第18話 本心
私はクロエに、洗いざらい話した。村に貴族が越してきた事、村人がそれに怒って暴動を起こしたこと。アリスに出会って、咄嗟に連れ出して、山を遭難して、フランシスカにたどり着いて。
アダムに出会って、行商人をすることになって、首都にたどり着いて…
「…と、まぁこんな所かな」
思ったよりもスルスルと言葉が出てきたこと。そして1度話し始めると止まらなくなって、全てを話してしまった自分に驚いた。
わたしは自分が思っているよりも、誰かに聞いて欲しかったようだ。
「結構…ワケありだね」
「あはは…まぁ、それなりには」
とは言っても、私はワケを抱えているだけであって、それらを何も解決していない。今の状況も、人に助けられてここまで来ただけだ。そう考える度に、自分の無力感に頭を抱える。
「じゃあいくつか質問していいかな」
「どうぞ」
「まず1つ目。正直な話、二人のその風貌でスラム出身は無理がありすぎる。髪が綺麗すぎるし、読み書きも出来る。受付が無能で助かったね」
「…まぁ、それは思うところではあったよ」
髪質をもっと荒らす。アリスの髪を黒に染める。肌を汚すなど、打つべき策は沢山思いついた。それを実行しなかったのは…
「アリスにそれを頼むことは、私には出来ないよ」
「ははっ、まぁいいんじゃない?何とかなったんだろうし。次にそういう機会があれば、ってことだよ」
なるほど、覚えておこう。次の機会は無いことを祈っているが。
クロエは次に、と前置きをして、二本目の指を立てた。
「貴方達の関係って、なんなの?」
「…いや、それは…」
「勿論成り行きもあるんだろうけど…アリスを切り離せば商業ギルドの力を全力で使って生きる道もあったんじゃない?実際身分証は作り直して、アンナという架空の人物になることは成功したんだから」
痛いところを突かれて、反応に困ってしまった。確かにあまり考えたことがなかった。
フランシスカの宿屋で少し考えたが…結局のところ考えなくても身体は動くものだから、必要のない思考だと割り切って何も考えないようにしていた。他に考えるべきことは無限にあるし…
「ついでに3つ目。アリスはアンナのことをどう認識しているの?」
「それは…えっと」
「これは答えは知らないし、考えても出てこないから本人に聞くしかないんだろうけど…さっきの話にでてきた隠密部隊を、アンナは率いていた訳でしょ?」
静かに頷く。部屋の中には神妙な空気が続いている。コップに入った水に、ほのかに自分の顔が映り込む。
「アリスは自分達を殺しに来た部隊の一員で、しかもそれを率いていた事を…知ってたのかな?」
クロエが言葉を紡ぐ度、水に写った私の顔は酷く歪んでゆく。この感情は…焦りか?
私は一体、何を考えている?いや、考えなくてもわかる。最悪の結末について、考えている。
つまり、彼女がそれを知らず、私はただ助けに来た一般市民だと思っていて…それを知った時の、彼女の反応を考えている。
「…そんなに思い詰めた顔しないでよ」
「いや…盲点だった。そっか…」
私はアリスに素性について話をしていない。村での生活は話しても、「あの時」の事は話さなかった。彼女も聞かなかったし、私は…無意識のうちに、それを話すことを拒んでいた。
勿論、自分の両親が亡くなった時の事を話させるのは酷だと思っていた節もある。その話を切り出せば、嫌でも話は広がり、その話になるだろう。その程度のことを無意識に考えていたのもあるが…
しかしこの話をされた時に、はっきりと自覚した。私はその話をアリスにして、拒絶されることを恐れたのだ。その証拠とばかりに浮かんでくるのは、馬車で話をした、アリスの生い立ち。
親に構って貰えず一人ぼっちだった。そんな話を聞いて、私はとても安堵したのだ。自分の村が、自分自身が犯した罪が、少しでも軽くなったような気分に、勝手に浸っていたのだと気付いた。
「…思い詰めてるようだから、この話の結論を話そうか」
すごい量の汗をかいている私の手をギュッと握って、クロエは続ける。
抑えきれない自己嫌悪で一杯になった頭の中の、ほんの少しの容量に、彼女の話が流れてくる。
「つまり私は、それだけ貴方にとってアリスは大切な存在なんじゃないかってことが言いたかった」
「思い詰めさせるつもりは無かったけど…本当に申し訳ない」
頭を下げて謝るクロエに、首を横に振って謝罪を拒否する。謝るようなことでは無い。彼女はただ、それを気付かせてくれようとしただけなのだ。
私が自分の中の醜悪さに気付いて、勝手に憔悴しているだけだ。
「…ついでだから最後の1つを話すよ」
「あの子の今回の優しさについて、どう思う?」
「…今はもう、何も言えない」
確かにさっきまで大声で怒鳴るほどに腹を立てていたのは事実だが…今はもう何も思わない。それよりも大きな問題に気が付いたからだ。
クロエの握る力が、ギュッと強くなった
「あの子の優しさは、あの子の取り柄であり、私には…いや、おそらく君にも欠落したもの」
「マルクだってそうだ。純粋な優しさって奴を、私達は自分のことで精一杯で忘れてしまっている」
「それでも、アレが人のあるべき姿であり、無くしてはならないものだと言うことは分かる」
私の目をじっと見て話すクロエに、小さく頷く。それはそうだ。世界があんな優しさに包まれれば、世界は今よりずっといい物になるだろう。
それが例え、綺麗事でも
「それが例え綺麗事でも…アレを持つ人間は貴重だ。特に今の貧富の差が激しい世の中ではね」
「だから私は…私達みたいな人間は、彼女達が今のままであれるように、補助をしていくべきなんじゃないかって思ってるんだ」
クロエの目は、私の目から離れない。私の目はさっきから行ったり来たりを繰り返しているのに、それでも離れることは無い。
ただ真剣に、そう思っているのだろう
「きっと、貴方にもできるよ。アンナ」
…優しい人に、優しいままで居てもらう
そうだ、私は…
「私は、人の優しさに助けられて生きてきたんだ」
「そうだよ。同情なんて言い方で片付けるべきじゃない。貴方がアリスと外に出て助けられてきたものは、優しさなんだ」
…ならば私は、アリスの優しさを守る盾になる…いや、なりたかったんだ。ずっと
山で優しい治癒魔法を感じた時から、フランシスカで励まされ、彼女の優しさが呼んだ色んな優しさに包まれて、彼女と一緒に旅をして…
私は、そんな日常を…彼女を守りたかった。最初は成り行きだったかもしれない。でも途中から、成り行きや同情ではない。私になくて彼女にあるものを守りたかった。守って、行きたい。
「…ふふっ、顔がコロコロ変わるね。決意に満ちた顔になった」
「自分の心は見つかった?」
「…うん、ありがとう」
まずはアリスに謝って…それから、あの日のことを話そう。正直に。
それで拒絶をされれば、それは仕方ない。それだけの事を私はした。
そうなったら、クロエに任せて、ここで暮らしてもらえばいい。生活水準は落ちるかもしれないが…旅商人なんかよりはよっぽど落ち着いて暮らせるだろう。
だがもし、受け入れて貰えたならば…私は、彼女の優しさを守っていこう。
クロエは私の顔を見て、笑った。そして立ち上がり、こう言った。
「アリスを呼んでくるよ。私は上でやることがあるから、そのまま帰るといい」
「…ありがとう」
立ち上がって、頭を下げる。今後は分からないが…とりあえず、話して良かったと思う。
無意識の私に気が付くことが出来た。これからアリスと付き合っていく上でのケジメも、決意も見つけることが出来た。
「ああそれから、アンナのいた村の人については、こっちでも動向を探っておくよ」
「…本当に?」
「うん。ただ、私は優しくないから…貰うもんは貰うけどね?」
さっき話した通りだ。なかなか皮肉が聞いていて、面白い。
「いいよ。いくら?」
「時々ここに来て、マルクの姉に回復魔法をかけてもらう…とか?」
「…あんたも大概、お人好しだよ」
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