第48話 関所②

※これ以降、残酷な表現が含まれます。

閲覧の際にはご注意ください。



「さぁ!早く答えろ!麻薬の製造元はどこだ!」

「…知らない」


口の中に溜まった血を吐き出しながら、力無い声が漏れる。

アリスを逃がした後、関所の中に連行された。両腕を鎖で繋いで天井からぶら下げられている私に、おそらく先程私の上に乗っていた衛兵であろう男が、木の板を手に持ちながら質問している。

…いわゆる、拷問だ。


「この!ガキが!」

「っ…本当に、知らない、っての」


自分の望んだ答えでなかった時、木の板で思いっきり腹を殴られる。顔を殴られる。

口の中が切れて、体の節々が痛む。


「まぁまぁ、その辺にしてやってくれよ」


…何時間が、過ぎただろうか。いい加減問答にも飽きていた頃、房の中に聞き覚えのある声が響く。


「よー、ジュリア。元気にしてたか?」

「スミス…」


房のドアを開いて中に入ってきたのは…スミスだった。そう、村の暴動を率いた人物で、私達が逃げ回っていた、あの…


「元気そうでよかったよ。探したんだぜ?」

「…元気に見えるなら、病気よ。帰って寝な」

「はは、強気だねぇ…今の状況分かってるか?」


…なんでこいつがここにいる?

おそらく衛兵の鎧を見るに、ここはリーデル領だろう。ファーレス領では見たことがない柄と色だった。


「なんでここにいるかって?俺、リーデルの生まれなんだよ。言ってなかったか?」

「…知らない」


そういえば暴動の少し前に越してきたんだった…こいつ、領を超えて引っ越してきてたのか。

いや、それにしても…


「…なんで房の中に入ってんの、って聞いてんの」

「ここ、俺の親父が隊長として率いてんの。だから言わば、ここは俺の家って訳だ」


スミスは衛兵から木の板を受け取り、ここを外すように言う。

衛兵はそれに頷いて、房から出ていく…なるほど、どうやら本当のことのようだ。


「こんなとこまで、何してたんだよ。ジュリア」

「別に…ただ、旅行してただけだ」

「麻薬を積んでか?」


こいつ…味方になるつもりはないようだ。

スミスが壁に着けてあるレバーを操作すると、私の腕に繋がれた鎖が短くなっていく。

元々強制的に立たされていたのをさらに短くされ、私は宙吊りの形になってしまう。

足にも重たい鎖が繋がれていて、身体がちぎれそうだ。


「俺も悲しいよ。まさか知り合いが薬物の運び人なんてなぁ」

「…知らない。荷物を改めたんじゃないの」

「そうだなぁ、と、ナイフに毛布…一般的な旅商人みたいな装備しか出てこなかったよ」

「なら…」

「でも、匂いが付いてる。独特な、緑の匂いだ」


…それは、オーマの匂いだ。

馬車の中に染み付いた、緑の匂い。

しかし、あれは香辛料で…


「オーマっていうんだよ。この麻薬」


スミスはポケットから小さな皮袋を取り出す。中を開いて少し取り出すと、そこには白い粉末が入っていた。


「オーマの葉っていうんだっけ?それを加工して、魔力を大量に含ませて…吸った人間は体内に大量に流れる魔力と、薬に含まれる幸福物質?ってやつで、頭がラリっちまう」

「…知らない。私が運んだのは、ただの葉っぱだ」

「はは、そうなんだろうなぁ。そんなあからさまな悪事に手を染めるほど、度胸が座ってるようには見えない」


…クソ、ハメられた。あのリンドとかいう商人に…

結局、あの強い匂いと、高すぎる報酬…あの仕事の時ずっと頭に残っていた違和感が、全て取り払われたような感覚が走る。


「この薬、この街で大流行なんだよなぁ。リーデルに持ち込みを禁止したら、商人がばら撒きやがって、街中ラリった奴ばっかりだ」

「それが厳しく取り締まられるようになってから、住民は家から出てこねぇ。出てきたら身体検査だからなぁ」


…だから、街に人がいなかったのか。

まったく、もっと早く色々気付ける部分はあっただろう。自分の頭の回転の遅さにウンザリする。


「…ってのが、ここの奴らの言い分だ。ただまぁ俺としてはそんなことはどうでもいい」

「…あの貴族の娘を、どこにやった?」


…来た。やはり、こいつはアリスを探してる。

幸いにも「アンナ・ルナールの身分証」はアリスが持った鞄の中だ。

こいつらが改めた荷物には、ジュリア・クライン元の私の身分証しか入っていない。


「知らない。私は一人旅で…」


スミスが大きく振りかぶって、私の腹を木の板でぶん殴る。呼吸が出来なくなり、意識が飛びかける。

少し待って息が再開して、大きく息を吸う。


「それは通らねぇ。フランシスカでも、サマリロでも…ブロンドの髪の女と、黒い髪の女が一緒に歩いてる証言が出てる」

「ゲホッ、ゴホッ…黒い髪の女なんて、いくらでもいる…」


腹にもう1発。内臓が動いて、中身が上がってくる。全く、年下の女をそんなに本気で殴るかね…


木の板で、項垂れた私の顎を持ち上げながら、スミスは笑う。


「強情だねぇ、嘘は通用しないって分かるだろ?この状況でさ」

「知らない…っつの」


殴られた衝撃で、口の中がさらに切れた。血がとめどなく漏れてきて、息がしずらい。


「もう1回聞くぞ?あの女はどこだ」

「知らな…」


次は胸を思いっきり殴られる。衝撃で心臓が止まったかのような錯覚に襲われ…上がってきた物が耐えきれず、口から溢れ出る。


「うわ、きたねー。誰が掃除すんだよ、これ」


私の吐瀉物を木の板で地面に擦り付けながら、それでもスミスの顔は笑っている。

正常な精神じゃないな、こいつ…

そこまで考えて私の意識は、そこで途切れた。


ふと目を覚ますと、私は狭い独房の中に閉じ込められていた。片足には鎖が付けられ、部屋の真ん中の杭に繋がれている。


痛む全身を引きずりながら、壁にもたれ掛かる。私の身長よりも上にあるであろう窓からは、薄い星の光と登ってくる太陽が見える。何時間くらい気を失っていたのだろうか。


人1人がギリギリ寝転ぶことができる程度の空間しか用意されておらず、ベッドもない。唯一トイレと杭。そして机の上に土器に入った水が置いてある程度で、他には何も無い部屋だ。まさしく、独房といった感じ。


壁に体を預けて、大きく息をする。腹が特に痛む。こんなに痛むのは、初めてだ。


「…クソ」


口から恨み節の言葉が漏れる。

まさかスミスがこんなところにいるとは…想定外だった。

この場合、オーマを運んでいなくてもここで捕まっていた可能性があるな…

その場合はアリスを逃がすのは難しかっただろうから…その点は結果オーライだと考えるしかない。


感情がぐちゃぐちゃになって、涙が零れる。嗚咽が漏れそうになったが、この場合嗚咽をすればそのまま胃の中身が出てきそうだ。

グッと嗚咽を飲み込んで、体を休めることに専念する。


残念ながら、自分で手を下して楽になる手段はなさそうだ。精々鎖で締めるくらいしか出来ないだろう。そして、そんなことが出来るほどの力と体力が残っていない。


日が登ったら、また再開されるだろうか。意識を失って事なきを得たようだが…今後もそれが通用するかは分からない。


おそらく、フランシスカを出た後サマリロにやってきて…それからこの関所へやって来たのだろう。

モンタニカからは3日か4日ほど南へ下ったから、ここはサマリロからそれほど離れていないだろうし…


タイミングが最悪だったと思うべきか…それとも、スミスはずっとここで待っていただろうか。

私達がリーデルに来るのをずっと待っていただろうか…どの道、いつかは訪れる事だったのかも知れない。


「ゲホッ…おえ」


咳をした衝撃で再び嘔吐しそうになる。ぐっと堪えて、机の上の水で口を洗う。

酸っぱい匂いが口の中に充満して、気分が悪い。体を起こして、反対側の壁に水を吐き出した。


胃の中が空っぽで、力が出ない。こいつらは、なにか食べ物を差し入れするだけの優しさがあるだろうか?

…ないだろうな。たぶん


餓えて倒れるか、拷問でやられるか…どちらにしても、時間の問題だ。


──

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