第5話 友達はシンデレラ


 理由はどうあれ。こんな夜遅くに年頃の女の子が、しかも制服のまま外を出歩くのは十分に危険だ。

 そこに関しては、俺からも意見の一つくらいは言わせてもらおう。


「でもさ、やっぱり危ないと思うよ。女の子一人だと余計に」


「んー、そうかな」


「怪しい人とか危ない人に声をかけられるとか今までなかったの?」


 自覚していなそうだけど、そういう場面に出くわす事はなかったのかと不思議に思う。


 ほとんど寝ている事もあり、学校では普通とは違った意味で姫白さんは有名だけど、同時に彼女の容姿は改めて見てもかなり良い。

 綺麗な茶色い髪に、女の子らしい整った顔立ち。スタイルもいいし、先程から話している時の明るい振る舞いを学校でもしていたら、一躍人気者として目立っていた事だろう。

 そんな彼女が街中に一人でいたら、男の一人や二人声をかけに行きそうなものだと俺は考えていた。


「そういう事はなかったかな。私、いつも静かなところ散歩したり、たまに買い物行くくらいだし。あとは公園のベンチとかでスマホいじってるくらいかな。夜中に外で誰かと話すのなんて大路君が初めてだよ」


「それは……」


 ただただ運が良かった……としか言えないな。

 話を聞く限り場合によっては危険な目に遭っていてもおかしくない。


「何もなくてよかったけど。それでも簡単に他人の家にホイホイついていっちゃ駄目だよ」


 今回は俺が提案した事とはいえ、普通ならこの状況はおかしい。

 普段から仲が良いわけでもないのに、俺の誘いに迷ったそぶり一つせずに即答された時は驚いた。


「他人じゃないよ。大路君は同じクラスだもん」


「えっ、じゃあそれが理由で俺について来たってこと?」


「うん」


 同じクラスだからって、そう信じて良いものなのか?

 確かに赤の他人とは違うかもしれないけど、姫白さんは純粋すぎるというかなんというか。


「同じクラスってだけで男の家に行くのは……無防備にも程があるような」


「大路君なら大丈夫だよ。優しいもん」


「そんな事ないよ。なにを根拠に」


「だって、優しくなかったら家に上げるなんて言い出さないでしょ? それに家についても私に何もしてこないじゃん。それが証拠だよ」


 つまりそれは襲われる可能性の事を言っているのか。

 当然そんな事するつもりはない。

 下心があって家に誘う奴もいるだろうが、俺はことさらそんな事するつもりはないので普通にお客さんとして接しているだけである。


「しないよ。俺だってそのくらいの常識はあるさ」


「やっぱり優しいね……」


 何が優しいのか分からないが、彼女は納得したらしい。


「ちなみに姫白さんはいつから夜中に外を出歩くようになったの?」


 彼女の様子から、そんなに何年も前から出歩いているようには思えなかった。


「高校に入ってすぐからだよ。だからまだまだ夜遊びの初心者ってところかな」


 という事は、ここ二ヶ月くらいか。


 もしかして、姫白さんがいつも居眠りしてるのってそれと関係してるんじゃ……。

 いや、けど夜中の零時に帰ってるとはいえ、睡眠時間の確保くらいはできるよな。

 うーん。まだ彼女については気になる事ばかりだ。


「夜更かしは個人の自由だし良いけど。せめて一人で外を出歩くのは考え直した方が良いと思うよ」


「仲間が必要ってこと?」


「まぁ、そうだね。友達とか」


 友達が一緒でもこの時間に外出するのはあまりおすすめは出来ないけど、一人よりかは幾分マシだろう。


「え〜、でも私友達なんてほとんどいないしなー」


 なんと。姫白さんにも友達があまりいないらしい。

 ……いや、友達がいないと言ってもこの容姿の良さだ。絶対に俺みたいなのと一緒にしてはいけない気がする。


「あっ、じゃあさ!」


 そこで姫白さんが何か名案を思いついたようだ。一気に表情が明るくなる。

 そして、一歩前に出て俺との距離を一気に近づける。


「大路君、私と友達になってよ。それなら問題ないよね!」


 いや大有りだよ!


 ……と、出かかったところで一度冷静になってみる。


 まてよ、俺が友達になる事で姫白さんが危ない目に遭うリスクは避けられるんじゃないか?


 彼女を放っとくわけにもいかないと思ったのは本当だ。助けられるのならそうしてあげたいし、それは命令されたとかじゃなく俺自身の意志でもある。


 それならいっそ友達になってしまうのもありかもしれない。


 ただ、一人の時間。つまり、自主勉強の時間が減る可能性はある。


 しかし俺にとって勉強も私生活も大事だが、そんなの俺の努力次第でなんとでもなるし。俺の性格上、この状況を知って放っては置けない。


「でも、俺なんかでいいのかな。話したのだって今日が初めてなのに。こういうのは女の子同士のが良くない?」


 姫白さんならすぐにでも友達はできそうだけどな。


「ううん。私学校で最初の友達になるなら大路君がいい」


「!」


「友達になるのに時間なんて関係ないよ。ここまでしてもらったんだもん。私は大路君と仲良くなれたらって思ってるよ」


「なっ!」


 おいおいマジか。俺姫白さんにそんな風に思われてたのか。


 今朝姫白さんについて話してた時の俺! 今とんでもない事になってるぞ!


 俺は届く事のない叫びを心の中にしまい込み、初めての感情に嬉しさが込み上げてくる。


 そんな事言われたら、もう断る理由なんてないじゃないか。


 俺は姫白さんへ向き直る。


「どうかな。大路君」


「……うん、分かったよ」


「ほんと!」


 そもそも友達が少ない俺にとっては好都合だ。これ以上に嬉しいお誘いはあるわけがない。


 普段寝てばかりいる彼女と関係を持つは、絶対に難しいはずだ。それなのに、今こうして友達になろうって言われる俺ってどんだけ有難い立場なんだろう。


「うん、友達ってこんな風になるものなんだね。俺、ほとんど友達いなかったからさ。そう言ってもらえて嬉しいよ姫白さん」


「やった! じゃあ決まりだね。改めてよろしくね大路君」


「う、うん」


 そう言って差し出された手を取って、俺と姫白さんは握手を交わす。


「それで、事は相談なんだけどさ」


 手を繋いだまま、姫白さんは僕の目をジッと見た。

 なんだろう。嬉しいはずなのに少し嫌な予感がする。


「これからも、できれば頻繁に大路君の家に遊びにきてもいいかな?」


「えっ」


 姫白さんは人差し指で部屋の床をちょんちょんと指してとんでもない事を言い出した。

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