第22話 サマリロ

「魔石はまぁ…安いものでは無いね」


次の日、商業ギルドで落ち合った私たちは、リンドの案内で商談先へと向かう。

その道中に、魔石の購入についての話をしていた。


「魔力の籠った魔石は、それこそ貨幣としての加工や、魔法を仕事にしている人達が欲しがるから需要が高いんだ」

「だからそういうのを欲しがる人達は、商人を通さずに冒険者ギルドから直接買い取るんだよね」

「だから市場には出回らない。商人からすれば縁遠いものだよ」


そうか…アリスの手助けになればと思ったが、中々難しいようだ。

とは言っても、と前置きをして、リンドは胸元のネックレスを取り出す。それは中が小さく煌めく水晶がついていた。


「僕達商人にとっても、魔法は身近なものだ。火を起こしたりするにはやはり、魔力があるに越したことはないからね」

「じゃあどうするのかといえば…これは吸魔石といって、触れた者からゆっくりと魔力を吸い取る。これに魔力を入れてストックしておくんだ」


ネックレスを外して触らせてもらうと、水晶は暖かく発熱している。それほど熱い訳では無いが、ほのかに発熱、という感じだ。


「空の吸魔石なら魔法を使う人達は使わないから、そういうツテがあれば譲って貰えるかもしれない」

「けど空の魔石は空の魔石で、使い道はある。ギルドが集めれば銅貨に加工できるから安値とはいえ売れるし、僕みたいにストックすればまた魔法使いが使える」

「結局、コネがものを言う世界だからね。商人は」


ネックレスを返すと、再びリンドは首にはめ直し、服の中へとしまった。コネ…か。

なんとか考えないと…商人としてやっていく上で、必ず必要になるだろうから


「…と、ここだよ」


リンドが立ち止まった目の前には、木造の大きな屋敷があった。私達が泊まっている宿からは、街を挟んで反対側の辺りになるだろうか。

東側はスラム街が侵食していると言っていたが、こちら側は全くそう言った気配は見えず、ただ大きな屋敷がいくつも立ち並んでいた。


「今日の相手も、商業ギルド所属だ。ただし、貴族の方だから僕達とは世界が違うけどね」

「貴族…」


そういえばアリスの一家以外の貴族と会うのは、これが初めてだったように感じる。

なんだかんだで住む世界が違うのだろう。村を出てから今までに通った道や建物とは、明らかに違う雰囲気を感じる。


「いらっしゃいませ。リンド様ですね?」

「はい。今日はよろしくお願いします」

「そちらの方は?」

「見習いのアンナです。後学のために同行させましたが…構いませんか?」


リンドが二、三回ノックをして出てきたのは、黒いスーツに身を包んだ高貴な男性。話の流れからして、おそらく執事かなにかだろう。

頭をぺこりと下げると、執事の案内で家の中へ招かれた。


玄関を通って、まず思うのは本当に大きく、綺麗な建物であるということ。

玄関から一直線に敷かれたカーペットには、一片の汚れすら付いていない。

そしてその左右に敷き詰められ、綺麗に磨かれた石の床…今まで入ってきた建物とは、全くの別世界であると、視覚を通じて常に訴えかけてきているようだ。


「こちらです」


階段を上がって廊下の中腹あたりにある大きな扉の部屋へと案内される。

中に入ると、左右の壁沿いに棚に置かれた金色銀色。それぞれに綺麗にコーティングされた、見ただけでは何かも分からないような置物が多数並べられている。

そして真ん中の大きな机と、その奥に座る恰幅のいい…良すぎる男性。

白髪と白ひげを豪勢に蓄えて偉そうに鎮座するその姿に苛立ちすら感じたが…服装からしてここの主人であることは疑いようがない。


「リンド、少し痩せたんじゃないか?」

「はは…お世話になっております。サマル卿」


そりゃあお前から見れば…いや、よそう。

事前にリンドから聞いていた話によると、この人はサマル卿。ファーレスの領主からサマリロの管理を預かっている貴族で、今回の商談相手らしい。


「こちらはアンナ。フランシスカの生まれで、商人の見習いとして今回同行させました」

「アンナ=ルナールです。お初にお目にかかります、サマル卿」

「ははは、商人見習いか。まぁ座れ」


リンドは促されるままに、反対側の椅子へと腰掛ける。私もそれに倣って腰掛ける。

ものすごく柔らかい椅子だ。おそらく羊毛か何かを皮で包んでいるのだろうが…柔らかすぎてかえって座りにくい。


「早速ですが、サマル卿。件の仕事についてですが…」

「はは、やはりな。耳が早いことだ」

「私の方に回して貰えませんか?ウチは馬に拘っております故、他の商会よりも早く輸送を…」


そこから先は、リンドのセールストーク。

止まることなくスラスラと、他の商人よりも優れている点を説明する。

これだけ舌が回るのは商人としての才能と言って差し支えないだろう。

ただ、サマル卿はあまり熱心には聞いていない。たまに爪の様子を見たり、机の木目を撫でたりと、意識が霧散しているのを感じる。


「…と、いうわけで如何でしょうか」

「よくそれだけ毎度毎度口が回るものだな。まぁいい、どちらにしてもお前には声をかけさせるつもりだった」

「…ところで隣の…アンズだったか。お前、馬車はあるか?」

「え、あ…はい」


アンナだが…まぁ、覚えられてないだろうとは思っていた。


「ならいい。リンド、お前のところに馬車2つ、そこの女に馬車1つだ。どうだ?」

「…お言葉ですが、サマル卿。アンナはまだ未熟で、期限までに間に合うかどうかも…」

「良い良い。どちらにしても数ある馬車の中の1つでしかない。ならば見習いに仕事をやらせてやるのもギルドの仕事…ではないか?」

「…なるほど、さすがサマル卿。商業ギルドの今後の事まで考えてくださるとは」


…いや、待て待て。仕事の内容の話もせず、「件の仕事」としか表現してない癖に、仕事の依頼…?

そんなもの、受けられる訳…と思ったが、リンドの態度を見るに…断るとは言えないだろう。


「では、こちらの方で契約書を用意しておりますので…」

「ああ、広間の執事に応対させろ。あとは頼んだぞ、リンド。それから…」

「アンナです」


──

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