第29話 俺たちの関係
翌日。週末最後のHRを終えて放課後の時間となった。
「しゃー! 今日も終わったー!」
前の席に座る拓也が両腕を挙げる。
「真人は今日バイトか?」
「いや、今日は休み。拓也はこのあと部活?」
今日は俺も姫白さんもバイトがない。
この後の放課後は、いつも通り俺の家に姫白さんが遊びに来る予定だ。
「おう、明日練習試合だからな。それに向けての調整だ」
「そっか、頑張って。じゃあ、俺は帰るかな」
姫白さんはいつも着替えてから来るから先に帰って準備をしとこう。
洗濯物も取り込んでおかないとな。
「大路君」
席を立ち上がったところで、隣の席に座っていたはずの姫白さんが声をかけてきた。
拓也や他の生徒のいる前で、だ。
「えっ、姫白さん……?」
軽く寝癖のついた栗色の長い髪を揺らした姫白さんは俺に近づいてくる。
その様子を見ていた拓也と周囲にいた生徒たちは、驚いた顔で俺たちに視線を注ぐ。
「一緒に帰ろ?」
「えっ、でも」
「駄目?」
上目遣いでそう言われ、顔が熱くなる。
そんな目で見られたら、断れないだろ。
「駄目じゃ……ないよ」
「じゃあ、帰ろっか」
「あ、うん……ん⁉︎」
ごく自然に俺の左手に姫白さんの右手が絡む。柔らかい手からは、しっかりとした温もりが伝わってきた。
まだ眠いからなのか、姫白さんの体温が心地いい。
いや、今はそれよりも。クラスから向けられる視線が痛い。
「ほら、行こうよ」
「姫白さん、見られてるよ!」
「えっ、うん?」
何か問題でも? という顔で俺の手を引く姫白さんは、いつもの笑顔でこう言った。
「大路君、いつも先に帰っちゃうんだもん。本当は前から一緒に帰りたかったのにさ」
「そ、そう」
俺たちの会話が聞こえたのか、すれ違う生徒全員がポカーンとした顔で俺たちを目で追った。
まだ理解が追いつかないようで、クラスは静寂に包まれたままだ。
「お、おい! 真人!」
唯一、拓也だけが俺を呼び止めたがすでに教室を出たところだったため、返事をする事が出来なかった。
拓也、ごめん。
「私、学校だと頭回ってないし。でも、今日はいつもより平気なんだよねー。なんでかな?」
学校を出て歩いていると、隣を歩く姫白さんが言った。
もしかして、昨日の夜俺の家で少し寝たのが理由かもしれない。確かに普段よりも午後の授業は集中しているようにも見えた。
「昨日、大路君の家で少し寝ちゃったからかな?」
それは姫白さんもわかっていたようだ。
少しでも睡眠時間が増えるだけでもだいぶ違う様子なのが窺える。
「姫白さん、その、手が」
「手? 手がどうかしたの?」
「……いや、なんでもないよ」
学校を出た後も、当たり前のように手を繋いできた姫白さん。
恥ずかしいという面を除けば断る理由はない。個人的にも嬉しいので、このまま繋いだままでいたいが、男女が手を繋いでいると目を引くようで校門を潜るまでは視線を感じたままだった。
……明日はきっと、クラス内で噂で持ちきりだろうな。
あー、ついにバレてしまった。
隠していたわけではないけど、まさかこんな形で周囲に俺たちが友達である事が広まってしまうとは。
「なんか、さっきクラスの人たち変だったね。ずっと黙って私たちの事見てたけど、なんだったんだろう」
「あっ、気付いてはいたんだね」
「うん」
「姫白さんは有名だから」
「そういえば、前にもそんな事言ってたね」
初めて俺の家に来た時、少しだけその話をした事を今でも覚えている。
「いつも寝てるからかなー。それとも、寝てるのにテストの結果が良かったから?」
「それもあるだろうけど、姫白さんが可愛いからだと思う」
「可愛い⁉︎ 私が!」
驚いた顔で自分の指を指す姫白さん。
俺からしてみれば、その仕草すら可愛く感じる。
「へ、へぇ、大路君も……そう思う?」
「えっ、……うん可愛いと思うよ?」
「そ、そっか。えへへ、そっか」
嬉しそうにはにかみ顔を紅潮させる姫白さん。
やっぱり女の子は誰かに可愛いと言われると喜ぶみたいだ。現に姫白さんはすごく可愛いけど。
でも、この可愛さがより周囲に知られたと思うと少し複雑だ。教室であんな風に喋る姫白さんは、クラスメイトたちからしたら珍しいだろうからな。
さっきの姫白さんは、俺の家に遊びに来た時と殆ど変わらない振る舞い方だった。
たぶん、彼女のギャップに惹かれた人はいるはずだ。
「ね、ねぇ。大路君、一つだけ我儘言ってもいいかな」
「我儘? 姫白さんの頼みならなんでも聞くけど」
「そのさ、姫白さんっていうの。そろそろやめない?」
「えっ、」
「名前で呼び合いたいっていうか。呼んでもらいたい……です」
なぜ敬語? と、言いたかったが、なんとなくその気持ちはわかる。
その証拠に、姫白さんの顔は赤かった。
恥ずかしくなると自然と敬語で話してしまうのは俺も同じだから。
「で、でも」
「前に、お母さんの事。妃咲さんって、名前で呼んでたじゃん」
ムスッとした顔で姫白さんは口を尖らせる。そんな顔も可愛い。
ていうか、やっぱりこの前の会話聞いてたのか。
姫白さんって案外地獄耳なんだな。
けれど、名前呼びか……。確かに、そろそろ良いかもしれないな。毎日家にまで招いている相手を苗字呼びし続けるのも、距離があるみたいだもんな。
「本当にいいの?」
「うん、呼んで欲しい」
「じゃあ、麻帆……でいいかな」
少しこそばゆい感じがした。
女の子を名前で呼ぶのってこんなに緊張するものだっけ?
「……」
「あ、呼び捨てじゃない方がいい、かな?」
苗字ならともかく、友達を名前にさんを付けて呼ぶのはちょっと変だし、ましてやちゃん付けなどで呼べるはずもない。
そのため、呼び捨てで呼ばせてもらったのだが。
「う、ううん、そんな事ないよ……。真人、君」
「っ!」
その瞬間、身体に電撃が走ったような気がした。
な、なんだこれ。身体は熱いし、心臓もドキドキしてる。急性の風邪か?
いや、たぶんこれあれだ。うん、あれだよな。
俺は自分の中で納得の答えを導き出す。
「えへへ、なんか嬉しいな。もっと真人君と仲良くなれたみたいで」
「う、うん。俺もだよ」
「これからもよろしくね。真人君」
「こちらこそ、麻帆」
俺と姫白さん――いや、俺と麻帆は手を繋いだまま、二人で俺が住むマンションへと向かった。
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