第40話 魔法について①

次の日。クロエがモンタニカを出ると言うので、宿の前で別れの挨拶をしている。

帰りにフランシスカの方に寄ると言っていたので、とりあえずスープが全て売れたと仮定した時の料金の何割かを出して、アダムに渡すように伝えた。それから、アリスに口酸っぱく言われた手紙も。


「じゃあ確かに受け取った。責任をもって届けるよ」

「ありがとうクロエ…気を付けてね」

「うん。アリスも身体壊さないように、元気でやるんだよ」


アリスはクロエに抱きつきながら、少し涙目になっている。クロエもクロエで割と涙目になっていて、女の子同士の感動の別れって感じだが…数日前に腹を本気で蹴り合ったの、忘れてないからな。


「ここまでありがとうクロエ。細かい用事ばかり頼んで悪かったね」

「こちらこそ、おかげで楽しかった。これからの予定は?」


予定、か。現状は何も決まってないのだが…


「とりあえず、また輸送の仕事が入らなければファーレス領からは出るかな」

「はは、それがいい。北に行くのかい?」

「いや、野菜の仕入れがあるから雪は一旦いいや」

「ふむ…じゃあ、西がいいかもね。関所が南の方にしかないから、ここよりは格段に暖かくなる。」


南に戻るか。それがいいかもしれないな…とは言っても、サマリロにはスミス達がいる可能性があるし、易々と戻ることは出来ないだろうけど…


「確か西…リーデル領へは大きな川が遮ってるのよね?」

「うん。この街の西側に大きな湖があって、そこから各方向へ水が流れてる。湖を迂回して川に沿って南に下れば、関所に辿り着く」


なるほど、その道なら分かりやすい。

街道が敷かれているかどうかは別の話だが…


「ああ、それからアンナ」

「ん?」


クロエが鞄の中から布に包まれた何かを取り出して、私の手に載せる。それはとても強く包んであるが、微かな動きから出る金属音を聞くに…おそらく、短刀が二本。


「昨日買った餞別だ。大切な時に使いな」

「…ありがとう。大事にするよ」


そうだ、この先は用心棒代わりがいない。

早く別の用心棒を探すか…私が、やるか。


クロエは私の目を見てニカッと笑って、魔法ギルドの中に入っていった。荷物を受け取ってそのまま出るんだそうだ。


「よし…行こうか」

「ええ」


涙を拭うアリスを横目に、クロエからの餞別を鞄の中へ仕舞う。その時に1枚の紙が小包の中から零れ落ちた。

それを拾ってアリスと一緒に目を通す。


「…ふふ、また手紙、書かなきゃね」

「…まぁ、そのうちね」


紙には、「私にも定期的に送ること!」という大きな文字と、サマリロの中の住所が書かれていた。大方、マルクやエリナ達と住んでいる家の住所だろう。

…とりあえず、この短刀は大切に使わせてもらうとしよう。


アリスの手を引いて、ルカ達の家へとやって来た。ルカは相変わらず裏庭で魔法の鍛錬に勤しんでいるようだ。


「どう?あれから」

「水の量を調節してみてる。とりあえずある程度数を作ったら、火にかけてみる」


建物の壁沿いに、十数個の皿…と呼んでいいのか分からないが、魔法の成果物が置いてある。

既に自立できなくて崩れているもの、ひび割れているものなど様々だ。


「模様入れはもう少し後になりそうだぞ?」

「いいわよ、気にしないで。話をしに来ただけだもの。ね、アンナ」

「そうだね。魔法について教えて貰いに来たよ」

「それは俺じゃなくてギルドに…まぁいいや。飲み物くらいは買ってこいよ?」


今日は少し雪が降っている。これだけ寒ければスープもさぞ売れることだろう。

ルカに言われた通り手ぶらもなんなので、近くの露天で暖かい飲み物を3つ買ってきた。

当然の事ながら、これも土器の中に入っている。


「ありがとう、アンナ」

「…ありがとよ」


2人に渡すと、各々の特徴が出た感謝の言葉が帰ってきた。

まぁ、礼が言えるのはいいんじゃないか。ちょっと無愛想なところが目立つけど


「魔法についてどのくらい知ってる?」

「私は回復魔法だけ使えるわ!」

「私はからっきしだ」


ルカは溜息をついて、飲み物を1口含む。

それに合わせるように私も1口…これは多分、蜂蜜と牛乳を混ぜて温めたものだな。

体の中が温まっていくのを感じる。


「まず魔法は体内から魔力を出して、対象の魔力にぶつけて現象を起こす。手の先の空間の魔力に自分の魔力を素早くぶつけて、衝突の時のエネルギーで発火させる…とかな」


そういいながら昨日の廃材入れの中から土器をいくつか取り出して、槌で砕いている。

私達は手伝わなくていいのかと思ったが…まぁ、邪魔になるだけか。


「つまりやり方を覚えれば誰でも出来るってこと?」

「いや、そういうもんでもない。体内の魔力を放出する力が必要なんだけど…例えばさっきの説明で、私にもできそう!って思ったか?」

「ううん、全然イメージ出来なかったわ」


土器が跡形もなくなった頃に傍らに置いてあったコップから水を垂らし、水分量を調節している。


「これについて最近ギルドの研究者の中では、「体内で用途に応じた形に魔力を変化させて放出している」ってのが通説になってる。勿論、魔力が目視出来ないからこれが本当かどうかは分からないけどな」

「用途に応じた形?」

「そう。例えばこの土魔法はこうやって…」


そういいながら水を混ぜた土に棒を突き刺す。ここは昨日見た工程と同じだ


「土に触れてる表面積を増やして、そこにこの棒を通じて魔力を流してる。この時俺の身体の中で「土に作用する魔力」に変換して流してる…って言われてる」

「それで土に魔力をぶつけて、土に含まれてる魔力と反応して土を動かしてる。それを強く固めて、カチカチにするのが普通の土魔法。でも今回はちょっと緩めになるように、土を操ってる」


昨日と同じように、土が沸騰したように動き出し、棒の周りが盛り上がる。


「俺のは形が悪いが…まぁそういう原理ってことだ」


棒を抜き出し、皿を外す。底の穴を塞いで、小さく模様を書いて、壁沿いに再び並べた。


「お前…あーえっと…アリスの回復魔法はちょっと特殊で、一応原理は電気魔法の応用だって言われてる。電気を身体に流して炎症部分を壊したり、傷の治癒が活発になるように促したりしてるって言われてる」


…確かに、山の中でも回復魔法を使ってもらってお腹の調子を治したり、治癒を早めたりはしてくれていたけど…瞬時に傷が塞がったようなことはなかった。


「でもそれを正確に、必要な身体の部位に流すように操作するのは至難の業だ。だから基本的に回復魔法使いは数が多くないし、術士達はほぼ無意識でそれが出来る「才能」を受け継いでる」

「そうなの?」

「えぇ…確かに、原理とかやり方を説明しろって言われても出来ないわ。出来るから出来る、としか」


そんな難しい話をしながらも、ルカの手は止まることは無い。さすがに魔力を流している時は会話が止まるが、それ以外の部分では会話と作業を両立させている。


「他の魔法についてもほとんど同じようなもんなんだ。ただ回復魔法が精密すぎて類希な才能が必要なだけで、土魔法とか火魔法の術士も、それが出来る感覚を説明できない。理屈で分かってても説明できないから、体内で無意識に魔力を変換してるって言われてるわけだ」

「そしてそれに伴って、基本的に人間は一種類の魔法しか使えないし使わない。無意識で魔力を土に作用するように変換してるから制御が難しい」


ルカは再び水を混ぜた土を、今度は軽く掴んで持ち上げた。


「例えばこの水が混ざった土に魔法をかけるとして、俺が水魔法と土魔法の両方を使うことができたとしても、そのどちらを使うかを正確に制御するのは難しい」

「そして今俺に出来るのは土を制御する方法だけだから、水にぶつけるように意識しても俺の魔力は水の魔力には干渉しない。だから身体が無意識に土に作用する魔力に変換してる…って訳だ」


なるほど…土に作用する魔力は水にぶつけても意味が無いし、逆も然り、と。

そして魔力を変換する能力は無意識だから、私が今水を出そうとしても何も起こらないのは、魔力を水に作用するように変換出来ていないから…ってことか。


「よし、ちょっと乾かそう。火を貰ってくるよ」


そう言ってルカは家の中へ入っていった。取り残された私達は、それぞれに思考を巡らせて先程の話をなんとか理解しようと努めて無言になっていた。


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