第23話 初出勤!
姫白さんのお母さん、
俺の住むマンションからバイト先までは歩いて十分程度。通学路でもあるから、学校帰りにバイトへ向かうには丁度良い立地なので、俺もここを選んだ。
姫白さんと俺は放課後、さっそくアルバイト先のスーパーへと向かったのだが、気になる事が一つ。
教室を出る時に、周囲の目が俺たちへ向けられていた気がするんだよな。いよいよとして俺たちの関係を怪しく思う人たちが出てきたようだ。
最初のうちは、帰るタイミングが偶然同じだと思われていたんだろうけど。それは俺がバイトの日はいち早く先に教室を出ていたからだ。
だが、ひと月も経ってしまえば気になる人も出てくる。今日は特にその兆しがあった。
気付かれるのも時間の問題かもしれない。別にバレても良いが、俺なんかと一緒にいる事で姫白さんの周りからの評価が下がるような事だけは避けたい。
「大路君おまたせ!」
俺が頭の中で色々と考えていると、更衣室の方から姫白さんが出て来る。
「ど、どうかな大路君。変な所とかない? 何回も鏡で確認はしたんだけど」
スーパーの制服に着替えた姫白さんは俺の前でバイト用のエプロン姿のまま回って見せる。
俺が姫白さんの服装の評価をするなんて。なんて贅沢なんだ。
「どう? 変じゃない?」
「あ、うんバッチリだよ姫白さん。似合ってる」
バイトの制服に対した褒め方として合っているのかはわからないが、俺は思った事を伝える。
うちの制服はワイシャツにエプロンと。
一般的なスーパーと何ら変わらない簡単な物だ。普通に誰でも着こなせる。
「えへへ、そうかな」
嬉しそうに姫白さんは微笑む。
うん、似合うどころかめちゃくちゃ可愛いわ。
俺がエプロンを着た姿を自分で見ても、大して何も思わないのに姫白さんが着るだけでこんなに違うものなのか。
本当に俺が着ているのと同じものなのか疑いたくなる。別に俺が可愛くなりたいとかそういうことではないが。
「でも、なんか……」
「えっ、やっぱりどこか変⁉︎」
俺の漏らした声に姫白さんが過剰に反応する。
「いや、そういうんじゃないよ。ただ、姫白さんがうちのバイト先の制服着てるのが新鮮だなって思っただけ」
「そっか、よかった〜」
いつもは学校の制服。もしくは、遊びに来る時に身につけているパーカーとかジャージとかしか見た事がない。
ファッションにはあまり興味がないのかもしれないが、着飾った姿も個人的には見てみたいと思っていた。
エプロンを着用するだけでここまでの破壊力だとは思わなかったけど。
姫白さんがおしゃれしたら、俺どうなっちゃうんだろう。
「でも、この制服着てるとお揃いって感じでいいよね。ペアルックみたいで」
「いや、それなんか違う気がするな」
その言葉に憧れはあれど、はたしてこれをペアルックと呼んでいいものなのだろうか。
そもそも、バイトの制服コーデなんて聞いた事がない。
「っと、そろそろ時間だ。それじゃ、行こうか」
「うん!」
姫白さんを連れてある所へと向かう。
俺は事前に店長から、初日は姫白さんと一緒に事務所へ来るようにお願いをされていた。
「お疲れ様です」
「お、お疲れ様でしゅ!」
隣で姫白さんが盛大に噛み、恥ずかしそうにしているが今はそっとしておいてあげよう。
俺も初めてのバイトの時は緊張していたから気持ちは分かる。
店内にある事務所へ行くと、店長がパイプ椅子に腰をおろして待っていた。
「おっ! 大路君に姫白さん、お疲れ様」
店長はいつもの明るい笑顔で俺たちを迎える。
「姫白さん、今日からよろしくね!」
「は、はい。がんばります!」
「いやぁ、大路君もありがとう。バイト希望の子を紹介してくれて助かったよ」
「いえ、こちらこそバイト募集の件教えてくれてありがとうございました」
駅からも近いこのスーパーは、バイトが募集されるとすぐに締め切られる事が多いと聞いた。
今回はアルバイターである俺の紹介という事で、姫白さんを優先的に雇ってくれたのである。
「いやいや、大路君には頼らせてもらってる所もあるからね。そのお礼だと思ってくれればいいよ」
店長は本当に寛大な人だ。
俺がバイト先をここに選んだのは正解だったと改めて思う。
「ところで、大路君の紹介と聞いていたけど……」
「はい」
店長は俺と姫白さんを交互に見る。
「もしかして、二人は付き合ってたりするのかい?」
「はい⁉︎」
まさか店長からそんな事を言われるとは。
今までそういう浮ついた話を一度もした事がなかったから意外だ。
「どうしてそう思うんですか!」
「最初は友達と聞いていたから、てっきり男の子かと思っていたからね。それがまさか、女の子だったとは」
「ち、違いますよ。普通に友達です」
うちの店長は社員さんからパートさん、バイトまでの店員に壁を作らず気さくな方なのだが、学生の恋愛事情を話題に出すとは驚いた。
社会人にはアイスブレイクという緊張感を和ませる為のコミュニケーション方法があると聞くが、いくら緊張している姫白さんの為とはいえ、これでは逆に俺の方が緊張してしまう。
逆に姫白さんはというと。
「お、大路君と私ってそういう風に見えるのかな……えへへ」
両手を頬っぺたに置いて小さな笑みを浮かべていた。
唇の動きから何か呟いているみたいだが、何を言っているのかはわからない。でも、どこか嬉しそうにも見える。なんて言ってたんだろう。
「いやぁ、青春だねー」
「……?」
どうやら店長は聞こえていたらしい。
なぜそんな言葉を口にしたのかはわからないけど、何かを納得したようにそう言うものだから、余計にそれが気になった。
しかし、姫白さんに聞いてもそれを教えてくれる事はなく、その後はいつも通りにバイトに励むのだった。
俺も姫白さんみたいに耳が良かったらなぁ……。
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