第3話 健全なお持ち帰り?
姫白さんがいなくなった後、数人のお客さんの会計を済ませて今日の勤務は終わりを迎えた。
更衣室での着替えが終わるまで気持ちは落ち着かず、先ほどの姫白さんとの会話を思い出す。
「
入学してすぐの頃、周りが噂していたのが分かった気がする。
でも、姫白さんも制服のままでこんな時間に何してたんだろう。
もしかして、家がこの辺りで普通に買い物に来たとかかな。けど、それなら部屋着とか私服で出歩くよな普通。
「……帰ろ」
俺はそんな疑問を思い浮かべながら、タイムカードを切って店の裏口から外へと出た。
今は夜中の十時頃。この辺りは住宅街と隣接しているから、車の音が聞こえるくらいでこの時間は結構静かだ。
職員用の駐車場を抜け、街頭が照らす路上を歩き家に向けて出発する。
「ふわあ、眠い……」
重くなった瞼を擦る。
やっぱり帰ったらこのまま寝てしまいそうだな。
「あ、
「え、うわっ⁉︎」
駐車場を出たところで、突然声をかけられ腰が抜けそうになる。
「あははっ、驚きすぎだよ」
「ひ、姫白さん!」
「やっほ〜。おつかれー」
駐車場のフェンスの辺りで、姫白さんはしゃがみながらパックジュースを啜っていた。
「えっと、姫白さんがどうしてここに。帰ったんじゃ」
「待ってた。あと少しでバイト終わるって言ってたから裏口で待ってれば会えるかなって」
そういえば、さっき「またね」って言ってたけど、もしかして俺を待つからそう言ったのかな。
てっきり、また学校で、という意味かと思ったら違ったみたいだ。
「待ってたって、どうして?」
「んー、ちょっと暇だったからさ。話し相手が欲しくて」
それを聞いてもあまり疑問が解消された気がしない。
もしこれが、学校にいる日中とかなら分かる。でももう夜遅い時間だ。それで暇つぶしって、普段から彼女はこんな時間に外を出歩いているのか?
「俺は構わないけど……」
「ほんと? やった!」
姫白さんと話せる機会なんて、もしかしたらこれが最初で最後かもしれない。
偶然の事とはいえ、こんなにはっきりと目が覚めている彼女を見るのは初めてだ。
ここは、誘いを快く受ける事にしよう。
「でも、こんなところにいつまでもいたら補導されちゃうよ?」
「あー、確かに。ここら辺で喋ってたらご近所迷惑だもんね。じゃあファミレスにでも行く?」
「いや、変わんなくないそれ」
「なんで?」
「だって俺たち制服だよ」
「あっ」
どうやら、今になって姫白さんは俺たちの置かれている状況がどういったものなのか気づいたみたいだ。
こんな時間に学校の制服を着て出歩けば目立つし、最悪学校まで特定される場合もある。
特に俺は特待生を狙っている身。警察に補導されるなんて事は絶対に避けたかった。
「俺はバイト帰りって理由があるけど、姫白さんは違うよね」
いつも通りなら、真っ直ぐ家に帰るだけだし。たとえ警察に声をかけられてもちゃんとアルバイトの帰りだと伝えれば問題ない。勤務時間も法律に則って決められているのだから。
問題は、姫白さんと二人でいる所を目撃されれば夜遊びしていると思われる可能性がある事だ。
「どうしよう! 私今までそれ気付かないで外出歩いてた! ヤバいじゃん」
おい、マジかこの子。
姫白さんが普段どんな生活を送っているのか知らないけど、この反応は予想外。
でもその口ぶりから、いつも夜に一人で出掛けているのは確実みたいだ。
今まで警察に出くわさなかったのは奇跡としか言いようがないな。
「落ち着いて姫白さん。まずは場所を変えよう」
「う、うん。そうだよね」
今更慌てても仕方がない。ひとまずは周りの目を気にせず話せる場所を見つけるしかない。
姫白さんの誘いを受けた以上は俺も無関係ではないのだから。
「私この辺たまにしか来ないから、よく知らないんだよね」
という事は、姫白さんの家はこの辺りではない……のかな?
「人目を避けれて落ち着いて話せる所とかこんな時間にあるのかな?」
「……あ」
そう聞いた瞬間、その条件に合う場所が一つだけ頭に思い浮かんだ。
「もしかして大路君、どこか良い場所知ってる?」
俺の表情を見て何か感じ取ったのか、姫白さんは距離を詰めて見つめてくる。
「まあ……俺の家、とか」
「えっ」
「ん? ……あ」
姫白さんの反応を見て気づいたけど、今とんでもない事言っちゃった気がする。
話した事もなければ友達ですらない。しかも女の子に対していきなり男である俺の家を提案するのは宜しくなかった。
「ち、違くて! ごめん、今の忘れて」
危なかった。すぐ気づいたからよかったけど、嫌な顔されて引かれたら、流石の俺でも心に突き刺さるものがある。
「……行ってもいいの?」
「はい?」
姫白さんの言葉に咄嗟に言葉を返した。
え、どういう事? これは俺の提案に乗り気って事なのか……。
もしかしたら不適切な発言に警戒されるかもと思ったのだが、姫白さんは俺を試すような事を口にする。
「大路君の家、遊びに行ってもいいの?」
頬をほんのり赤く染めて姫白さんは確かにそう言った。
「いや、それは」
戸惑う俺からの答えを待つように、チラッと俺の様子を窺ってくる。
「ま、まあ姫白さんが良ければだけど」
当然やましい気持ちがあって俺の家を話しに出したわけではない。
現状を考えて条件は悪くないと思っての事だ。
それでも、そんな純粋な瞳で訴えかけられれば駄目とは言えないのが俺の弱いところである。
「でもさ、大路君こそいいの? 私が行くと家の人に迷惑じゃない」
「あー、それは大丈夫」
「なんで?」
「今一人暮らしだから」
「大路君一人暮らししてるの⁉︎」
姫白さんが途端に目をキラキラとさせる。
俺は思った。これはもう完全にうちに来る事が確定したのだと。
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