第52話 回復魔法
「すごいな…動いたよ」
足首を擦りながら、足の指を動かす。どちらも問題なく動く。勿論傷は痛むが…
サマリロに運び込まれてから、1週間。
スミス達が探しに来ているかも知れないが…アリスも含め、私達がスラムから出ることは無いので、今のところスミスと接触していない。
それに一つ手は打っているから…おそらく大丈夫だろうと思いたい。
「回復魔法様々だな。神経も問題なくくっついたようだ」
「本当にありがとうございます…」
「だから魔法だっての。礼を言うならあの子だろ」
「じゃあお代はあの子に…」
「それは別の話だ」
1週間の間で、この人とも随分打ち解けた。
雑用はほとんどアリスが手伝ってくれていたが、やはり私の面倒を見るのはこの人になってしまうから。
「回復魔法は傷の修復を促すだけで、万能じゃないですから」
「…なんだそりゃ。頭のかてぇこと言いやがって。じゃあ人体でどう反応するか、細胞単位で見たのか?」
「いやそれは…見たことないですけど」
爺さんは椅子を引っ張ってきて、外から2つ持ってきたお茶を片方くれる。
この家は患者専用で、爺さんの家とか台所とかは他の建物を借りているらしい。
「魔法はな、人間に完璧に理論とか仕組みとか、効果とかを特定すんのは不可能なんだ。少なくとも今の時代じゃあな」
「回復魔法は人の傷を治すお手軽なものじゃあ無いかもしれない。でも、人の心の傷を癒すことが出来る。医者にはできない部分の傷を治すんだ」
「あの子の回復魔法を散々浴びたお前なら分かるだろ。ありゃあ怪我人だとか病人だとかに対して希望を与えるための技術だ」
…この1週間、アリスは毎日私に魔法をかけてくれた。私は大丈夫だからと断っていたが…あの子の献身的な姿に、救われている自分がいたのも事実。
「今の時代じゃあ、回復魔法は医者と両立出来る。担当する分野が違うんだよ」
「俺達医者は自分の身を削って人のために尽くすことは出来ない。それが無意味であることを痛いほど実感するからだ」
「人の力じゃあ限界がある。その先を癒すのが、回復魔法だ。結局考え方の話にゃあなるがな」
その先を癒す…自分の身を他人に譲り渡すことができる魔法。
人の為を思い、人の為に何かをしたいという気持ちを…相手に渡す魔法。
アリスの献身的な姿は、紛れもなく相手を癒すだろう。自分のためにそこまでしてくれると…思わせてくれるだろう。
「だから回復魔法の商売は存在しねぇんだ。お金を貰って商業的にやる回復魔法は、本来の効果を発揮出来ねぇからな」
「エリナだって、あの子が来てから良くなったよ。医者の俺が言うんだから間違いねぇ。ありゃあまさしく、神のみわざってやつだな」
だから回復魔法を使える術士は少ないのかもしれない。利益なく人の為に尽くせる人に宿る魔法だから
「まぁこれは俺の考え方の話だがな…回復魔法を使える人が一律でそういうものだって訳でもねぇ。ただまぁ、俺は回復魔法を使えるずる賢いヤツに出会ったことないけどな」
「…でも、素敵な考え方ですね」
「魔法なんてトンチキな力が存在する中で医者をやるってのはそれなりの覚悟がいるもんだからな…そんな考え方をしてる時点で、俺には回復魔法を使えるだけの素質がねぇんだろうよ」
お茶を少しすする。暖かく体に染み込んで来るのを感じた。
爺さんは立ち上がって、椅子を元に戻した。
「だから回復魔法を卑下すんのは辞めるんだな。その考え方が、あの魔法の効き目を薄くしてるんだからよ」
「そうですね…ありがとうございます」
「…朝飯用意してくる。食えるな?」
「はい」
爺さんが家を出ていく。扉の間を抜けた風が、窓に向かって吹き抜けていく。
心を癒す魔法、か。あの爺さん、見た目の割に詩的なことを言うんだな…
そして、それに随分としっくり来ている。
私も案外、詩的な感性が残っていたということなのだろう。
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