第39話 ルカ

「…ないか」

「ないわね…」


なかった。良く考えれば当たり前か。

最初の店の店主が言っていたように、土器は数を売るのが儲けに繋がる。

コストはかからないとは言っても、魔法を使うのに必要な魔力を補充する魔石が必要だし、店を構えるのにお金も必要だろう。


となると同じような器をいくつも並べるのが効率がいい。商人相手に商売するなら皿は何十枚も一括で買うだろうから、「なるべく誤差なく同じ器を作る」ことに力を入れるようになるだろう。


「どうしようかなぁ… 」


結局商人になってからやった仕事は輸送のみ。まだ一つも商品を売ったことがないので、そろそろなにか売っておきたいのだが…


「…ねぇアンナ、あれ」


アリスが指さした方を見ると…最初に行った店があった。本当、あのガキは失礼なヤツだったなと思い出す。思い出したらまたイライラしてきた。


しかしアリスが指差しているのは、店よりも随分と右に寄っていた。

指の先。つまり最初の店の右奥に…おそらくその店の裏庭らしきものが見えた。

その裏庭に佇むのが…先程の子供だ。


「何か、困ってるのかしら」

「…」


じっと佇んでいる彼を指差しながら、アリスはこちらに意見を求める。

いやぁ…求められてもなぁ…


「アリスのしたいことに付き合うよ」

「ふふっ、ありがとう」


ニコリと微笑んで、アリスは裏庭の方へと駆けていく。その後をゆっくりと追いかける。


「どうしたの?」


店から真っ直ぐに伸びた柵の外から、アリスが先程の子供…ルカと言ったか。に呼びかける。

ルカは突然のその声に驚いて、手に持っていた土器を落としてしまう。


「だ、大丈夫?ごめんね?お金…」

「…いや、大丈夫。どうせ捨てるヤツだったから」


ルカが屈んで破片を拾い始めたのを見て、アリスが柵を超えて中に入って手伝う。

拾い終えた土器を庭に置いてある箱の中に入れてルカが柵に腰掛けた。


「ありがとう。で、なんだっけ」

「いや、裏庭で黄昏てるから何かあったのかなってさ」

「あぁ…そうか。恥ずかしいところ見られちまったな…」


…多分それ以上語るつもりは無いのだろうが、アリスはじっと次の言葉を待ち続けている。

困ったルカがこちらに視線を飛ばしてくるが…


「相談に乗りたい、と言ってるよ」

「…はぁ」

「私はアリス=ルナール。この子はアンナよ」

「どうも…ルキアン=メイソンだ。ルカって呼ばれてる」


ルカが話してくれそうだったので、私達も柵に腰掛ける。飲み物でも買ってくればよかったな


「さっき言った通り、魔法ギルドに所属してる。土魔法が使えるから父ちゃ…親父の後を継ぎたいんだけど…」


そう言いながら先程破片を入れた箱を開く。中を覗くと…なるほど、不格好な形の皿の破片がいくつも落ちている。


「まぁ、見ての通りだよ」

「わぁ、すごい量…これ全部貴方が?」

「親父は失敗しないから、基本的には俺のだよ」


アリスが破片をいくつか取っては、箱の中に戻している。確かに結構な量があるだろう。私としては練習あるのみだね程度の事しか思い浮かばないのだが…


「ねぇ、よかったら今作ってもらうことって出来るの?」

「いいけど…見るのか?」

「さっきも言った通り、私達魔法についてはからっきしなんだ。よかったら後学の為に見せてくれないかな」


ルカは右足に付けられたポケットから、少し長めの細い棒を取り出す。

長さは…短刀くらいだろうか?先端が尖っていて、おそらく金属で出来ていると思われる。


それを地面に力強く突き刺し、上から踏みつける。棒の半分くらいが突き刺さった所で棒から足を離し、先端に手を当てる。

しばらくその状態で止まっていたかと思うとその棒を中心とした地面がグツグツと…まるで沸騰しているように波打ち、そして盛り上がってきた。


「…まぁ、こんな感じだよ」


最終的に円形に盛り上がった土から棒を引き抜くと、先程盛り上がって中が空洞の…つまり皿の形になった土だけが棒にくっついて抜ける。

棒から引き抜いて穴をふさげば…皿が出来上がる。


「…うーん、全然わかんない」

「まぁ…そうだろうな」


やはり形がガタガタになっている皿を少し見つめて、悲しそうに箱の中に放り投げた。

…アリスが言っているのは、そもそも理屈が分からないという意味だと思うが


「…そのゴミ、どうするの?」

「ある程度溜まったら砕いて地面に戻す。見てのとおり、使った土の分地面がえぐれるからな」


そういいながら、確かにえぐれた地面を足で慣らす。なるほど、土を生み出すんじゃなくてその土を固めて成形しているみたいだ。


「…それ、水で柔らかくしたらいいんじゃないかしら」


アリスが人差し指を立てながら助言をする。

それを聞いてルカは残念そうにため息をつく。


「それだと、利益が合わないんだ。完成に何日もかかるから」

「今は皿なんて数枚で銅貨1枚とかだからね」


土の…しかも粘土質の土を集めて、火に当てて乾燥させて…という工程をいちいちやっていては、利益が出なくなる。

魔法が一般化するより昔はそんな手法もあったと言われているが、今は土魔法で皿を作ってそれをそのまま売るのがセオリーであり、皿の値段というのはそれが一般化しているからだ。

わざわざ形を整えるために手間暇をかけて値段を上げて。そんなものを顧客が買うわけが無い。


「なら、模様を入れて値段を少し高く売ればいいんじゃない?アンナが探してるの、宣伝になるお皿でしょ?」

「…あー、なるほど」


つまり、店の名前やらの模様をつける。粘土質の土を固める手法は何十年も何百年も昔に廃れているからこそ、そこに需要を見出す…と。


「ルカ、あんたが一人前に皿を作れるようになる前に…私達がもっと簡単な皿を売ってあげる。どう?」

「…話を聞かせてくれ」


乗ってきた。それで軌道に乗ればお父さんと2人がかりで皿を作って、一人前になるまでの時間が稼げるだろうから、彼としては願ってもいないことだろう。


──

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