第50話 関所④

「…」


目が覚めると、再び独房の中で繋がれていた。そろそろ身体を起こす気力すらなくなってきた。

というか、よくも2日目を乗り切ったものだと自分を褒めてやりたくなる…今日のうちにくたばっておけば、明日はもっと楽だったかもしれないが


「…アンナ」

「…」


壁の向こうから声が聞こえる。この声は…聞きなれた、クロエの声だ。

外は日も沈んで暗くなっているからよく見えないが…


「…ごめん、遅くなった」

「ほんとだよ…」


身体が勝手に安堵して、脱力する。とは言っても抜くような力は残っていないのだが…

窓の鉄格子をゆっくりゆっくりと糸ノコギリ

で切り落としながら、笑うクロエの顔が見えた。


「悪いけど、自分で手錠切れる?」

「そんな無茶な…」


クロエの手から糸ノコギリを受け取って、しばらく手錠を見つめる。

手錠はただ両手が繋がれているだけだから、後でも出来る。となると、今対処すべきは、足枷。


足枷の鎖は重量を出すために物凄く太いものを使っている。これを糸ノコギリで切るには、時間がかかりすぎる。


「…クロエ、逃亡手段は?」

「近くに馬車が待機してる。街の外だから、奴らに見つかることは無いよ」

「…すぐ近くなんだね?」

「…ああ」


クロエと少しやり取りをして…窓から入ってきてもらう。ロープを垂らして、私の横に飛び降りる。

少しだけ私の姿を見てたじろいだが…何も言わずに自前のナイフを構える。私はクロエが差し出す布を、口にくわえて力いっぱいに噛み締める。


ナイフを私の足首に当てて…振り下ろす。かなり鋭く研がれているのだろう。痛みは少ない。断面も綺麗なものだ。


「…いくよ」

「うん…ありがとう」


クロエに布を巻いてもらって止血する。かなり強く締め上げたのでさすがに痛むが…応急処置のためだ。仕方ない。


止血が終わったのでクロエが私を担ぎ上げて、ロープを昇って窓から出る。

人ひとりしか通れないサイズなので、窓から落とされてしまったが…外には花壇があったので、一応のクッション代わりにはなった。


「…私達の馬車は?」

「アンナ達の馬車は使えない。とりあえず、知り合いに借りてきた。あんまり汚さないでよ」

「だから無茶だってば…」


クロエが私を担いで花壇から真っ直ぐ、街の出口へと走り抜けると、馬車が待っているのが見えた。


荷台の中に放り込まれ、馬車がすぐに発進する。荷台を大きく揺らしながら…私達は走ったことの無いような速度で。

すごいな…きちんと操れば、こんなに早いものなのか。荷台自体の重量が軽いのもあるのかな…


「アンナ!前に私が言ったこと、覚えてるかい?

「…なんだっけ」


「力任せに操るから、馬の操作は上手くないよ!」


その言葉と同時に、荷台が大きく跳ねる。そういえば言ってたな…勘弁してくれ

布で止血しているとは言え、さすがに血が出てくる。身体中にも傷があるし、サマリロまで意識を保てるか不安ではあるが…


小刻みに、時に大きく揺れる荷台の中にいれば、とりあえず気を失うことは無さそうだ。

荷台に置いてあった干し肉を口にくわえて、可能な限り体力の消費を減らすように努める。


「…これ、くっつきそう?」

「スラムに医者がいるから、そいつに見せる。くっつくかどうかは…見せてみないと分からないかな」


自由になった自分の足首より先を手に持ちながら、馬車に揺られる。

なかなか出来る体験じゃないな…もうしたくはないが…


「アンナ、生きてるかい?」

「一応ね…」

「そりゃ良かった。この速度で走れば、半日くらいでサマリロに着く。」


半日か…まぁ、持つか…


「でも、早かったね…助かったわ」

「サマリロまで歩いて1日くらいの距離だからね…アリスが地図を覚えてて、助かったね」

「そうね…アリスは?」

「…とりあえず、マルク達を見てもらってた人に護衛を頼んで、スラムにいる。ただ、今サマリロのスラムがヤバいから…アンナには悪いけど、足がくっついたらすぐに出るよ」


…スラムが…ヤバい?

どういうことなのか全く想像が付かないが…


「オーマの葉の、薬が蔓延してる」

「…チッ」


思わず舌打ちが漏れ出す。なんてタイミングだ…いや違うな、あの関所は薬がファーレス領で蔓延しているからこそ、麻薬の運び屋を取り締まっていたんだ。

つまりサマリロも、フランシスカも…いつかは蔓延していただろう。


「…エリナとマルクは?」

「アリスと同じだよ。今のところ問題はなかったが…あのままスラムで暮らすのは、危険だ」

「…そう」


少し道が落ち着いたようで、揺れが少しだけマシになる。馬の走るスピードは変わっていないようだが…


落ち着いたところで、とりあえず一息つく。今回は本格的にダメかと思ったな…少し落ち着くと、猛烈な痛みが全身から伝わる。


「いたた…」

「大丈夫かい?布、噛んでてもいいよ」

「そりゃあどうも…」


スミスの野郎が頭と腹を集中的に殴ったせいで、顔が大きく腫れている。内出血で黒くなっているかもしれない。

両腕は血まみれの傷まみれで…しばらくは風呂に入るのも苦労することだろう。


幸いなことに、腹と顔を重点的にだったから、骨が折れていたりは…していないだろう。少なくとも折れた骨が飛び出したりはしていない。

とはいえ全身が痛いので…どの程度の怪我をしているのかは不明だ。


「…クロエ、私アリス達に会える顔してた?」

「いや、控えめに言って化け物だ。包帯を巻くことをオススメするよ」

「そりゃどうも…ありがたくそうさせてもらうわ」


そんなにハッキリと言うなよ…傷付くよ。


関所を出て、しばらく経った頃。馬車が急停車して、中に白衣を着たお爺さんが駆け込んできた。


おそらく半日経ったのだろう。揺れと痛みに耐えるので精一杯で、どのくらい走ったのか考える余裕もなかった。


「先に言っとくが、麻酔はないからな?」

「まじですか…」


クロエに担がれて、家の中に運ばれる。

中には普通の机と椅子が置いてある部屋と、その隣に小さなベッドと、手術の道具が置いてあるだけの簡素な部屋の2つだけがある小さな建物だった。


ベッドに寝かされて、爺さんの助手と思われる男性がやってくる。私の口に布を押し込んで、助手が両足、クロエが両手を強く押さえ付ける。


…また、痛みに耐えるのか…


──

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