第4話 シンデレラがお見えになられるそうです
高校生くらいにもなれば、一人暮らしというものに憧れを抱くのは分かる……分かるんだけどさ。
自分が提案した事とはいえ、異性の相手の家に簡単について来ちゃうのもどうなのだろうか。
「えーと、とりあえずどうぞ」
結局他の場所の案も浮かばなかったので、ひとまず俺の家に姫白さんを案内する事になった。
「う、うん。お邪魔します」
玄関に入る姫白さんも、同じ考えなのだろう。
最初は俺の自宅に興味津々だったようだが、玄関へ入ると緊張しているのが分かった。
姫白さんの顔が少し赤い。
まさか俺の家に姫白さんが来るなんて。
今更だが、女の子が自宅に来るなんて生まれて初めてだ。
しかもその最初のお客さんが、あの『お昼時のシンデレラ』と呼ばれている美少女、
そんな相手が来て緊張しないわけがない。
クラスが同じで席も隣同士なのに一度も話した事がなかった彼女と自宅で二人きり。
この状況はなんというか、すごいな。
もうそれ以上の言葉では表すことができない。
「ねぇ大路君。自分から行きたいって言い出してなんだけどさ」
「うん、どうかした?」
「男の子の家に来るのって初めてだから、ちょっと緊張する。あはは……」
玄関で照れ笑いをする姫白さんを見て、思わずドキッとしてしまう。
恥ずかしがる彼女につい心を持っていかれそうだった。
あ、あぶねぇ。コミュ障の俺にとってその表情は効果抜群だ。危うく気絶しかけたぞ。
分かってはいたけど、姫白さんってやっぱり可愛いんだよな。
普段は寝てばかりで、起きていても常に眠そうな顔をしているから、こんなに表情がコロコロ変わる人とは思わなかった。
普段の表情からも可愛さは十分に伝わっていたのに、目が覚めている時は相当だな。
理性を保てているのは、コミュ障とはいえ育ってきた環境が良かったのかもしれない。
「俺も緊張してるよ……」
「大路君も? 自分の家なのに」
「だって、この家に自分以外の人を入れるのは初めてだから」
「初めて……。じゃあ緊張してるのは一緒だね!」
少し安心したのか姫白さんの表情が和らぐ。
俺も早くこの状況に慣れないと。これから少しの時間とはいえ、一緒に過ごすのだから。
……少なくとも今すぐには無理だが。
「それに姫白さんって有名人だから余計に緊張するし……」
「えっ、有名? 私が?」
「うん」
「別に私、芸能人とかじゃないよ?」
「いや、そういうのじゃなくて校内で。というかクラスで有名というか」
「そうなの? あっ、この前のテストで学年一位だったからとか!」
「それもあるだろうけど……」
もっと他に重要な事があるのだが。
どうやら姫白さんは他の生徒からどういう評価をされているのか、この様子だと気づいていないらしい。
「私いつも寝てばっかだからそういう話に疎いんだよね。ごめん!」
「謝る事ないよ。こちらこそ、突然変な事言ってごめん」
そう言って両の掌を合わせて謝罪される。
そうか。普段寝ている事が多いからそういう噂も耳に入らないのかもしれないな。
本人が気にしていないようなら。俺から話す事でもないか。
「思ってたより広いんだね」
「一応マンションだから。間取りは1LDKのまさに一人部屋って感じだよ」
「へぇー、そうなんだ」
「うん……」
今更だけどこれ、俺捕まったりしないよな?
振り返ってみると、行く場所がないとはいえこんな時間にクラスの女子を家に招くのは相当まずい気がしてきた。
「あっ!」
そんな事を考えていると突然姫白さんが声を上げた。
な、なんだ! 俺知らぬ間になんかしたのか⁉︎
「私、手土産とか何も持って来てないや! 普通いるよね!」
「えっ」
姫白さんから告げられたのは、俺が想像していたような内容ではなかった。
よ、よかった。
「気にしないで良いよ。それより、」
そこで俺は、未だに二人揃って靴すら脱いでいない事に気付く。
「立ち話させてごめん。とにかく中へ入ろう」
先行して靴を脱ぎ、今まで一度も使われた事のないお客様用のスリッパを用意する。
「姫白さんはこれ使って」
「うん、わかった」
そうして姫白さんを連れてリビングのテーブルへと案内する。
「部屋、綺麗にしてるんだ」
「特に何かしてるわけじゃないよ。住み始めたのは入学式のちょっと前からだからね。まだそんなに物もないし」
高校に入ってすぐにバイトも始めたから、今のところ休みの日以外は家に帰って寝るだけの場所と化しているため散らかる要素が殆どない。
もちろん、何もない日は掃除に洗濯などひと通りの家事はこなしているからこの二ヶ月ほどで汚くはなっていないはずだ。
「とりあえず、お茶淹れるから。そこのソファでゆっくりしてて」
「ありがとう」
俺はすぐにお茶の準備に入る。
朝にコーヒーを飲む事もあるため、誰かに振舞う事はなくてもそれなりに人様へ出せるくらいにはその辺を心得ている。
今は深夜に差し掛かっているため、目が冴えてしまわないようにここは無難にお茶をチョイスしたわけだが。
「姫白さん、緑茶と紅茶があるんだけど。どっちがいい?」
「うーん。じゃあ紅茶でお願いしようかな。私フルーツティーとか好きで」
「分かった。でもごめん、うちストレートティーしかないや」
「それなら、砂糖多めで」
「了解」
そういえば、さっき姫白さんが買って行ったジュースもフルーツフレーバーの物だったような。
果物系の味が好きなのかもしれない。
やっぱり女の子なんだなとしみじみ感じさせられる。甘い物がそこまで得意ではない俺とは大違いだ。
「さて、じゃあ暇つぶしを始めるとしましょうか」
「そういうのって開始の宣言するものなの?」
「分かってないなー。こういうのは雰囲気が大事なんだよ大路君」
いかにもノリが悪いなー。とでも言いたげな目で姫白さんは俺のことを見る。
こういった事には慣れていないのでそこは許して欲しい。
「まあ、暇つぶしを始めるのはいいけどさ。俺はともかく、姫白さんの方は家の人心配しないの? こんな遅い時間なのに」
すでに時刻は夜中の十時を過ぎていた。
人によってはもう睡眠に入る人もいるであろうこの時間帯に一人出歩くなど、ご両親は心配されないのだろうか。
「あー、うち親が放任主義者だから問題さえ起こさなければ大丈夫。うちの門限は零時までだし」
「そこにもシンデレラ要素があるの?」
「どゆこと?」
「ごめん、忘れて」
姫白さんが夜中の外出を許されている事は分かった。しかし、この現状は大丈夫なのか?
別にやましい事をするつもりなど毛頭ないが、夜中に異性の家に遊びに来るってだけで色々と問題がありそうなものだが。
「とにかく、私も大丈夫だから。門限ギリギリまでは居させて! お願い!」
「そんなに懇願しなくても別に追い出したりしないよ。それよりも気になる事があるんだけど」
「なに?」
「門限は別にしても、姫白さんはいつもこんな遅くに出歩いてるの?」
「あはは……。まあ、うちも色々あってさ」
「そう、なんだ」
本人は笑っているが、心なしか浮かない表情をしている。
話したくない事くらい誰にだってあるだろうし。第一そんなプライベートな話題をするほど俺たちの関係も深いわけじゃない。
だから、それ以上家庭のことに踏み込むのだけは一度やめる事にした。
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