第30話 いつも通りの日常?

 

「ふふんふふん、ふふーん」


「…………」


 次の日の昼頃、お互いバイトのシフトが入っていないのもあって麻帆まほは朝から俺の家に遊びに来ていた。

 そして、今はすごく上機嫌に鼻歌を歌いながら洗い物をしてくれている。


 この前、俺が夜以外にもいつでも来てくれて構わないと告げた事もあって、今日はお昼前に俺の家を訪ねてきたのだ。

 もちろん、事前に連絡を受けたから問題なく快く了承した。


 だが、今日はいつもと違かった。なぜなら、来客はもう一人いる。


「ご機嫌だな姫白さん」


「うん、今日はいつになく楽しそうだよ」


「ふーん。……んで? 何がどうなってこうなったかを説明してもらおうかー真人まこと


「やっぱり話さなきゃ駄目?」


「あたりめーだろ!」


 テーブルを挟んで目の前に座るのは、俺の唯一の男友達でありクラスメイト。皆口拓也みなぐちたくや


 実は昨夜、麻帆と自宅に帰った後のこと。夜八時頃に拓也から電話があった。

 薄々勘付いてはいたけど、やはり麻帆との事について知りたいとの事。


 その場にいた麻帆に聞いたところ、家に居たくない詳しい理由。つまり、お姉さんやお父さん。家族の件さえ伏せてくれれば、全然構わないとの事で、こうして俺との関係について話す時間を作ったのだ。

 拓也が求めているのはプライベートなその件なのだが、本人が嫌と言うなら仕方ない。そこは拓也に納得してもらうほかないだろう。


 まさか、麻帆が拓也が来る事を聞いてもなお、遊びに来たいと言い出すとは思わなかったけど。


「拓也の家も意外と近かったんだね」


「ああ、俺もお前から住所送ってもらった時そう思ったよ……って、話を逸らすな!」


 拓也を家に呼ぶのは初めてだが、拓也の家は俺の家から最寄りの駅で二駅ほど離れた所にあるようで。そこまで時間は掛からないみたいだった。


 ちなみに、今日は部活が休みなようだ。

 そんな貴重な休みを使ってわざわざ俺の家に遊びに来るなんて、とんだ暇人め。


「前置きはいいから教えてくれよ。俺が聞きたい事わかってるだろ?」


 拓也は大事な友達だし、何かと相談にも乗ってもらった。

 俺にとって、これから話す事くらいは知ってもらっても問題ないくらいに値する人物でもある。


「やっぱり気になるよな……」


「だって、あの姫白さんだぞ! 学校にいる間はほとんど寝てて、普段は誰とも話さない、あの!」


「あー、うん。そうだよね」


 俺も最初の印象はそうだった。

 俺の現在の麻帆のイメージは、もはやその面影すら残っていない。完全に可愛い一人の女の子と化していた。


「全然お前ら教室で絡んでなかったじゃんか。それなのに昨日のあれは、さすがに気になるだろ。ここ数日で仲良くなったようには見えなかったぞ!」


 拓也は俺にだけ聞こえるように、キッチンにいる麻帆の様子を窺いながら俺へと問い詰める。


「それにまず、姫白さんが居るなんて聞いてねー!」


「今日はツッコミが多いね」


「それどころじゃないからだ!」


「ごめん、ごめん。今朝麻帆から連絡あってさ、今日も来たいって言うから」


「今日もって……、いつも遊びに来てるのか」


「まぁ、ほとんど毎日」


「毎日⁉︎」


 少し濁したが、俺の家に初めて来てからずっと、麻帆は通い続けている。


「お前、姫白さんに甘すぎないか?」


「そうかな。でも、 別に聞かれてまずい話をこれからするわけじゃないだろ?」


「ま、まぁ、本人だからな。それは確かにそうだ」


 身を乗り出していた拓也は背もたれに再び背中を預け、改めて言った。


「それで、姫白さんとはいつから友達になったんだよ」


「六月の頭くらいかな」


「いつの間に……」


「麻帆は自分の家にいるのが嫌いみたいで、夜にうちのバイト先周辺を彷徨いてたところを俺が家に来ないかって誘ったんだ。夜遅くて危ないと思って」


「まじか。お前から誘ったのか」


「だって、放っとけなかったから」


「まぁ、お前ならそうするかもな。ていうか、ほんと俺の知らないところで色々と起きてんな!」


 あの時は、麻帆が裏口で俺のバイトが終わるのを待ってたんだよね。

 今思えば、それがなければ今こうなってなかった事を考えると、まさにターニングポイントだ。


「家に通うようになったのも、それがきっかけだよ」


「って事は、ここ一カ月ちょっとの話か。にしても仲良いな、家に毎日来るなんて普通の友達超えてるだろ」


「俺しか住んでないし、互いに了承しての事だから」


「前から思ってたけど、ほんとお人好しだよな真人って」


「よく言われるよ」


 麻帆にも、それに、もよく言われていた事だ。


「けど、姫白さんが自分の家に居たくないっていうのは少し気になるな」


「まぁ、そこは色々あるんだけど。麻帆のプライベートな事もあるから詳しくは言えない」


「なるほどな。本人が言いたくないなら仕方ねーな……」


「ごめん」


「謝る事じゃないだろ。それに、その口ぶりだとお前はその辺の詳しい事情は知ってるんだろ?」


「う、うん」


「よっぽど信用されてるんだな」


「ははっ、だと良いけどね」


「相変わらず謙虚だなお前は……」


 そう言って、拓也は俺の目をジッと見てから麻帆の方を見た。


「ん、どうかした?」


「いや、お前ら二人の時は名前で呼び合ってんのな」


「ああ、まぁね」


 それは昨日からだけどな。

 拓也が部屋に来てからまだ少ししか経っていないが、その時間の間で俺たちの様子も見ていたようだ。


「真人君! お茶無くなったみたいだから、ちょっと買い物してくるね」


「えっ、それなら俺も」


「ううん、平気。それに皆口君もいるんだから真人君は家に居て。私一人で行って来る」


「わかった。じゃあ、気をつけて」


「うん! いってきます」


 俺は急いでリビングを出る麻帆を見送った。

 もしかしたら、気を遣ってくれたのかもしれないな。


 じー……。


「……なんだよ」


 俺が扉の方に手を振るのを何か言いたげな顔で拓也が見ていた。


「お前らなんなの。もう結婚でもしてんの?」


 拓也がジト目でそう言った。


 確かに俺も半同棲的な生活を送ってるなとは考えた事がある。

 二人でいる時は意識しないいつものことでも、周りから見たらやっぱりそういう関係に見えてしまうのだろうか。

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