第2話 アンナ
「ねぇアリス」
「なぁに?」
明くる日。川で魚を取っているアリスに、食べれるのか食べられないのかも分からないキノコを仕分けしながら話し掛ける。
村を出てから…何日経ったのだったか。確か、3日目…だったと思う
「私は、間違っていたのかな」
「…間違ってるか間違ってないかでいえば、間違ってると思うわよ。主に無謀という点で」
ハッキリと答えられて、項垂れてしまう。そんな私を見て、アリスはくすくすと笑う。
「でも、感謝してる。命の恩人だもん。あのままだと私、あの男の人に殺されてたわ」
それは、そうだろう。あの戦争は途中から、殺戮の味を覚え、飢えているだけに変わっていたから。
それでも、靴も履かずに傷だらけのアリスの足を見ると、考えさせられてしまう。
「私は、大丈夫よ。それに、貴女がずっと守ってくれていたじゃない」
守るなんて…私は非力で、何も出来ない。そんな私に…この子を1人連れ出して逃げるなんて…本当に正しかったのかと
「朝目が覚めた時に、ふと思ってね」
「ホームシックなんじゃない?気にしすぎよ」
そう言ってアリスは再び川へと目線を戻した。
「私が生きるにはこれしか無かった。その事を貴女が後悔しているのなら、今から私を捨てて村に帰ればいい」
「そうじゃないのなら…貴女が後悔することなんて、ひとつもないと思うけど…っと、はいこれ」
川で取れた魚をこちらに投げながら、アリスは笑う。随分たくましく育ったものだ。
「…よし、そろそろ出発しようか」
「ええ」
仕分け終わったキノコと少ない魚を上着に包んで、立ち上がった。
──
「そろそろお昼にしましょうか」
アリスの提案で、カバン代わりの上着を開いて二人で地面に座り込んだ。先ほどの川からは1時間程度は歩いたと思うが…
地図もなく、スタート地点すらも曖昧であったために、方角すらわからない。ただ一直線に進んできたから進んできている筈…
私たちには、その程度の情報しかなかった。
「アリス、これとこれは食べられると思う。あとは魚を…」
先ほどアリスが魚を集めている間に、視覚的に食べられそうなキノコを集めておいた。そしてそれをここまでの道中に少しづつ齧ってきた。おそらく毒はなかったし、1時間程度経っていれば遅効性だったとしてもそろそろ違和感くらいは感じている筈だ。
アリスは、回復魔法が使える。私自身が魔法を使えないので魔法の原理とかは全く分からないのだが、村の大人が魔力の詰まった石とやらを握って、それらから魔力を得ることで魔法が使えると聞いたことがある。
二人で村から逃げ出してすぐのときに、私の傷を治すのに回復魔法を使ってもらったことがあったが…効き目は確かなようだった。
キノコや野草などの毒も癒すことができるとのことだったので、それを充てにして私が毒見をして、もしも毒があったらアリスに直してもらう。
これが、最近編み出した食糧の調達方法である。
「…ありがとう」
私の歯形が付いたキノコと、先ほどの魚をアリスが頬張る。煙が上がる関係で炎が使えないので、採取したものは生で食うしかないのだが…
今のところ、アリスは文句も言わずに出されたものを食べている。勿論、たまに嫌そうな顔はしているが…それを口に出さないのは、現在の状況をよく理解しているからなのか、私に気を使っているのか…
「物を食べてると、生きてるって改めて感じるわ…不思議よね」
…そんなことを言われると、何も言い返せなくなる。
そっとアリスの長い髪を撫でると、猫のようにゴロゴロと擦り寄ってきた。
私はアリスといることで、生きていると感じる。そんなことは、恥ずかしくて口にできないけど…
「あっ!」
そんな私の思考を遮って、何かを見つけたアリスが突然立ち上がる。彼女の膝からはキノコの食べかすがポロポロと零れ落ちた。
先ほど川で下処理をした魚を咥えたまま、進行方向にあった、崖のように飛び出した大きな岩に駆け上ったアリスは、少し背伸びをしながら回りをキョロキョロと見渡したあと、嬉しそうに私に手招きをした。
「見て!街が見えたわ!」
その知らせを聞いて、私も食べ物を置いて駆け出す。地平線ギリギリのところに、小さく街が見えた。
とりあえずの目的地の目途が付いたのが嬉しくてアリスの方に向くと、アリスも同じようにこちらを向いていた。
「街に着いたら何がしたい?」
「私?私はね、暖かいお風呂に入りたいわ。それからベッドに横になって…あと、暖かいご飯が食べたい」
「全くもって同感だ」
財布は、持ってきている。中身はさほど入ってはいないし、牛の皮で作られた財布は飢えを凌ぐために幾度となく噛み付いたので、歯型でボロボロになっているのだが…
「そうだ…貴女の名前、そろそろ教えて貰えない?」
「あぁ…」
初めに山の中で目が覚めてから、名前を名乗っていなかった。
いや…私は一方的にアリスの名前を知っている以上、名乗らなかった、が正しいか。
この子の家を滅ぼした実行犯の1人である私の名前を、名乗りたくはなかった。
「…名前は、あの村に置いてきた。ここから生きていく上で、邪魔だろうし」
「じゃあ、今決めましょう。呼びづらくって仕方がないわ」
「…まぁ、そうだね」
…改めて考えると、自分の名付けなんてなんだかおかしな感じだ。
少し考えてみたが、どうしても元々の名前が足を引っ張ってしまい、うまく考えがまとまらない。
「じゃあ、アリスが決めて。あなた好みの名前でいいから」
「えー…じゃあ…」
アリスはむむむと考えて、いつまで経ってもくすまない、綺麗な髪を揺らしながら、綺麗な笑顔で振り返る。
「アンナ!アンナがいいわ。意味は、優しい人!」
「…それは、皮肉?」
「なんで?」
アリスの笑顔は、やはりくすまない。本気で言っているらしい。
「分かった。じゃあ私は、今日からアンナ」
「ええ、よろしくね、アンナ」
アリスは嬉しそうな笑顔を崩さない。この状況でも笑顔が絶えないのは、本当に羨ましいと思う。これも皮肉などではなく、心の底から。
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