第51話 帰還

「…死ぬかと思った」

「失血で死ぬよりゃあマシだろ。多分足はくっつくが…指が動くかどうかは分からねぇぞ」

「指が動かなかったら立てないかもね…そうなったら最悪鉄棒でも埋め込むしかないね、アンナ」


冗談でも面白くないからやめて欲しいな…

手術は、まさしく地獄のような痛みだった。出るものがないからさっきの干し肉が全部出るかと思った。


「人生で最も痛い2日間だったなぁ…」

「はは、なかなか出来る体験じゃないよ」

「勘弁して…」


希少な体験が多すぎるだろ、私の人生…


「とりあえず、アリスを呼んでくる。きっと今もソワソワしてるからね」

「ありがとう、頼むよ」


医者の爺さんの処置によって足がくっつき、全身と顔に包帯がグルグルに巻かれた。

片目と口だけ出して貰えたが、後はもうミイラみたいなものだ。


「骨は?」

「まぁ、肋骨が折れてたな。後は後遺症が残りそうな怪我はパッと見なかったよ」

「そうですか…ありがとうございます」

「礼は足が動いてからにしな。ウチには盗賊ギルドの連中がよく来るから手足を繋ぐのは慣れてるし、大丈夫だと思うがな」


…手足を繋ぐのに慣れるって、どんな仕事なんだよ…


「…薬物が蔓延してると聞きましたが」

「そうみてぇだなぁ…多分、盗賊ギルドが配ってる食事に混ぜられてる」


おそらく、前にクロエが言っていた「ギルド員の儲けはスラムに還元される」という活動の一環で、食事を支給しているのだろう。

となるとそれを入れたのが誰かは分からないと思う。

盗賊ギルドが1番怪しいのは確かだが、結局のところ誰にでも出来る犯行だ。


「そういう患者は来ましたか?」

「ああ、ここ数日で何人もな。魔法を使える連中は魔力を発散できるが、そうじゃない奴は魔力が身体中を満たして、疲労回復だとか全能感だとかの幻覚を感じる」

「それに加えて薬自体の依存性があるからな…本人が抜こうと思わなけりゃ、薬は抜けねぇよ」


ここ数日で、か…

クロエの話では、薬が蔓延したのは1週間程度前。クロエがサマリロに着いてすぐ辺り…


「アンナ!」

「…アリス、怪我はない?」

「…もう!バカ!」


そんな思考を遮って、アリスが家に飛び込んできた。ベッドで座っている私に飛びついて、わんわんと泣いている。


医者の爺さんは家から出ていった。空気が読めるようで何よりだ。

アリスのブロンドの髪を撫でながら、その匂いを懐かしむ。

そういえばアリスと一日会わなかったのは…村を出てから初めてだったな。


「バカアンナ…心配したんだから」

「…ごめん」


アリスに抱きつかれた衝撃で全身が激しく痛むが…心配をかけたのは事実だし、少し我慢しよう。


アリスが泣き止むのを待ってから、アリスは私の上から降りて、ベッドの縁に腰掛ける。


「結局、何があったの?」


そうか、何も分からないまま私が取り押さえられてるのを目撃したんだもんな…そりゃ心配するか。

丁度クロエが家の中に入ってきたので、事の顛末を説明し始める。

捕まった理由、拷問で聞かれたこと、スミスのこと…


それを2人はうんうんと頷きながらひと通り聞いて、私の話が終わったと同時に畳み掛けるように質問を投げかける。


「足は大丈夫なの?」

「医者の話ではくっつく。ただ、指が動くかどうかは…ってさ」

「スミスって奴の目的は?」

「アリスを見つけて…始末することだ。元々私達はアイツから逃げてた訳だし」


気になる事は多いだろうが…少し疲れたので休ませて欲しいのだが。

この2日ろくに食べてないし、眠ってないので…体がそろそろ限界だ。


「とりあえず、食べるものがあるかな」

「…サマリロの食事はちょっとヤバいかも。爺さんに聞いてくるよ」

「うん、ありがとう」


クロエが家から出ていくのを横目に、アリスに目を合わせる。まだ目が潤んでいるし、目の周りは赤く腫れ上がっている…やれやれ、そんなになるまで泣かないで欲しいな。


身体を動かさないで済む体制で、アリスの手を撫でる。なんにしても、無事で良かった…私のこの2日間も、無駄ではなかったようだ。


アリスが私の腕を見て、傷を優しく擦る。

この辺りの傷はムチの物だから、大したものでは無いのだろうが…やはり触られると、痛む。


そんな私の様子を見て、手を少し離して…回復魔法をかけ始める。アリスの手がうっすらと緑色に発光し始め、その部分がほのかに暖かさを感じる。


「…アリス、いいよ。魔石がないから魔力補充が…」

「黙って」


…怒られてしまった。

アリスの手は少しづつ身体を登って…心臓、お腹、そして切り落とした足へとたどり着く。


アリスが小さく悲鳴を上げたのが聞こえる。そりゃあそうだ。針で縫って、血を全て包帯などの布で吸っているので…おそらく足回りは酷い有様だろう。


「…オーマの葉は、薬物の原料だったみたい」

「そうみたいね」


さっき自分で説明した事を、再び口に出す。

…あまり考えないようにしていたが、サマリロのスラムの惨状も、少なからず私の仕事が原因で…


「アンナのせいで薬が蔓延してると思っているなら、驕りよ?」

「あんな馬車1杯程度でどうこうなるような問題じゃないでしょ…他にも何台も同じ馬車が来るって言ってたの、アンナじゃない」


…確かにそんな話もあった気がする。

というか、原因の発端はリンドの野郎だし、私がいちいち気にするのもバカバカしい…


「…でも、ちょっと待てよ…?」


リンドの奴が悪いのは事実だが…そもそもその仕事を依頼してきたのは、サマリロの管理をしているサマル卿だった。

つまり、少なくともサマル卿は薬物について知っていた…ということになる。


それがサマリロに流れたということは…商業ギルドが絡んでいる?

そして、オーマの葉を降ろしたのは魔法ギルドだったので、魔法ギルドも関わっていて…


「クロエ!クロエが持って帰った荷物って、なんだったの?」

「…中身は見てないけど、多分粉末だったよ。魔法ギルドから受け取ったし…」


いつの間にか中に戻ってきていたクロエに、声をかける。


つまり、盗賊ギルドもグルの可能性が高い…ということか?

勿論、研究の為に少量を運ばせた可能性もあるが…その場合、薬の情報を知っていたのに盗賊ギルドの飯に混入されるようなことがあるだろうか?


「とにかく、私は犯人がどこにいるとしても…サマリロのスラムにこれ以上あの子達を置いておく事は出来ない」

「頼む、君達の旅に、私達も連れて行ってくれないか」


アリスと顔を見合わせるが…アリスは何も言わず、1度頷いた。

まぁ、そうだろうな。


「エリナの身体に悪い可能性だけ、留意してくれるなら私達は全然いいよ」

「どちらにしてもファーレス領を出るまでだ。それ以上は迷惑になるだろうからね」


その話を終えると、クロエは家から出ていった。おそらくエリナ達の所へ行ったのだろう。


「…少し、眠るよ」

「うん、お疲れ様。アンナ」


──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る