第6話 シンデレラは常連客になるそうです


「頻繁ってどれくらい?」


 友達の家に遊びに行く事自体は別に不思議じゃない。

 異性同士っていうのは少し意識してしまうけど、今はそれを省かせてもらおう。


 問題は、頻繁にというのが姫白ひめしろさんにとってどのくらいの頻度かということだ。


「えーっと、できれば沢山」


 それはもう、遠回しに毎日と言っているようなものでは?


「つまり、たまに来るとかじゃなくて通いたいって事?」


 今までしていた外での暇つぶしを、俺の部屋でしたい。

 彼女の言葉の意味にはそういうのも含まれていると俺は思った。


「うん、正直にいえばそうなる……かな。友達になってすぐこんなお願いするのもどうかと思うんだけど」


「まあ、流石に驚いたよ」


「だよね、いきなりこんなこと言ったら誰でもそうなるよね。でも、大路君のいう安全な場所って言ったらもうここしかないと思って、つい勢いで言っちゃった」


 彼女には現状、自宅を除いた行き場所。頼れる人がいないという事か。

 ここまで言うのならそうに違いない。


「そりゃあ俺の家は安全だけど。俺しか住んでないからね」


「私も一人暮らししたいと思った時期はあったよ。でもうちの家庭じゃ現実的に無理だし。誰かの家に行くとしても一緒に住んでる家族だっているから」


 姫白さんの言おうとしている事は分かる。

 家族で暮らしている家庭なら親の目もあるし、頻繁に遅くまで家に置いてもらうなんて事、普通なら許されないだろうな。


 その結果導き出されたのが、俺の家か……。


「けど通うって。俺と姫白さんだってまだそこまで親密な関係ってわけじゃないしさ」


「確かに友達になったばかりだけど……」


 悪いとは言わないが、俺にだってプライベートというものが……。それこそ勉強の時間とか。


「駄目かな……? もう大路おおじ君くらいしか頼れそうな人いないんだ」


「……っ!」


 それを聞いて心が揺らぐ。

 小動物のような瞳で俺に訴えてくる。


 頼られるなんて事、今までの人生の中でほとんど無かった。


 俺も彼女同様に、何度考えても現状を打破し彼女の意志を尊重した時間を潰せる場所なんて、ここ以外では思い浮かばない。

 それならいっそ、俺の家を提供するのも一つの手かもしれないな。


「他に心当たりある場所があるなら話は変わるけど」


「……ありません」


 逆転を諦めた棋士のように俺は頭をがくりと下げる。


 姫白さんも「だよね」と口を動かした。


 日中ならまだしも、夜中に長時間居れる安全な場所なんて家しか思い浮かばない。


 一番良いのは大人しく自宅へと帰ることなのだが。

 毎日一人で出歩くと言うことは自宅には居たくないという事、なんだろうな。


「もちろん大路君が良ければだよ。これは私の我儘だし迷惑な事も分かってる。だから、大路君が本当に駄目だって言った時は諦めるし、もう来ない」


 姫白さんの目は真剣だった。


 正直、そこまで言われてしまうと俺は彼女を拒む理由など全く見当たらなかった。

 他に頼るところがあれば別だったけど、そうも言っていられないみたいだしな。


 俺が思っている以上に、本人の事情は大きなものみたいだ。


 断ればきっと、彼女は安全な場所を探す為に夜の住宅街や外を出歩く。それしか選択肢はなくなるんだ。

 行く場所のない暇つぶしには限界がある。

 今まで危ない目に遭っていなかったのも本当に運が良かっただけなんだ。


 俺が断れば、彼女が安全な場所を探している事を利用して手を出す輩が出てこないとも限らない。


「……姫白さんはもっと自分を大切にするべきだと思う。本当なら夜は自宅にいるのがやっぱり一番だよ。安全だからね」


「そう……だよね」


「俺だってバイトがあるからずっと放課後一緒にはいられないし」


「うん……」


 姫白さんがこうまでして言うくらいの理由が、彼女の家庭にあるのは今までの会話で察しがつく。


「でも、」


 たとえこれが利用されるような形だとしても、別に悪用されるわけではない事はわかっていた。

 それに、これ以上姫白さんを放っておく事など今の俺には。友達になった俺にはもうできなかった。


 助けになりたいと、思ってしまった。


 俺の続きの言葉を聞いて、姫白さんは目を見開く。


「行く場所がない時は俺を頼ってほしい。夜外に出るなとは言わない。頼ってくれれば暇つぶしの相手くらいなら全然やるし、俺と一緒なら何かあっても守る事だってできる」


「でも、大路君バイトがあるって」


「あるよ。だけど、俺がいないと部屋に上がれない訳じゃないよ」


「えっ……」


「バイトで居ない間は部屋の鍵を貸すよ。もちろん一言言ってくれればだけどね」


 俺にも生活があるわけだから。バイトを辞めるわけにもいかない。

 でも、鍵を貸しさえすればそれは解決される。


「鍵って、そんな」


「友達になろうって言ったのは姫白さんだろ。それなら友達としてできる事をやるよ。ただ、姫白さんにはもっと自分を大切に、守れるようにする努力はしてほしい……かな」


 暇つぶしのため、じゃなくて自分を危険から守るために俺を頼ってくれるのなら俺はそれに全力で応えるだけだ。


「それは……、お人好しすぎるよ大路君」


「そんな事ないよ」


「ふふっ、大路君らしいね。……でも嬉しい。本当にありがとう」


「…………」


 潤んだ瞳で見つめられ、俺は視線を逸らす。

 顔が熱い。慣れない事をしたせいで身体が拒否反応を起こしているみたいだ。


 お人好し……か。

 その言葉は、昔よく言われてたっけ。


「それで、どうするの。俺との約束を守ってくれるのなら――」


「うん、わかった。大路君との約束、守るよ」


 俺が言い切る前に、姫白さんは強く頷く。

 その表情は日が差したかのように明るい。

 迷いが晴れたそんな顔だ。


 そしてまた、俺の手を強く握って握手を交わす。

 まさに決意表明。いや契約成立とでもいうのだろうか。

 それくらいに姫白さんの手からはそんな感情が伝わってきた。


「……あっ、でももう一つだけ条件付けさせてほしいんだけど」


 俺はふと思い出して、約束事を付け加える。


「えっ、なに? もしかして入場料とかいる感じ?」


「そんな事はしないよ。ていうか受け取れないし、受け取らない」


 姫白さんのような美少女にお金を払わせたりしたら俺の方がどうにかなってしまいそうだ。


「じゃあ、条件ってなに?」


「それは……」


 俺自身、そして姫白さんにも大切な事だ。


「親御さんに行き先を伝えること。俺の名前は出さなくてもいいから、友達の家に遊びにいく事くらいはちゃんと連絡を入れようね」


 男の子の家に、なんて言ったら姫白さんのご家族にどのように思われる事か。

 しかも、こんな夜分遅くまでいるのなら変に嘘をつく方が面倒な事になってしまうからな。

 お互いの都合のためにもそういうことはちゃんとするべきだ。


「んー、了解。ちょっと待っててね」


「えっ、このまま?」


 俺の手をぎゅっと握りしめたまま、姫白さんは空いている方の手でスマホを操作する。


 握られたこの手はいつ離してくれるのだろう。

 今更だけど、手汗とか大丈夫かな。


「あっ、返信来た! OKだって。ほらっ」


「え?」


 そう言って姫白さんにスマホの画面を見せられる。


 麻帆『これからクラスの友達の大路君の家で遊んでから帰るね。大路君の家からは了承済み』


 お母さん『相手は男の子かしら? 遅い時間なんだからあまり無理言って迷惑はかけちゃだめよ。帰りも気をつけてね』


 姫白さんに見せられたのは、今の状況を伝える簡単なやり取りをしたメッセージチャットだった。


 それより、思いっきり俺の名前出とるがな。


 これでは少し素直に伝えすぎではないか。

 確かにその通りではあるのだが。しかも、お母さんの方も男だって事に気付いているようだし。


 でもその心配とは裏腹に文面を見れば、確かに姫白さんのお母さんからの許可は降りてしまったらしい。


 放任主義って言ってたけど、チャットの字面から普通に良い人そうなお母さんだ。

 帰りが遅いのを許しているのは寛大な親御さんという事なのだろう。


「ね! これなら大丈夫……だよね」


 確かめるように俺の顔をジッと窺う。


 そうか。これだけの条件が揃ってしまえば、後はこの家の家主である俺の言葉を待つだけか。


「……うん、いいよ。ちゃんと許可もおりたことだし」


 報連相の大事さはテレビで偉い人が語っていた。

 それさえ守ればとりあえずなんとかなるのだそうだ。


「ありがとう大路君」


 まるで無邪気な子供が喜んでいるように、俺の手を握る手を激しく上下に振る。


「大路君が一緒だと楽しいし、明日からがもっと楽しみになるよ!」


 そんなウキウキとした顔をされてもな。期待に応えられるかは正直わからない。

 今のところ俺にできるのは場所の提供と話し相手になるくらいだ。


 いきなりの申し出に戸惑いはあれど、俺と姫白さんの関係はただのクラスメイトから友達へと進展する事になった。


 ――あれ、ちょっと待って。


「え、明日?」


 今、ナチュラルに明日と言わなかったか。


「うん。また明日も遊びに来てもいいかなっ」


 そうして姫白さんと俺は、明日もこうして会う事を約束する事になるのだった。

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