第56話 前へ進む旅
「さて、後は一人で行けるわね?」
フィリップさんにも別れの挨拶をして、宿を去ってから3日後。
もうすぐモンタニカという所で、女性が立ち止まった。
「…ええ、おそらく」
「じゃあここでお別れ。後はうまくやりなさいな」
女性はカバンの中から小さな皮袋と、フランシスカで渡していたアダムのレシピ帳を取り出して、私に手渡す。
「これは?」
「マルクとエリナと、クロエの新しい身分証。皆ジュアンの苗字にしてあるから、上手いこと使いなさいって伝えて」
「…ご自分で渡されては?」
「サマリロで格好よく別れの挨拶したから、恥ずかしいのよ。察しなさいよ」
…おそらく手を引っ張ってもついてくるつもりは無さそうだ。
受け取らないにしてもアダムのレシピ帳を人質に取られているし…上手いことやりやがって。
「はぁ…分かりましたよ。ここまでありがとうございました」
「いいのよ。じゃあ、もう一度。「クロエ達をよろしく頼むわ」」
「はいはい…どうせ断れないんでしょ」
「当たり前じゃない。断ったらリーヴィルまで逆戻りよ?」
担いで持っていくつもりなのか…勝手についてきたくせに、横暴極まりない。
「…ここまでで貴方を信用して、口封じはしない。いいですか?」
「うん、そうしてくれると有難いわ。無益な殺生は避けたいもの」
殺生って…戦ったら勝てないのは明白だけども。
「それから、馬車は返さなくていいから…あのまま使ったらいいわ」
「…あれ、貴方のなんですか?」
「ううん、ギルドの備品。どうせこの先使うこともないから、いいのよ」
いいのか…?それは。
というか、出処が盗賊ギルドってのは不穏すぎる…盗品の可能性もあるだろうに。
…いや、この人がクロエにそんな物を持たせるわけないか。
道中も、クロエ達の話ばかりだったし…
「…じゃあ、ありがとうございました。アダムさんとワイラーさんに宜しく」
「あはは、フランシスカは大丈夫よ。私がいるからね」
女性は小さく手を振って、モンタニカとは真逆の方向へ走っていった。その姿はすぐに小さくなって、雪で出来た地平線へと消えていく。
足が早いな…盗賊ギルドってのは皆そうなんだろうか。
そこから少し歩いて、モンタニカの門をくぐる。広場を抜けて、ルカの家の方へ向かうと…やはり、裏庭にみんな固まっているのが見えた。
少し離れたところから手を振ると、それに気付いたアリスが柵を超えてこちらに飛び込んできた。
「アンナ!大丈夫?怪我は?」
「生きてるから大丈夫。おかげで助かったよ、アリス」
今回はアリスの告発のおかげで全ての片がついた。アレでスミスの気を逸らせなかったら、負けていたのは私だったかもしれない。
「ちょ、ちょっと…苦しいよ、アリス」
「もう…1人で行動しすぎよ。私にも、もっと頼ってよ…」
「…ごめん。全部、終わらせてきたから」
しばらく動かなさそうなアリスの奥から、他の3人が歩いてくる。おそらくエリナとマルクは馬車の中なのだろう。外は寒いから、あまり出歩かせられないだろうから。
「おかえり、アンナ」
「ただいま。ルカも、話繋げてくれてありがとね」
「お、おう…それはいいんだけどさ。マルクとエリナの知り合いだったって、本当なのか?」
「え…うん、そうだけど?」
「なんで言わねぇんだよ…アリスとその護衛が来たのかと思ってたら、見知った顔が来るから驚いたじゃねぇか…」
あの時は何も分からなかったから、言っていいものなのかも分からなかったし…もしかしたらクロエが空き家に勝手に住んでる可能性もあったし
「クロエは、ルカと知り合いだったの?」
「いや、私は知らない。多分、マルク達と一緒に住み始めたのはこの子が居なくなった後だったから」
「多分、リズベット姉さんの子供だったんでしょ?あの人、スラムの子供を何人も見てたから」
…へぇ、リズベットっていうのか、あの女。
格好付けて名乗らなかった割に、あっさりと名前が割れたな…こうなる事は、あの人なら大方予想しているだろうが。
「それで?ルカもついてくるの?」
「…いや、俺はいいよ。親父の面倒も見ないといけないし…何より、マルクは俺の事覚えてないみたいだからさ」
…まぁ、あの歳ならそうだろうな。
時系列的に、随分と前のことなのだろうし…
「俺達の両親が亡くなって俺がモンタニカに来たのは、7年前だ。マルクが生まれてすぐだったから、仕方ないさ」
「そう…エリナは?」
「エリナとは感動の再会を果たしてたわよねー、ルカ?」
「ア、アリス!やめろ!」
なんだか、そちらはそちらで色々あったようだ。
とりあえずここから先の長旅で話のネタが尽きることはなさそうで何より。
「じゃあ、旅の途中で聞かせてもらおうかな。ルカの感動の再会」
「やめろって!生き別れた妹と7年ぶりに会ったんだぞ?誰でもそうなるって!」
「別に茶化してるわけじゃないって。ただ、やたらと格好付けたがるルカが涙を流してエリナと抱き合ってる感動話を聞きたいだけだよ」
「茶化してるじゃねーか!」
いや、本当にそんなつもりは無いんだけどなぁ…どうしてもこんな言い回しになってしまうのは、私の性格の悪さ故なのだろうな。
…いや、茶化してるのも本心だからか。
「ほらルカ坊ちゃん、エリナお嬢様にご挨拶を…」
「だから辞めろって!俺お前のことあんまり知らないんだから一緒になって茶化してくんな!」
ルカはクロエに背中を押されて、馬車の方へ戻っていく。積もる話もあるだろうし、とりあえず満足するまで話し合って貰ったらいいさ…
「…ねぇアンナ?」
「ん?」
アリスが私の肩から顔を離して、正面から私の顔を見る。いや、改まってそんな近くで見られると、照れるというか…
「おかえりなさい」
「…ははっ、ただいま。アリス」
その言葉を聞いて満足したのか、アリスは私の手を掴んで馬車の方へと駆けていく。
積もった雪に足跡を残しながら、巻き上げた雪が空に舞う。まだまだ踏み荒らされてない雪には、私達2人足跡がドンドンと付けられていく。
そうだ、これからは、逃げ回る旅じゃなくて…前へと進む、旅が始まる。
優しさを求めて、優しさに甘えて @karaagege
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