第35話 訓練②
「よっと…大分様になってきたんじゃない?」
その日の夜、思いのほか木の枝が大量に落ちていたので、3人で運んで暖をとった。
なんだかんだと言いながら結局馬車の中で眠ったアリスが低体温症では無いことだけ確認して、火の番をしながらクロエといつもの特訓。
「そりゃどうも」
「じゃあ最後だしさ、ちょっと本気でやろうよ。基礎は身に付いたでしょ?」
…最初よりはマシになったかも知れないが、まだ2週間程度しかやってない素人相手に本気を出すのか?
そんなことを考えながら、お互いに木の皮を構える。持ち方は結局逆手にした。
「いくよ!」
クロエが後ろに振りかぶって、大きく足を上げる。巻き上げられた雪が宙に舞い、クロエの姿が視界から消える。
何も見えないままだがこちらも思いっきり力を入れて、爪先に雪を乗せるイメージで左方向に蹴り上げる。
「うわっ、やるね!」
「大体左から突っ込んでくるからでしょ!」
雪が当たったクロエが後ろに下がったのを見て、右手をギュッと握り込む。
そのまま横に一回転して切りかかるように見せて、そのまま振りかぶってクロエの顔目掛けて握った雪玉をぶん投げる。
「ちょっ…」
顔面は避けたがおでこに当たった雪玉に仰け反ったところを、すかさず追いかけて首元に木の皮を当てる。
「1勝…でいいかな?」
「やるねぇアンナ…ズル賢さじゃ勝てないよ」
「ズルじゃないよ。賢さでは勝てない、でしょ」
「ははっ!言うねぇ!」
私の右手を掴んで、私の腹を蹴り飛ばす。稽古でそんな本気で蹴るやつがあるか!
私の手を掴んでいるクロエの右手首を一撃殴って手を離させ、腹を抑えながら距離をとる。
「バカじゃないの…そんな本気で蹴るなよ」
「お互い様だよ。折れるかと思った」
クロエは右手を振りながらも、かがんで落とした木の皮を拾って…そのまま飛び込んできた。
正面からでは技量や筋力の差で勝てない。この場合私ができるのは…
頭を下げて飛んでくるクロエの襟首を掴んで、後方に向けて投げ飛ばす。
しかしそれを読まれていたようで、そのまま身体をくねらせて後ろ向きに片足で着地し、回し蹴りを飛ばしてくる。やむを得ず右手に力を受けて二の腕で受け止めるが…
「いっ…たい!」
本当に折れるかと思った。しかし痛みにたじろいでいる時間はない。右手をもう一度強く握り直して、足を上げたままのクロエのお腹を思いっきりぶん殴った。
しかし私程度の力で怯むことはなく、右手をガッと掴んで、身体を捻って投げ飛ばされてしまう。
両足を浮かせて半円を描くように振り回してからそのまま地面に叩きつけ、すかさず私の首に皮が押し当てられた。
「これで引き分け。もう一戦やる?」
「勘弁してよ…全身が痛いわ」
掴まれたままの右手を開いて降参のポーズをとる。クロエは私の顔を見てニコッと笑ったあと両手をパーにして木の皮を落として…直ぐに右手を握りしめ、私目掛けて振り下ろす。
それに手を当てて左にいなして、下ろされた右腕を引っ張って立ち上がる。
クロエの身体はビクともしないが、起き上がった勢いのまま前転してなるべく距離をとる。
「男同士の決闘じゃないんだからさぁ…決着つくまでとか暑苦しくない?」
「とか言って、武器握ったままじゃんか」
武器を拾おうと屈んだクロエに向けて、雪玉をもう1発。今度は側頭部に当たったが仰け反る様子はなく、こちらに顔を向けたが…雪玉を投げると同時に駆け出していた私に驚いて、顔の前で両腕をクロスさせた。その真ん中目掛けて、体重を乗せて右手の拳を叩き込む。
「賢いなぁ、アンナ。同じ手は通用しないよ?」
「それはどうかしらね」
腕の下からニコリと笑った口元が見えたとほぼ同時に、身体を右に捻りながら左手をクロエの後頭部を掴み、そのまま押してバランスを崩させる。
さすがの反射神経で腕を先に着いて地面に激突するのは避けられたが、その隙を見て右足を思いっきりクロエの腹に蹴り上げる。
「カハッ…」
クロエが怯んだ隙に足元に落ちている
「はぁ…はぁ…」
「ぜぇ…ぜぇ…」
お互い体制を建て直し、片手に1本ずつ武器が握られている。お互い腹を抑えて、苦しそうに肩を上下させて呼吸していた。
お互いが相手を睨み合い…そしてお互いに口元は笑っていた。
先に動いたのはクロエ。右手に持った木皮を下向きに構えて、距離を詰めて来た。右手を引いて、私の頭目掛けて思い切り振り抜く。
避けられないと悟って私もそれ目掛けて振り下ろし、木皮は役目を全うしたように粉々に砕ける。
次の行動を考えたが、足に力が入らず、振り下ろした勢いに身体を持っていかれ、雪の上に倒れ込んでしまう。
当然クロエはそれを逃さず、長さが半分ほどになった木皮を私の首に当てて…笑った。
「これで決着…だね」
「本気でやりすぎでしょ…」
クロエも右手の木皮を捨てて、私の隣に倒れ込んだ。舞い上がった雪が顔にかかって、冷たくて気持ちがいい。
「痛い…明日アリスになんて言い訳するのさ」
「ここまでやったら…喧嘩になったでいいんじゃない?」
確かに、それでいいかもしれない。背中も右腕もズキズキと痛むし、お腹はずっと痛いままだ。
それからしばらく2人共動けず、空の星と登ってくる太陽を見ながら倒れていた。
──
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