第55話 ルナール商会
「今日はここに泊まるわ」
「…いや、ここ…」
次の日の昼。フランシスカにたどり着いた私たちは、フィリップさんの宿屋の前に立っていた。
本来ならあの日の夜中か今日の朝にはフランシスカにたどり着ける距離だったのだが…途中で右足が痛み出したため、ペースを落としてもらっていた。
「とりあえず、用事を済ませたら足を休めなさい。まさしく文字通り、足手まといだわ」
「うるさ…」
しょうもない軽口を叩くな…女性が宿屋のドアを開けて入っていくので、遅れずついて行く。
「はぁい、ワイラー。相変わらず寂れてるわね」
「うるせぇな…って、おい!アンナじゃないか!」
軽口を叩きながら挨拶する女性を無視して、フィリップさんが私の前に駆け寄る。
そういえば前回のフランシスカの時には寄らなかったから、旅立って以来だな…
「あはは、どうもワイラーさん…」
「どうもじゃねぇよ、アダムから聞いたぞ?俺のとこには挨拶がなかったな?」
「いや、急いでて…すみません」
「…まぁいい。アリスは元気でやってるのか?」
「はい。怪我も病気もなく」
フィリップさんは私の身体を上から下まで見比べた後、呆れた顔で口を開く。
「お前は随分傷だらけみたいだが?」
「アリスの分まで、ってだけですよ」
「…アダムが心配してる。行ってやれ」
「ええ、元よりそのつもりでした」
フィリップさんが背中を向けて、女性の方に向き直る。呆れた声色は変わっていないので、それなりに長い付き合いなのだろう。
「それで、何の用だ?リz…」
「ワイラー、名前伏せてるの。察して頂戴」
いや、今私の名前聞いただろ…いや、元より知ってるのかもしれないが…
「一泊させてもらうわ。その子を飼い主のところまで届ける仕事なのよ」
「誰が飼い犬ですか…」
「あら、犬だなんて言ってないわ。自覚があるのね?ワンちゃん」
こいつほんとにいい加減にしろよ…
「ほら、用事があるんでしょ?早く行ってきなさいな。夕飯までには戻るのよ?ワンちゃん」
「うるさいな…そろそろ怒りますよ」
「ふふ、ごめんなさい」
…軽口が止まらない女を置いて、宿屋を後にする。それほど離れていない位置にある広場に入って、変わらない位置で商売をしているアダムの店へと顔を出す。
「すみません、スープとパンをください」
「いらっしゃい!銅貨1枚で…って、アンナじゃねえか。何やってんだお前」
「どうも、ご無沙汰してます」
アダムに呼び込まれるままに、屋台の裏に入る。ここは全く変わらないな…まぁ、2度目に来てから1ヶ月程度しか経っていないのだが…
「…お前、随分傷が増えたな?」
「えへへ、色々ありまして…」
私は特に話すつもりは無かったのだが、アダムに凄まれるままに、これまでの成り行きを話すことになってしまった。
フランシスカを出てから、モンタニカへ行ったこと。荷物を下ろして、お皿を作ったこと。関所に向かって、薬物の輸送の疑いで捕まって拷問を受けたこと…
「それで、あの手紙か…2通とも、情報量が少なすぎて訳分からねぇんだよ。お前の頭の中で考えてることが常に相手に伝わってると思うなよ?」
「いやぁ、不慣れなもので…すみません」
紙1枚の半分くらいに書いたつもりだったんだが…あれではまだ不十分だったということか。
「今後はアリスに添削を頼むんだな…それで?今後はどうするんだ?」
「とりあえず、ファーレス領からは出ます。守らなきゃいけないものが、ちょっと増えたみたいなので」
「…片は、ついたのか?」
「はい、お陰様で」
アダムはその言葉を聞いて、ニカッと笑って私の頭を撫でた。
私の「ワケアリ」については、深くは聞いてこなかった。まぁ、あまり人様に話せたことでは無いから有難い限りだが…
「と、いうわけでアダムさんの店の下に入れてもらうために、挨拶に来ました」
「…変なことだけ覚えてやがるな。手紙はなかなか書かない癖によ」
手紙を書く文化がなかっただけですって…
アダムは少し考えた様子を見せて…思い立ったように店の裏の荷物置き…いや、ものが多すぎてほぼ倉庫みたいになっている所を掘り返し始めた。
「モンタニカで出した店の名前、なんつったっけ?」
「ルナール商会ですけど…」
「がはは、商会ってのはいくつもの店が入ったグループのことを言うんだぞ?」
「いや、分かってますけど…語呂が良かったので」
名前を覚えてもらうのを目標として出した店だったから、語呂がいい名前を考えただけだ。
アダムは倉庫の中から1枚の布を乗り出して、その上にインクで文字を描き始めた。
「と、言うわけで俺は今日からルナール商会の傘下に入る。よろしくな、会長」
「え、ええ…会長って…」
「ルナール商会はお前が作った商会なんだから、会長はお前になるだろ。将来的にお前の店が大きくなって名前が売れれば、必然的に俺の店の知名度も上がる。どうだ?」
どうだ?と言われても…私はアダムの店の傘下に入りに来たのだが…というか、店が大きくなるかどうかなんか分からないし…
「…これ、俺の店のメニュー表とレシピだ。次に来たら渡そうと思って書き写しておいた」
「お前は大成する。俺の店のルーツを学んでるんだから、これは当たり前のことだ。そうだろ?」
「そんな…16そこらの子供に持たせるには、立場が重たいですよ」
あまり自分から歳を話題に出すことは無いのだが…今は逃げれる可能性が少しでもあるなら、使える手を使う。
「そんなことを今更言うかね…とにかく、ルナール商会の発足は決定事項だ。俺は口に出したことは曲げねぇ」
「いや、そこは曲がってくださいよ…」
「ダメだ。それに、今後傘下を増やすとか、店を構えるとか…そういうのを考えたら、お前が代表の方がいいだろ」
…いや、それはそうなんだけども…
くそう、どうやっても折れてくれそうにない…アダムは先程の布を誇らしげにヒラヒラと見せびらかしてくるし…
「そういえばリンドの奴は、あれから会えてねぇんだ。すまなかったな、迷惑かけて」
「いや、それは別に…アダムさんのせいじゃないです」
「いやいや、あいつを紹介したのは俺だからな…金の為なら割と手段を選ばない奴ではあったんだが…まさかそこまでするとは思ってなかった。申し訳ねぇ」
「いやいや、やめてください!」
アダムが腰を曲げて頭を下げる。師匠と慕っている人にそんなことをされるこちらの身にもなってくれ!
「じゃあ、許してくれるか?」
「いやだから、元々アダムさんに悪いところは無いですから!」
「ついでに商会の設立も?」
「認めます!会長やりますから!早く頭あげてください!」
…あれ?今何か話の流れがおかしくなかったか。
「よし、言質取れたな。よろしく会長」
「ちょ、ちょっと…もう!分かりましたよ!」
アダムはスっと頭を上げる。その顔は満面の笑みと言って差し支えない程笑っていた。こいつ、ハメやがった…
商人はロクなやつが居ない。今回の件でよーくわかった!
「…私、他のギルドに居場所を探しますから」
「いいぞ?商会の運営だけしてくれれば、俺はなんでも」
「…もう帰ります。お元気で」
相変わらずがははと大口開けて笑っているアダムを横目に、店を立ち去ろうとする。
店の表に出たところで、アダムが再び顔を出す。
「じゃあ、元気でやれな。何かあったらすぐ帰ってこい。ちゃんと手紙を出して…」
「とにかく、怪我と病気に気を付けろ。お前のそんな姿、俺は見たくねぇからな」
「…善処します。ありがとうございます」
最後にアダムの店のスープとパン。それから裏に置きっぱなしになっていたレシピ帳を受け取って、アダムの店を去る。
「アンナ!気をつけて行ってこいよ!」
「…はい!いってきます!」
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