第31話 アリスとアダム

えーっと…アリス=ルナールです。

私は今、アダムさんのお店の裏で隠れて座っています。


「…アダムさん、私何かやることは…」

「ん?ないぞ。顔を出さないことが仕事だな」


アダムさんは私達のために近くの藁のお店に話をつけたり、食料を袋に詰めたりと忙しくされてるのに、私は地面に座って顔を隠しているだけ。


いや、わかるのよ?状況が状況だし、私が残ることを選んだんだし…でも…


「落ち着かない…」


周りがバタバタしているのに座っているのは、あまりに落ち着かない。

そんなソワソワしている私を見てか、アダムさんが食料を袋に詰めながら、私の向かいに座った。


「アリス…だよな。確か話すのは初めてだったよな」

「あ、はい…アリス=ルナールです」

「アンナとの関係は…聞かないでいいか。あの慌てようを見るに、大方あの男の言ってる感じなんだろ?」

「まぁ…はい」


あんまり人に話せた過去では無いかもしれないけど…ここで否定して嘘をつくのも違うわよね。


「そうか…まぁそのなんだ、アンナを宜しくな」

「え…?」


私はアンナにいつも守られているだけ。ワガママを聞いてもらって、迷惑をかけて…


「結構抜けてるだろ、あいつ。ウチの皿も4枚割った」

「そうなの?」

「ああ、アリスの前じゃ気を張ってるとか…そんな感じなんだろ。よく知らねぇけどな」


アダムさんは不器用にニコッと笑って、再び袋に目線を戻す。気を張ってる…本当にそうなのかしら…


「いや、これは悪い意味じゃねぇからな?気が抜けないとかじゃなくて…そのなんだ、多分…あぁもう!」


急に大声を出されて、身体がビクッと反応してしまう。それを見てすまんと謝りながら、アダムさんは真剣な顔で私に語り掛ける。


「俺がわざわざ言わなくても、アリスが1番わかってるだろうよ。俺が知ってるあいつなんか、一部分にしか過ぎねぇんだ」

「だからまぁ、えっと…2人で旅をしてきたんだ。2人で支え合って、2人共くれぐれも元気でな」

「…うん、ありがとう。アダムさん」


そういってアダムさんは立ち上がって、再び袋詰めの作業に戻っていく。


「…アダムさんは、どうしてそんなに優しくしてくれるの?」


ふと気になったことを聞いてみたかった。あの日、サマリロでエリナを救えず涙した日。優しさとは何かを考えさせられたあの日に出せなかった答えを、もしかしたらこの人なら持っているかもしれないと思ったから


真剣な顔でそれを聞く私を、アダムさんはキョトンとした顔で見つめた後…大声を出して笑い始めた。


「はっはっはっ、あーはっは」

「な、何がそんなに面白かったの?」

「ははは…俺が優しいなんて…ぷくく、面白いことを言うもんだな」


…そんなにおかしなことを言っただろうか。私は思ったままを、知りたいことを聞いたに過ぎないのに…

そこから少し笑い続けて、落ち着いてきたのか手を再び動かしながら、アダムさんは話し始めた。


「俺は優しくなんかないし、お前らにやってることも優しさなんかじゃねえさ」

「じゃあ、店舗の拡大って話?」


アンナが言っていた、「アダムさんがアンナを助けた理由」について口にする。


「いや、それも違うな。それは元より期待してねぇってさっき言ったろ?」

「…じゃあ、どうして?」

「…まぁ、同情だろ」

「それは優しさとは違うの?」


アダムさんとの問答は続く。アダムさんは大きくため息をついてから、「これはアンナには言うなよ?」と前置きをしてから、始める。


「俺な、死ぬのが怖えんだよ。昔からそうだし、今もそう」

「…え?」

「死ぬのが怖くても、死は等しくやってくるだろ?だからよ、俺は人生ってやつは死っていう恐怖への準備期間だと思うんだよな」


…何の話だろう。全く流れが見えなくなっちゃった。勿論、私もそれは怖いけれど…


「そういうことをよく考えちまって…そんで思いついたんだ。人に恩を売ればよ、売られた奴の中で俺の記憶が少なからず生き続けるだろ?」

「…まぁ、そうかも」

「じゃあ後は簡単だ。その記憶が残り続けてる奴が、俺が死んだって聞いたら多少なりとも悲しいとか残念とか、そういう気持ちが湧くもんだろ」

「なら、俺が1人寂しく死ぬことはなくなる。悲しむやつがいるからな。そう思ったら、少しは恐怖が和らぐと思わねぇか?」

「…ふふ、なにそれ」


ついつい笑いがこぼれてしまう。勿論アダムさんに茶化している様子は無いから、本当に言っているのだと思うけれど…

そんな面白い考え方、考えたこともなかった。


「それがお前らみたいな子供なら尚更だ。高ぇ確率で俺より長生きするからな。先行投資っつーわけだ」

「俺は根っからの商人だからな。何事も損得でしか考えねぇ。俺は俺に得があると思ったことしかやらねぇんだ」

「納得したか?」

「ふふっ、ええ。ありがとうアダムさん」

「いやだから…いや、もういいか」


こういう所は、本当にアンナに似ていると思う。物事の先の先の、ずーっと先まで考えて、それで結論を出しちゃう。

でも自分の為に自分の出来ることをするというのは…羨ましくて、とてもいい考え方だと思う。


「その考え、私も使ってもいい?」

「ダメだ。これは俺の人生の意味だからな。アリスはアリスなりの意味を見つけりゃあいい」

「それに、これが正解かどうかなんてまだ俺には分からねえ。これからまだ何十年も生きる訳だからな」


残念、断られてしまった。

確かに私には私なりの…私の為に出来ることがあると思う。

あの夜アンナが言ってくれたように、私は私のやりたいことを精一杯やれたらいいなと…そう思った。


ああそれから、とアダムさんが取り出したのは、黒色で前に大きなつばのついた、帽子。


「その金髪は目立つからな…お守りだ。それはお古じゃねぇからな?」

「ふふ…ありがとう、大切にするわ」

「へへ、それからアンナに手紙書けって言ってやってくれ。結局一枚も送ってきやがらなかったから…」


それから少しの間、アダムさんと話をした。内容はほとんどアンナのことだったけれど…

さっきのアダムさんの言葉は嘘では無いと思う。でもそれとは違う部分で、あの子が大切にされていると、心配されていると…実感する。

まるでお父さんのような心配様に、クスッと笑ってしまった。


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