第19話 夜のスラム街

「…」


クロエ達の家を出てから、宿屋へと戻る道中

宿屋から借りてきた外套を2人で深く被って、スタスタと歩く。

アリスは2階から降りてきてから、一言も発していない。


「…その…ごめん」


そんな沈黙を破りたくて出てきた言葉が、謝罪だった。アリスはそれを聞いてピクリと反応して、立ち止まった。


「…アンナは正しかったと思うわ」

「いや…間違ってたよ」


どちらも譲らない攻防が続く。アリスが再び歩き出して、私もその後ろに続く。


「クロエ…さっきの女の人にね、諭されて、考え直したら…私達が今こうしているのは、色んな人の優しさに恵まれたからこそだって気づいた」

「アリスが消耗しないように、っていうスタンスは変わらない。でも、アリスはアリスが出来ることで他人に優しさを配ろうとしてた」

「人からの優しさをただ受け取るだけだった私が、止めていいはずが無かったんだ」


アリスは何も答えない。何かを考えているようだが…反論がないところを見るに、ここまでは正解だったらしい。


「それからさ…村を飛び出したあの日、私が何をしていたのか…」

「アンナ」


話を切り出した途端、遮られた。これはなにか間違ったか…?

アリスは立ち止まり、私の顔をじっと見つめる。


「それはもう、どうでもいいことなの。貴方があの日何故あそこにいたのかなんて…今となっては関係ない」

「ただ貴方は私を連れ出して、助けてくれた。山でも、フランシスカでも」

「私だってバカじゃないから…それを考えたこともある。でも、結果として貴方がくれた優しさは、私の命を今日まで繋いでる」

「そして、これからも。そうでしょ?」

「…うん」


アリスはニコッと笑って、話を続ける。

スラム街の路地裏に、人の姿は全くない。


「さっき私が怒ったのは、あの時言った言葉の通り。私に1番の優しさをくれたのは…紛れもなくアンナだったから」

「正直、自分の命すら投げ打って、あの場面で私を連れて逃げるなんて、異常よ。私にはとても真似出来ない。それが貴方のしてくれた事なの」

「だからもっと自信を持って。貴方は私を救ってくれたんだから…そんな顔は、もうやめてね」


…そんなに硬い顔をしていたらしい。クロエと話して割り切れて、ただ淡々とアリスの答えを聞くつもりだったが…そんなに器用に割り切れてはいなかったようだ


「…アリス。2人で遠くに逃げよう。あの村の事について考えなくてもいいくらい…遠くへ」

「もちろん。そのために今、ここにいるんでしょ」


アリスから右手が差し出される。その手を取って、また歩き始める。今度は止まることのないように。

裏路地を抜けて、さっきの騒動があった道にたどり着いた。騒ぎは完全に落ち着いて、あの男も居なくなっているようだ。

行きは男を撒くためにグルグルと走ったが、実際の距離としてはそれほど離れていなかったようだ。


「それで、これからどうする予定?」

「うーん…明日は、一旦商業ギルドに行ってみる。アダムさんの友人って人に会えたら会いたいし」


それから、ギルドに所属するかどうかも考えなくてはならない。

本籍を決めれば後はどこに所属してもいいと言っていたから、とりあえず所属だけしておくのも良いかもしれない。

本籍をその場で決めさせられたり、変更ができないようならもう少し時間を開けるつもりで


「私は…さっきの家に行ってもいい?」

「いいよ」


私が頷いて、アリスが嬉しそうに笑った。


「やっぱり、結構悪いの?」

「うん、咳がちょっとね…今すぐ命に関わるものでは無いと思うけど」

「それって、回復魔法でどうにかなるの?」

「一時的にはね…咳が収まる、くらいかな」


…いや、よそう。アリスがやりたいと言っているなら否定しないと先程決めたばかりじゃないか。


「じゃあ明日の朝は送っていくよ。クロエにも時々その子の様子を見に来てって言われたからね」

「うん、ありがとう」


表通りに一旦出て、宿屋の正面から入り直す。受付に先程の店主はいなかったので…まぁ、受付時間外なのだろう。

悪いことをしてしまった。


「何か食べに行く?」

「ううん、今日は休みましょう。3日ぶりのベッドよ」

「はは、そうだね」


幸い食べ物はフランシスカで買ったカバンの中に入れてある。

とりあえず肌寒い季節とはいえ、馬車の中にいつまでも野菜を入れておくのも問題だろうから、アレも早く売り出さなければならない


そんなことを考えながら、2階の部屋から見えるスラム街には少ない灯りがチラホラと見えて、当事者達には失礼かもしれないが…海のように綺麗に見えた。


──

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