第4話 職業斡旋所

ある程度シチューを食べ、アリスの涙にひと段落がついたのを見計らって、再度切り出す。


この街は、村からは山を1つか2つ超えた程度。村からは確かに離れているが、それでも逃げられたと言いきれるほどではない。

あの村の残党に会ったら…私たちはどうなるだろうか。

アリスは…まず間違いなく始末されるだろう。あの貴族の娘という役柄と、無抵抗な力のなさ。殺戮の狂気と快感に包まれた彼らにとって、アリスは格好の獲物だ。

そして私も、ただでは済まない。

村に戻されたところで平穏な暮らしは出来ないだろうし…なんなら、私も殺されるかもしれない。

なにより、ここでアリスを失えばここまでの苦労が水の泡だ。

屍肉に齧り付いて生き抜いた苦労を仕方なかったと切り捨てられるほど私の人間は出来てはいない。

ならばどうするか、といえば、やはりもっと遠くへ逃げなければならない。

しかし、今回は山の中だったから食べ物に困らなかった…と表現するのははばかられるが、これからはそうはいかない。

となればある程度の貯蓄や財産が必要になる。

つまり、これから先のために「逃げる方法」と「貯蓄をする方法」について、早いうちに決めて動き始めなければならないのだ。


「ここまでは分かる?」

「ええ、分かるわ」


頷くアリスに頷き返して、話を続ける。

自分なりに状況を整理したが、その解決策が思い浮かばない。

しかし、一つだけわかることがある。

何を始めるにしても、元手が必要で、そしてしばらく生きるのにもお金が必要であることだ。

残された金額は多くはない。


「…と、いうわけで明日は仕事を探そうと思う。アリスはどうする?」

「私ももちろん探すわ…宛はあるの?」

「ないわ」


まずは仕事の得方を探すところから始めなくてはならない。

しかし、この非力な2人にできる仕事があるのか…と、不安になってしまう。

街にいる商人達は自分達で店を構えているから、彼らのような儲け方は出来ないだろうし…


「まぁ、きっとなんとかなるわよ。今ここであれこれ考えるよりは、明日に備えてしっかり休んだ方が得策…じゃない?」


…まぁ、確かにその通りだ。

なんとかなる、なんて楽観的には考えられないが…なんとかしなくてはならない。それだけは確かだ。


「…明日、仕事を紹介してくれるような所を探してみる。とりあえずのプランは、それだけ」

「私は、街で聞き込みでもして回るわ。仕事を探している人がいないかどうか」

「…わかった。じゃあそういうことで」


土器を片付けて、寝床につく。

…村から離れて、数日が経った。

久方ぶりのベッドは少しカビの匂いがしたが…それでも地面よりはずっと優しく、体を包んでくれている。

暖かい場所で眠ることが…こんなに尊いものだとは知らなかった。


──


「…ここか」


次の日。朝から宿を出る前に、宿屋の店主に聞いてみると、この街にはきちんとした職業斡旋所があることが分かった。

簡易的ながら書いてもらった地図を片手にやって来ると、木造の酒場に職業斡旋所の看板がついていた。


心の中で初印象に愛想が悪いなどと思ってしまった非礼を店主に詫びながら、扉を開く。

さすがに昼間から飲んでいる客はいないようで、酒場の主人と思われる強面の親父がカウンターで頬杖をついていた。


「いらっしゃい」

「仕事を…探しているのですが」

「…年齢は?」

「16です」


主人は少し考えてから、机の下から台帳を取り出した。木の板張りの床や机は歩く度にギィギィと音が鳴るが、材木の劣化具合の割には綺麗にされている建物だなという印象を受けた。


「身分証はあるかい?」

「…ありません」


今回の一番の問題が、これだ。

逃亡生活である関係で、この街で身分証を提示する訳には行かない。

もう少し離れれば出せるかもしれないが…何かの拍子に情報が漏れて、村人に見つからないとも限らない。

主人は訝しんだ顔をしていたが…それでもページをペラペラと捲っていた。


「…身分証のない理由は?」

「…言った方がいいです?」

「斡旋にはそれなりの責任が付きまとう。ここで紹介した先で、何かをやらかされても困る」

「…まぁ、そうですよね」


店主の言う通りで、反論の余地のないほどの正論である。私自身もそれを理解しているが、出せない物は仕方ない。


「わかりました。他を当たります」

「…理由だけでいい。それも言えないなら、それで探してやる」

「…自分達の身を、自分で守るためです」


主人は頭をかいて、再び台帳に視線を戻す。

少しの静寂が流れ、主人がページをめくる音だけが響く。そろそろ何かを切り出そうかと思ったところで、台帳を閉じてこちらを見た。


「…あとで、また寄るといい。ただ、あまり期待はするなよ」

「ええ、ありがとうございます」


じっとしている時間が無いのが、伝わったのだろう。主人に頭を下げて、店のドアを開く。

急いでいたのが裏目に出たようで、開いたところで、ガタイのいい男性にぶつかってしまった。


「あ、ごめんなさい…」

「いや、こっちこそすまねえ…あれ、あんた…」


男性は何かを言おうとしていたが、聞く間もなく店を飛び出す。

さて、次は…店員募集の張り紙でも、探してみるか。


──

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