第53話 決戦
それから1週間後。回復魔法のおかげもあって、ある程度走ったり飛んだりができるようになった。
そろそろ次の行き先について考えないといけないとのことで、クロエとアリスが私の元へやってきていた。
「スラムの中の薬物蔓延が止まらない。周りの人はみんな依存性に苦しんでる。私みたいに盗賊ギルドからの配給以外の方法で食事を得られる人ばかりじゃないからね」
「そう…そろそろやばい?」
「ええ。道を歩いてたら何人も見かけるようになったわ。流通経路もいつまでもギルドの食事だけとは限らないし…今だって満足な食事が難しいのは事実よ」
そりゃあそうか…サマリロの中の食事はどれが安全か分かったもんじゃない。
クロエが定期的にフランシスカまで買い出しに行っているようだけど…フランシスカだってどの程度安全かなんて分からない。
一応アダム達に手紙は出したけど…ファーレス領にいる限り、そういう問題から逃れることは出来ないだろう。
「…わかった。ただ、一つだけ片付けておきたいことがあるんだ。2人とも手伝ってくれる?」
「…危ないことじゃないでしょうね」
「あはは…まぁ、どうしても必要なことだからさ」
それから2日で、必要なものを買い揃えた。
それから5日後。つまり、関所から脱出して、3週間が経った。
私は今、リーヴィル。つまり、全ての始まりの場所にいる。
両手には、クロエに貰った短剣を1本ずつ握っている。あの時、自分のカバンの中に入れていたおかげでアンナの身分証と一緒に紛失を免れた物だ。
「よぉ、ジュリア…本当にいるなんて思わなかったよ」
そこに現れたのは…スミス。
医者のところに運び込まれてから1週間後に、アダムへの手紙を送る時と一緒に…あの関所に向けて手紙を送っていた。
「2週間後、始まりの場所で待つ」と。
あの段階でまだ関所にスミスがいるかどうかは賭けだったし、あと2週間で動けるようになるかどうかも、賭けでしか無かったが…
「もう、逃げない。お前には借りが沢山あるからね」
「はは、威勢がいいねぇ。あの時の怪我は治ったのか?え?」
「お陰様でね。まさかバカ正直に2週間待つとは思わなかったよ」
まぁ、2週間で動けなかったら再び逃げるつもりだったのは内緒だが…
こいつとの因縁は、終わらせなければならない。
「お前のせいで振り回された。このお話も、ここで終止符だ」
「お前の負けでか?正直、わざわざ死にに来たようにしか思えないが…」
スミスは腰から下げた剣を引き抜く。
私の腕よりも少し長いであろう長剣を軽々と振り回しながら、スミスは笑う。
「どうやって始まるんだ?よーいどん!でいいのかよ?」
「いや、そんなもん必要ない。どっちにしても、すぐ終わるだろうから」
地面を蹴って駆け出す。
体勢を低くして、少しでも早く。大丈夫、右足は違和感を感じないほどには治っている。
スミスの剣を下に潜って交わしながら、スミスの顔まで手を挙げて、胸目掛けて右手を振り下ろす。
しかし右手首を掴まれて動きが止まり、剣を落としてしまう。すかさず左手を振り上げて、剣でスミスの手首を狙うが…あっさりと避けられる。
右腕の拘束が解けたので、腕を引いてから前転して距離を取る。
それを追いかけて、剣が振り下ろされる。
すんでのところで避けるが…左肩のスレスレを剣が通り、服が切れる。
「ほら、しっかり避けねぇと危ねぇぞ?」
腕を引いて横振りを仕掛けてきたので、再び前転で今度は距離を詰める。
起き上がった時の勢いのまま右手の拳を握りこんで、スミスの腹へお見舞いする。
「うがっ…」
「そもそも村を出てから人を殺してないお前に…負けるわけないでしょ」
私のこれまでの旅で身に付けた、筋肉、技術。それらを全てぶつけるように、腕を大きく振り上げる。
膝をバネのように伸ばして繰り出した一撃は、スミスの顎を直撃する。
スミスがバランスを崩したので、右手で足元の短剣を拾って…そのままスミスの腹に差し込もうとするが、スミスは上半身を仰け反らせたままに左足で私の顔目掛けて蹴り飛ばす。
避けきれず右腕で受け止めるが、力を受け流せずにそのまま吹き飛ばされる。
少し宙を浮くくらいの速度で蹴り飛ばされた私の体は、地面を擦りながら吹っ飛んだ。
「スミスぅうう!」
「ジュリアああぁぁぁああ!」
起き上がって反撃に出るが、私の脳天目掛けて長剣が振り下ろされる。
今度は右手の短剣で受け止めて、勢いをそのまま受け流すように斜めに構える。
私の頭の上で短剣に沿って滑ったスミスの長剣が地面に突き刺さる。その好機を逃さぬように左手の短剣を振り上げるが…長剣が滑った勢いをそのまま軸足に伝えて、横に一回転したクリスの右足が私の左手を外側から蹴飛ばす。
今度は剣を落とさないようにグッと握って…骨は痛むが、剣を落とすことは無かった。
地面から引き抜いたスミスの長剣が横振りで飛んでくる。
再び避けられず、両手の短剣をクロスさせながら受け止める。長剣自体の重みも加わって、物凄い力で振り回されていると感じる。
そのまま長剣を滑らせてスミスの間合いに入って、右手を振り抜く。本来刃の方で刺せば終わったかもしれなかったが…判断が間に合わず、持ち手の方で殴り込む。
おそらく木材でできているであろう持ち手がスミスのみぞおちにめり込み、激しく咳き込むが…それでスミスの身体が止まることはなく、右足を蹴りあげられる。
全く受け止めが間に合わず、顎に直撃を貰う。意識が飛びかけるのをぐっと堪えて、蹴られた勢いを利用してバク転して距離をとる。
「ゲホッ…やるじゃねえか、ジュリア…」
「お前は全然ダメだね、スミス」
痩せ我慢が伝わったのだろう。スミスが笑いながらこちらへ飛びかかる。
再び口の中が切れて溢れてきた血を地面に吐き出して、スミスが飛びかかってくる勢いのまま腹に一撃入れてやろうと構えるが…少し足を上げたところで軸足が右足であることを思い出して、辞める。
長期戦になった時に、繋げたばかりの右足にかけた負荷が勝負の決め手になる可能性がある。
しかしそのまま蹴りが飛んでくると思っていたのだろう。足が来るであろうと予測できる位置に、スミスの剣が振り下ろされていた。
このチャンスを逃すまいと少し間合いを詰めて右手の短剣を振り上げるが…なんのこともなく避けられ、短剣は空を切る。
振り下ろしてから一回転して戻ってきたスミスの剣が私の腰目掛けて飛んできて…それを左手の短剣で受ける。
今度は勢いを受け流せず、モロに短剣で受けて腕が痺れる。そして受けられるのを予期していたように、スミスの右足がもう1発飛んでくる。
胸の辺りを蹴られ、そのまま後ろに倒される。
腕をついて一回転して立ち上がり、少しまわりの様子を確認してから、背中を向けて走って距離を稼ぐ。
「おいおい、今更逃げるなよ?」
「…」
家の壁に体を隠して、一旦呼吸を整える。
短剣に刃こぼれはないようだし…まだ行けるな。
スミスが近くに来たのを感じて、再び走って逃げる。
結局たどり着いたのは…アリスの家の前の庭。
「そうか、皆と同じところに行きたいもんなぁ。死に場所はここに決めたか?」
「お前の死体を処理するのが面倒でね。お前があの貴族と同じところに行けるように祈ってるよ、スミス」
そしてこのタイミング…この時間で、仕込んでおいた秘策が発動する。
『それでは、商業ギルド所属貴族のコルベール様御息女に来て頂いていますので、聞いてください。』
『皆様、私はアリス=コルベールです』
「なっ…」
スミスが驚いた声を上げる。
そりゃあそうだ。ここは何も無いただの庭。この2ヶ月で荒れてしまった作物が伸ばしたいだけ草を伸ばした荒れ果てた庭。
そこから声が聞こえるのだから、ビックリもするだろう
『私の両親と召使い。つまりコルベール家に関わるもの達は全て、リーヴィルの村の人達によって惨殺されました。私1人を除いて』
『あれは2ヶ月前、私達一家がリーヴィルの村に越してきて…』
アリスの演説が続く。
原理は単純で、アリスとクロエにはモンタニカに向かってもらって、ルカを伝って魔法ギルドにコンタクトを取った。
そして魔法ラジオの電波に乗せて、事件の告発をしている。生き残りがおらず未解決となりかけていた事件の、解決の糸口。魔法ラジオの運営元も、この放送に乗ってくるだろうと考えたからだ。
そして金持ちのコルベール家の中にあった魔法ラジオを片っ端から集めて、庭に配置した。
スミスもこの声が魔法ラジオから出ていることには気付いているだろう。
だがこの作戦の本題は、声が出て驚かせることなんかじゃない。
『暴動の首謀者、そして私の両親を殺したのは…リーデル領出身の、スミス=ラング。リーヴィルに数年前に引っ越してきた、スミスという男性です』
「ふざっけやがってぇ!」
この放送の目的は、スミスの居場所を奪うこと。この放送が流れれば、スミスはファーレスでの居場所を無くす。
そして大方…それぞれの領へ繋がる関門にも伝わることだろう。
「ジュリア!許さねぇ!出てこい!」
関門にこの情報が流れた時、リーデル領はこの犯罪者を匿うことを選ぶか?
関所の偉い人の息子だと言っていたが…それを庇うだけのメリットが、こいつにあるか?
それを理解しているのだろう。スミスは怒り狂って周囲の物をバンバンと破壊している。
庭に置いてある箱を蹴り壊し、落ち葉を蹴りあげ…倉庫の壁を蹴破る。
「これで…終わりだ」
蹴破られた倉庫の中から飛び出して、短剣をスミスの腹に差し込む。
今度は紛れもなく入った。背骨よりも左側に入った剣はスミスの腹を貫通し、向こう側に顔を出している。
それをそのまま、力一杯左に押し込む。スミスの胴体は大きく切り裂かれ…力を失い、倒れた。
「ありがとう、お前のおかげで私の人生に…意味が出来た」
「ジュリ…ア…」
倒れたスミスの背中から、心臓目掛けて剣を振り下ろす。
大袈裟な血飛沫を上げながら剣は飲み込まれ…そして、地面に刺さって止まった。
「…ふぅ」
顔にかかった返り血を拭う。服が血まみれだ…どこかで着替えないとな。
…帰ろう。アリスの元へ
──
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます