第31話 甘い雰囲気

 

 麻帆まほが部屋を出た後、拓也たくやは通常通りの声の大きさに戻り俺に言った。


真人まこと姫白ひめしろさんが前から仲良かったのはわかったけど、いつもあんな感じなのか?」


「あんなって……。普通に会話してるつもりだけど」


「そうなんだけどさー。なんかその、雰囲気っていうかさ。あの甘い空気感に触れる俺の気持ちにもなってくれ」


「そう言われてもなぁ」


 好きでそういった空気にしているわけではないから、俺にはどうする事もできない。

 むしろ、普段通りと言っていい。


「友達にしてはお前ら仲良すぎなんだよ。家に通うなんて普通なら恋人以上の関係だろ」


「それは確かにそう」


 俺も百も承知で今の関係を続けている。

 だから、拓也の言うことは十分にわかる。


「彼女がいる俺ですら家に初めて行ったのが最近だっていうのに。これで付き合ってないなんて反則だろ」


「へぇ、拓也はそういうのあるんだ」


「ま、まぁな。つか、今俺の話はどうでもよくてだな!」


 俺はどちらかというと、招いているだけであって、麻帆の自宅に遊びに行ったことはない。

 それなら、断然恋人同士で家にまで行った経験のある拓也の方が進んでいると思う。別に張り合うつもりも全くないが。


「あのさ、俺も拓也と話してて気になることがあるんだけど」


「この後に及んでなんだよ」


「そんな嫌そうな顔しないでよ……」


 まるで、食べ放題の後に大盛りラーメンが出てきたかのようなしかめた顔を向けられた。


「はぁ、まぁいいけどさ。んで、なにが聞きたいんだ?」


「どうして、俺たち二人が居るところを見るだけで付き合ってるんじゃないかとか思われるんだろう」


 前にもバイト先の店長が俺たちの事を勘違いしていた。

 事情を知らないであろう店長が、俺たちを見てそう思う理由が浮かばず気になっていた。


「他の人にも言われた事があるんだけどさ。家に通ってることも知らないはずなのに」


「お前、人を見る観察力はあるくせにそういうのに疎いのな」


「どういうこと?」


「だから空気なんだって。正直、お前たち見てると中学の頃から付き合ってる俺たちよりも恋人っぽく見えるぞ」


「いや、そんな事はないだろ」


 拓也はそういうけれど、実際俺たちに交際している事実はない。

 確かに友達以上の関係性であることは認めるけれど。


「そんな事あるんだよ! じゃあ聞くけど、二人でいる時はどんな事してるんだよ」


「別に、普通だよ。お喋りしてゲームしてご飯食べて。たまに一緒に勉強するくらいで」


「やっぱり基本二人で何かしてるんだな」


「え、うん。変かな? 一緒の部屋に居るから自然とそうなるんだけど」


「変っつーか、なんて言えばいいんだろうなこれ」


 なんとも言えない微妙な表情を浮かべる拓也。


「完全にお前らがやってるのは、お家デートなんだよな」


「はい?」


 ぽつりと呟かれた言葉に耳を疑う。


「デートなんてした事ないよ」


「デートって言っても家でのデートな。異性の家でそれだけ仲良いことしてれば歴としたお家デートなんだよ」


「そういうもの?」


「そういうものだ。てか、これだけ一緒にいてデートもしてないのかよ」


「だって、付き合ってるわけじゃないし。麻帆とそういう話はした事もない」


「二人とも奥手だなぁ……」


 拓也が何か呟いたけど、はっきりとは聞こえなかった。


「一回くらい誘ってみたらどうだ? これだけ仲良かったら断られないと思うけどな」


「そうかな?」


「お前は姫白さんと遊びに出掛けてみたいとは思わないのかよ」


 デートか。まぁ、麻帆としたいかと聞かれたらしてみたいけど、麻帆はどう思うかな。


「まぁ、気が向いたら」


「ヒヨったな」


「うるさいよ」


 拓也に見透かされたような気がして、少しカチンときてしまった。


「でも、二人で勉強とかしてるのか」


「うん、たまにね。お互い苦手科目がバラバラだから、凄く勉強になるよ」


 話題を戻して普段している事について説明する。


「……俺も混ざろうかな」


「えっ」


 俺の話を聞いて拓也がそんな事を口にした。


「ほら、学年順位二強の二人に教えられたら俺も順位上がりそうじゃん」


「あ、ああ。そういう事か」


 そっか、そう思ってもらえるのはいい……のかな。

 でも、なんでだろう。この少しだけ嫌な気持ちになる。


「……ぶっ」


 胸に突っかかる気持ちがなんなのか、確かめるように下を向いていると、拓也が肩を振るわせる。


「ははははっ!」


 拓也が急に笑い出した。


「た、拓也?」


「ひひひっ、そんな顔しなくてもいいだろ」


「あっ……」


 俺、声に出したつもりはなかったけど。そう見えてしまったらしい。


「はははっ、冗談だよ。俺だって彼女いるし、彼女がいない所で他の女子と勉強なんてしてたら嫉妬されちゃうからな。お前みたいに」


「嫉妬なんて……、」


「してたよ。顔見ればわかる」


 ……あ。もしかして、さっき少し嫌な気持ちになったのはそういう事なのだろうか。

 嫉妬か……。これがそうなのか。

 こんな気持ち、初めてだからわからなかった。


「それに、俺がお邪魔しちゃったらお前にも良い顔されないだろうからな」


「そんな事……ないよ」


「いいや、するね。だってお前、姫白さんのこと好きだろ」


「……どうしてそう思うんだよ」


 急に真面目な顔で拓也は俺を見据えたように続ける。


「見てればわかるよ。お前は意外とわかりやすいからな」


「わかりやすいって?」


 そんなにもわかりやすいのだろうか。

 自分ではわからない物だな。


「だって、さっき俺が一緒に勉強混ざりたいって言ったら今までで見たことないくらい嫌そうな顔してたぞ」


「そ、そんなにか」


「めっちゃ面白かったけどな」


 くひひっ、と悪戯な笑い声を出して笑われる。


「後は……そうだな。お前が姫白さんに向ける優しい言葉とか笑顔とか、そういうの全部ひっくるめて学校にいる時とは全然違うんだよ。だから、ここに来て一番にそれがわかったよ」


「…………」


 俺は拓也に確信をつかれ、何を言葉にすればいいかわからなくなる。


 うん、でも拓也が言うことは正しい。

 俺はもう、とっくに麻帆への想いには気付いていた。

 俺が麻帆を可愛いと思ったり、笑顔を見て胸が高鳴るのも同じ理由だろう。俺が彼女に抱いている感情は――。


「……そうだね。うん、そうだよ。俺は麻帆の事――」


 ガチャ。


『えっ』


「ごめん! 財布忘れた〜」


 俺が覚悟を決めて言葉にしようとしたその時、玄関の扉が開かれた。


 どうやら財布を忘れたことに気づいた麻帆が引き返してきたらしい。


「……続きはまた今度だな」


「……うん」


「けど、いつまでもこのままってわけにもいかないんじゃないか? 姫白さん可愛いからな」


「……わかってるよ」


 それを最後に、俺も拓也も、それ以上はこの件の話はしない事にした。


 麻帆の良さに気付く人は、この先きっと出てくる。

 隣にいるのが、もし俺じゃなくなったらと考えると心が凄く苦しい。このままじゃ駄目なのは、俺が一番わかっている。

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