優しさを求めて、優しさに甘えて

@karaagege

第一章 逃走編

第1話 アリス

「・・・ねぇアリス」

「ん?」

「お皿くらい自分で洗おうよ・・・初めの女の子らしさはどこに行ったのさ」

季節通りの寒空の中、私は1人、お皿替わりの木の板を、冷たい川で洗い流していた。

アリスと呼んだその少女は、ブロンドの綺麗に伸びた髪を揺らして、こちらを振り向いた。

「初日の川に忘れてきたよ?」

「拾ってこい!」

私の出した大きな罵声は、辺りを取り囲む雑木林に吸い込まれて、消えた。


──


そもそも、私達がこんな事態に陥る羽目になったのには、深く広い事情があり…


あれは、ほんの数日前のこと。すべてはこの子達一家が私たちの街へ引っ越してきたことで、物語は始まったのだ。


「ご機嫌よう。リーヴィル村の皆様方」


私が生まれたのは、都から山をいくつも超えた、辺鄙な村だった。

幼い頃に病気で両親を亡くした私は、村の人の助けはありながらも、なんとか農作業の手伝いで毎日を食いつなぐ生活を、かれこれ5年程送っていた。

一般的に贅沢と呼ばれることはできなかったかもしれないが...私は、あそこでの生活に何一つ不自由を感じたことはない。

人口が少なく家屋が少ないために、村の畑では多くの農作物が取れたから、食べ物には困らなかったし、山を超えた先の街への買い出しで男達が買ってきた米やパン、衣類等を購入して暮らしていた。


そんな私達の生活を壊したのは...紛れもなくこの人だったのだ。

彼は女の人…恐らく妻と執事と…それから、少し離れたところに綺麗な服を着た綺麗な女の子を連れて、大きな馬車で突然に現れた。


「こちらはコルベール様。首都の商業ギルドの一流貴族であり、投資家であらせられます」

「この度はこちらの村の権利を国より買収し、こちらに芸術的観光地を作るため、皆様には速やかに退去して頂くように…」


にこやかに、しかしハッキリととんでもない事を、執事は告げた。

当然、村の人達は猛反対。慣れ親しんだ村を、突然やってきた余所者が更地にしたいというのだから、当然だ。

しかし、首都からやってきたというこの一流貴族は金の力と屈強な兵士を盾に、無理を通そうとした。

正直、あの男がどうするつもりだったのかなんて皆目検討もつかない。

農作業で屈強に育った村人達が反対して、それを納得させるだけの策略が…彼には、あったのかもしれない。もしくは、反対者を皆殺しにでもするつもりだったのか。今となってはもう分からない。


そしてその策略は、上手くはいかなかった。

村ではその突然現れた権利者を名乗る暴君に反抗するため、暴動を起こした。

暴動を率いていたのは、大分前に外の町から引っ越してきたが、若さと人当たりの良さで、村の人気者になったスミスだった。

彼はあっというまに村長を味方につけ、男達、最後には村の女子供すらも、味方につけていく。

まさに、村が一体となった瞬間。こんな形で一体になんて、出来ればなりたくなかったけれど。

村の中で力が強いもの、少しでも魔法が使えるもの。

その中で、子供達よりは年上でも体が小柄な私は、隠密行動の子供部隊を率いるのが役割だった。


そして、決行の日。私たち子供部隊が、事前に壊しておいた裏口から屋敷へ侵入し、廊下ですれ違う使用人を何人も殺しながら、正面の大きな玄関の鍵を開ける。

私達からの合図を受けたスミス率いる村人達は、夜間の警戒が手薄な貴族の家に、武器と魔法を手に攻め込んだ。


正直、その時の様子は口に出すのも恐ろしい。屋敷の中や近くに駐在所を建てて待機していた傭兵達が戦いに加わり、一夜にして小さな戦場と化した。

それでもあえて、結果を伝えるならば…夜間の奇襲が功を奏し、相手方の初手が遅れたことにより…その戦いは、村の勝利に終わった。とはいっても、村人はスミスと数名を残して全滅だったが…

明らかに殺す必要のない召使いなども片っ端から処分し、相手を全員殺すまで終わらない戦争…いつの間にやらこの暴動は、そんなものへと様変わりしていた。

それは私達隠密部隊も例外ではなかった。

怒りなどの色々な感情に支配された子供達を抑える事など私にはできず、何人も兵士を殺し、兵士に殺されて行った。


そして最後に2階のベランダから貴族の男と女の首を高らかに掲げるスミスの顔は、完全に狂気と殺人の快楽に飲まれていた。


そんな時に…私とアリスは出会った。

外の暴動に気付いていないのか気付かないふりをしていたのかは定かではないが…首をなくした貴族夫婦の、隣の部屋でアリスは佇んでいた。


正直、どうかしていたのだと思う。道中でほとんど壊滅した子供部隊の目を盗み…気が付くと私はアリスの手を引いて、村から少し離れた山の中で倒れていた。


それからの生活は…まぁ、なんとなくお察しいただけると思う。

繰り返すが、その山自体は村から少しだけしか離れていない。いわば、その村の子供達の遊び場だった。

しかし、村を離れ…仲間を裏切り、皆殺しにするべき敵の一人を連れて逃げるところを子供部隊に見られた以上、村に戻ることは出来ない。なにより、あんな顔をする男と同じ村になんていたくない。


それを意固地と呼ぶのか、無鉄砲の見切り発車と言うのかは分からないが、村に帰ることができない私たちは、山を越えようとしていた。徒歩で、食料もなく、宛もなく。


無論、楽な旅ではない。人として食べたくないものも食べなくちゃならなかったし…

孤独な田舎育ちとはいえ、今日のように狐の死骸に集る蟻を跳ね除けて、屍肉しにくに食らいつく…なんてのが、まだ楽な方なんて生き方は経験がない。できれば一生したくもなかった。


しかしまぁ、自分で選んだことだ。選んだ記憶は残っていなくても、その選択に後悔はない。

なにより、ドアの向こうで親の首を切り取られても、泣くことも無く1人で立ちすくむ彼女を…放っては置けなかった。放り捨てることが、できなかった。

屍肉を頬張る彼女を見て、その選択で良かったのかもと感じてしまう辺り…私も大概、狂気にあてられているのではないかと思う。

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