第6話 アダム


「…」


次の日。職業斡旋所に寄って、地図を書いてもらって雇い主の所へと足を運んだ。


「よぉ嬢ちゃん。また会ったな」


…初日の屋台に


「…貴方が、雇い主ってことでいいですか?」

「おう、そうなるな」


…となると、昨日斡旋所を出た時にぶつかったのも、彼ということになる。


「…あんまりこういう事言いたくないですけど…大丈夫ですか?私、多分相当怪しいですけど」

「がはは、自分で言うのかい」


彼が、斡旋所の言う「若いやり手」らしい。なるほど、確かに若い。フィリップさんよりもさらに若い。

現にこの中央広場の他の店の店主は、どれもある程度の歳は行っているように見える。


「大丈夫さ。あんたがここが嫌ってんならともかく…「訳あり」なんだろ?」

「…ありがとうございます。頑張って働きます」

「おう、そうしてくれると助かる」


小さい屋台だが、周りを見ると同じようなサイズの屋台がいくつもある。

シチューも美味しかったし…「訳あり」の私を雇ってくれるなんて、他を探しても見つからないだろう。


「何卒、よろしくお願いします」

「おう!アダム=サルドだ。嬢ちゃんは?」

「…アンナ。アンナ=ルナールです」


初めて名乗った新しい名前は、意外としっくり来た。

私は今日から…アンナ=ルナール。


──


「アンナ!器足りてねーぞ!」

「はい!」


…意外、という言い方は悪いかもしれないが…

アダムの店は案外忙しい。飯時には結構なお客が来る。


まだ食べ物を作ることは出来ないので、洗い物くらいしか出来ないが…それでもそれなりに忙しい。


というか、器は返すものらしい。

処理方法がわからず宿屋の洗い場に置いてあるが…持ってきた方がいいのか確認したが、返す客もいれば返さない客もいるそうだ。


昨日の魔法ギルドの時の話で、「土器屋」というものがあったが、魔法で土を器に変えることが容易であるため、土器は安価に使われる。

要は、ただの土で土器が1枚出来上がる。耐久力と形に拘らなければ、材料費の一環として支払える程度なのだ。


器を返しに来た人には、皿分の返金をしている。それなら返した方が良いのだろうが…今更宿屋に返してくれとも言いづらい。


「アンナ!呆けっとすんな!」

「すみません!」


呆けっとしている自覚はないが…これは相当な速さで作業しないと間に合わないぞ。



「がはは、お疲れさん!」

「お疲れ様です…」


夕方の忙しい時間を乗りきった。

結局私は皿洗いと弁当を詰めるくらいしかやっていなかったが…店主は料理を作りながら接客して、随分と大忙しだったようだ。私なら考えられない。


「すみません、迷惑かけて…」

「いいさ。今までは俺一人だったから、土器全部洗い場に投げ捨てたからな。洗ってくれるだけで、十分な戦力さ」


あの量を1人で捌いてたのか…正直、経営として成り立ってないように思えるが、それでも店が成り立っているのはやはりこの人の手腕なのか


「店が出来たのが最近でな…人手を確保する時間もなかったんだ」

「へぇ…そうなんですか」


私達は偶然この新しい店舗にたどり着いたのか。それが回り回って、私が今ここに働いていることに繋がっていると思うと…巡り合わせというのは、どこにあるか分からないものだ。


「これ、今日の分の金。今日ので懲りてないなら、明日からもよろしくな」

「ありがとうございます…こちらこそ、よろしくお願いします」


賃金を受け取って、頭を下げる。店主は照れくさそうに笑って、頭を撫でてきた。


「…ただ、従業員はまだ増やした方がいいかと」

「検討しとくよ…」


──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る