを見ている。


「…アリス?何かあった?」

「…スラムの名前を勝手に借りている私達が言えたことじゃないのかも知れないけど…」

「さすがに、扱いが酷すぎないかしら」


…まぁ、言いたいことは分かる。門番も受付嬢も、先程の男性も。皆私達がスラムの民だと名乗っただけで、明らかに態度が一変していた。

それ自体は私も感じていたが…


「でも、仕方ないよ。それはもう、そういう物なんだ」

「…分かってるわよ」


アリスはそのまま馬車の荷台の中へと入ってしまった。少し、悪いことをしてしまったか…


貴族はいわば、平民からすれば敬われる存在だ。対してスラムは、蔑まれる対象だ。

アリスは貴族の娘だからこそ、周りの人の自分への態度は、今までと大きく違っていたのだろう。

私も別に慣れている訳では無いが…フランシスカに買い出しに行った村民が毎回のように軽蔑の言葉を口にしていたから、そういう物なのだと思っていた。


実際滞在中に一人で見に行ったフランシスカのスラム街は小規模ではあったが、明らかに薄暗い雰囲気だったから、やはりそういう物なんだと勝手に理解していた。

この辺りの情報共有をもっと…いや、違うな。そういう問題ではなかっただろう。


私は答えの出ない問答に頭を悩ませながら、一人馬車を出した。


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