第54話 決着

「よっこいしょ…っと」


スミスの遺体を引っ張って、コルベール邸の玄関に放り込む。ドアを閉めようとしてふと下を見ると…ジュリアの身分証が落ちていた。

それを拾おうと腰をかがめたところで…


「それ、そのままにしておくの?」

「!?」


後ろから声がした。身分証は拾えず、背中に掛けてあった短剣に手をかける。

後ろを振り向くと…黒一色の服に身を包み、バンダナを頭に巻いた長髪の女性が立っていた。


「おっと、私に敵意はないわよ」

「…信じろと?この状況で?」


見られた…死体を処理しているところを。スミスを始末しているところを。

このまま生かして逃げられたら、私達にとって不都合な事態になる。


しかし女性は両手を上げたまま、動かない。


「そうね…クロエ達をよろしく頼む…といえば、伝わるかしら?」

「…所属ギルドと名前」

「盗賊ギルドよ。聞くまでもないでしょ?名前は…この状況でお互い名前を知るのは、不都合じゃない?」


それは確かにそうだが…だからといって名乗りもしない初対面のやつを信用しろと言うのも無茶な話だ。

クロエのことを知っているのなら、盗賊ギルドであるということに嘘は無いのだろうが…


「死体、そこに置いたらまた捜査が入って、いつの日か貴方の元に不利益が舞い込むんじゃない?」

「…何が言いたいの」

「これ、使ってもいいわよ」


女性は足元に置いていた木の棒…いや、先端に布が巻かれているから、松明か。

松明を手に取って先端を触ると…ふわりと炎が上がる。こいつ、魔法が使えるのか…


火のついた松明を、こちらに向けて差し出す。


「…燃やすの?」

「盗賊ギルドの暗殺の仕事では、割とそうするわ。身元が分からなくなるから、憲兵がやりやすい様に身元を捏造してくれる」

「さっきの放送で彼の殺害を盗賊ギルドに依頼する奴も出てくるかもしれない。そうなった時にやりやすくなるわよ?」


…盗賊ギルドによる暗殺だということにしろと…そういうことだろう。

とりあえず左手は短剣にかけたまま…右手で松明を受け取る。


…アリスの生家を燃やすことに少し躊躇ったが…彼女がここに戻ることもない。

受け取った松明をコルベール邸に向けて放り投げる。玄関近くの落ち葉や伸びた木。そして木製のドアに引火して…火はどんどんと強くなる。


その火に薪をくべるように、足元に落ちていた身分証を放り投げた。

今まで助かったよ。ジュリア…


「さて、行きましょうか。モンタニカよね?」

「…ついてくるつもり?」

「護衛みたいなもんよ。私の素性、知りたいでしょ?」


…なんつー女だ。私に残されたのはそれを知るか、ここでこいつを殺すかの選択肢しかないと言うのに。


「分かったよ…行こう」

「そうこなくっちゃ。馬車は無いから歩きになるけど…そんなに時間はないんでしょう?少し急ぎ目に行きましょう」


リーヴィルを出て、少し離れた丘に登る。この景色に見覚えがあると思ったら、アリスの立てた墓があった。

コルベール邸は火の手をどんどん大きくしながら燃えている。最悪他の家も燃えるかもな…まぁ、人はいないようだから大丈夫か。

墓にもう一度手を合わせて、先を急ぐ。


「私はクロエの保護者…とでも言えばいいのかしらね。あの子を育てたのも、盗賊ギルドに誘ったのも私」

「へぇ…」


どこまで本当かなんて確かめようがないから、話半分に聞くしかないのだが…口外しない確証はどうやったら得られるのだろうか。


「そして、マルクとエリナを拾って、あの家に住まわせたのも私」

「…ルキアンって名前に聞き覚えは?」

「ルキアン…?ああ、ルカね。驚いた、会ったことが?」


…知っているのか。こいつ、本当にクロエの保護者じゃなかったら私達をずっと尾行してたとかじゃないと説明がつかない。


「ルカとエリナとマルクと私の4人で住んでたのが、あの家。というか、あの3人が親と暮らしてたのがあそこね」

「…人攫いに拐われたのは?」

「あれは完全に私の不手際…あの子には申し訳ないことをしたわ」

「人攫いは結局盗賊ギルドの所属だったから、問い詰めて聞き出したけど…奴隷商に売られた後だったわ。

どの奴隷商に売ったか聞く前に自分で絶っちゃったから、行方知れずのままだったんだけど…そう、元気でやってるのね」


女性はうんうんと頷きながら、歩を先に進める。身体の筋肉や立ち振る舞いから見ても明らかに私より強いのだが…襲ってくる様子は無い。


「…盗賊ギルドは長いの?」

「まぁ、それなりには。何か聞きたいことでも?」

「麻薬の流通させたのは、盗賊ギルドでしょ?」

「…まぁ、そうね」

「目的は?」


これだけ踏み込んだことを聞いても尚、襲ってこない。なんなんだこいつ…本当に何が目的なのか分からず、恐怖すら覚える。


「逆に、何故だと思う?正解か不正解か教えてあげる」

「…スラムの人達の現金化のためじゃない?」

「ほほう、その根拠は?」


今まで集めてきたピースを初めから思い出し、1つずつ型にはめてゆく。


「盗賊ギルドがスラム街に支援をしていたのは、信頼を勝ち取るため。自分達の出す飯に対して、安全なものだという価値観を植え付けて、薬物を接種させる」

「ある程度スラムに蔓延したら、次はその薬を高値で売りつける。あの薬の依存性は相当なものだから、大人達はそれを買うために危険な仕事に手を出して…盗賊ギルドの手助けになるとか」

「あとは子供を売るとかね…薬を対価に買い取って奴隷商に売るとか、ギルドの子として育てれば子供も現金化できる」


女性はまたうんうんと頷いている。


「あとはそうね…多分その奴隷商が所属してる…のかどうかは知らないけど、商業ギルドも1枚噛んでるんじゃない?」

「物価を釣り上げてスラムを拡大させたのは、そのためでしょ。奴隷商からマージンが取れるのかは知らないけど…今回の私たちみたいに、輸送でお金が取れるから旨みはある」


草原の真ん中を通る街道を、2人で進む。女性の足の長さで歩くスピードが早くて時々距離を離されるが…走って追いかける。ちょっとはこっちに気を遣えよ。


「あとは薬物の加工で魔法ギルドも噛んでる。つまりこの3つのギルドが主犯になって、今回の薬物騒動を引き起こした…ってのが私の推理」

「あはは、すごい。ほぼ100点満点よ」

「ほぼ?」


ほぼってことは、違うところがあるのか?

というか、なんでこいつはそれが正解かなんて深い所まで知ってるんだ。


「この問題にギルドが3つ絡んでるのは間違いないけど…正確には、ファーレス領を統括してる貴族たちが大元にいる。つまりこれは、ファーレス領が主体なの」

「…終わってる」

「そう、終わってるのよ。ファーレス領全体を完全に掌握するため…ギルドがそれぞれを管理し、それらを管理する貴族が掌握するために起こった騒動」

「大人の生き死に、子供の行く末…それらを全てファーレスの貴族が管理するようになる」


…終わった国だな。本当に。

そんなところで生まれ育っていく子供達を思うと…不憫でならない。


「でも、この問題を解決するだけの力が貴方にはない。勿論私にもね」

「だからあの子たちに早く逃げ出してもらうために…貴方の手伝いをしてるの」

「…そう」


ここまでの話に、矛盾がない。困ったな、こりゃ…


「あと何か気になることはある?」

「…どうして、リーヴィルにいたの?」

「それは単純よ。私、フランシスカをメインに活動してるもの」


フランシスカに盗賊ギルドなんかあったか…?いや、私はサマリロの盗賊ギルドの本拠地すら知らない訳だし、あったとしても不思議では無いか…


「それに、リーヴィルに用事があってね…ジュリア=クラインっていう女の子、知ってる?」

「…その子も、実行犯の1人だったので。あの村で眠ってます」

「あはは、そーう?2人もやっちゃうなんて重犯罪者ね、貴方」


女は茶化したようにケラケラと笑う。何が面白いんだか…

それにしても、こんなやつ面識ないぞ…?


「その子の母親が、盗賊ギルドに居たのよ。凄かったのよー?彼女」

「…へぇ」


…いや、知らない。知らないぞそんな話。

そんな話をする前に…物心ついてすぐに病気で亡くなったから、そんな話をしていたとしても覚えてないが…


「毒魔法が使えてね…ナイフに毒を塗っちゃうの。怖いわよねー」

「…なんですか、その話」


毒魔法…そんなものもあるのか。

というかこいつ、気付いてるのか?私がジュリアだって…


「彼女とその旦那は、ギルドの仕事で同じように毒を受けて、亡くなっちゃったわ。旦那さんは巻き添えだったんだけどね」


…なんなんだ、本当に…なんで私の知らない私の両親のことをそんなに詳しく知っている…何者なんだ、本当に…


「彼女達の形見の女の子があの村にいるって言うから様子を見に来たら…村が滅んでるんだもの。ビックリしちゃった。それでたまたま貴方を見かけたって訳」

「…クロエが私と行動しているのは、どうして知っているんですか?」

「フランシスカで見かけたもの。その後一緒に出ていくところもね」

「それから一旦サマリロに戻って、その後に戻ってきたクロエと話をしたわ。盗賊ギルドを抜けるようにって言うのと、領外に逃げるように進言した」


…なるほど、それでか。気付かないうちに、私達の行動が監視されてたのか。


「クロエを盗賊ギルドから抜けるように進言したのは、何故ですか?」

「あの子にはマルク達を守ってもらわないと。私の子ではないけれど…大切な子達なのは事実よ。勿論クロエも含めてね」


…まぁさっきの話が本当なら、クロエが抜けるのは正しい判断だろう。非合法の代名詞だと彼女は言っていたが、蓋を開ければ非合法そのもの、むしろ悪だ。


「そうそう、少しフランシスカに寄るわね。貴方何か用事はある?」

「…まぁ、少し」

「そ。なら、私は宿屋にいるから…着いたらまた案内するわ。一泊して出発しましょう」

「…どうも」

「あ、お金なら気にしないでいいわよ?どうせ無一文でしょ?」


こいつ…どこまで見透かしたつもりなんだ。

いや、確かに無一文だけど…


「あなたの戦い方、圧倒的な勝算があった訳じゃなさそうだったしね。もしかしたら死ぬかもしれない戦いにお金なんて持ってこないでしょ」

「…まぁ、おっしゃる通りで」


戦いまで見てたのか…一体どこから見てたんだか。


──

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