第28話 シンデレラの過去 2
下を向く彼女の頭をそっと撫でる。
「えっ、大路君?」
「偉いね。姫白さんは」
俺を見上げる姫白さんの頬の色は赤くなっていた。
「今まで我慢して抱え込んでたんだよね」
かける言葉が見つからなかった俺には、これくらしいかできない。
俺の両親も、本当の親ではないけれど俺への愛情は一般の親子にも負けないくらいに注いでくれて、大切に育ててくれた。
もちろん、俺が何かに悩めば話を聞いてくれた。一人暮らしの件も最後は応援してくれたし、力にもなってくれた。
そんな二人の支えがあったからこそ、俺はここにいる。
……でも、姫白さんは頼れる人がいなかったんだ。
いや、正確には頼れなかったか。
心配をかけさせまいと、母親の妃咲さんにも明かさずに生きてきた。それがどれだけの事か、俺には想像がつかない。
でも、寂しい気持ちくらいなら俺にも少しはわかる。
俺が姫白さんに干渉するのは、不躾な事かもしれない。
それでも、認められるかよそんなの。
彼女の頑張りを評価する人が誰一人いないなんて、おかしいだろ。
決めたんだ。俺は、姫白さんに頼ってもらえる人でありたいと。
「……私、偉くなんかないよ。ただ臆病なだけ」
「そんな事ない」
「どうしてそう言い切れるの?」
「姫白さんは強いよ。自分の弱みを周りに見せずに、一人で抱え込み続けるなんてさ、普通はできないよ」
俺もそうだった。
初めて親だと思っていた二人が本当の両親じゃないと知った時、知らないふりなんてできなかった。
だからこそ、俺は二人に真実を聞いたのだから。
「でも、結局大路君に吐き出しちゃったな……」
「それは悪い事じゃないよ。むしろここまで我慢してたのは十分に凄い。けどね、溜め込んだままじゃ、いつかきっと姫白さんが壊れちゃう」
「……大路、君」
今にも決壊してしまいそうな涙を浮かべる彼女の寂しそうな瞳。
俺はまっすぐに見つめた。
「じゃあ、私はどうしたら」
「頼ってよ」
「……え」
「最初に言ったでしょ。行き場所がないなら俺を頼ればいいって」
俺が彼女の支えになる。
姫白さんのお母さん。妃咲さんと話してそう決めた。
でも、今は頼まれたからとかじゃなくて俺自身がそうしたいと。ずっと前から答えは決まっていたんだ。
「でもそれは、大路君の部屋に通う時の条件で」
「……うん、最初はそうだった。暇つぶしのために部屋を提供する。けど、今は違う。これは俺の勝手だけど、姫白さんの全部……。全ての力に俺はなりたいんだ」
まさに、前言撤回だ。
「お腹が空いたら料理だって作るし、テストで良い点を取ったら褒める。嫌な事があれば悩みは聞くし、たとえバイトで失敗しても相談にだって乗ってあげたいんだ。……って、それは甘やかしすぎかな」
姫白さんが鼻を啜る音が聞こえた。
「そんなっ、こと、……ひぐっ」
彼女の泣き顔に、心が痛くなる。
けれど、これが今の俺の本心でもあった。
「毎日一緒にいて、ご飯も食べて。今はバイト先も一緒なんだ。少し甘えるくらい、恥ずかしい事じゃないんだよ」
「……ひくっ、大路……くん」
今まで溜め込んでいた気持ちが、涙と一緒に溢れる。
姫白さんが隠してきた気持ち。
俺がそれを引き出してしまった。
「こう言い張った以上は責任を取るよ。放課後や夜だけに限らず、都合が合えばいつでもおいでよ。大したもてなしはできないけどさ」
「えぐっ……」
嗚咽を漏らしながら、彼女は首を振る。
「姫白さんが別の時間にも部屋に来たいって言えば、だけど。もちろん強制はしない」
姫白さんは今まで夕方より前に家へ遊びにきた事がない。
平日は学校にいるけれど、休日は外を出歩いている。
俺も勉強があるし、そこまで気を遣うのも変かと思って何も言ってこなかったけど。俺が言った事にはそれだけの覚悟があった。
「……でもっ、迷惑、かけちゃうよっ?」
「良いんだよ。姫白さんはもっと人に甘える事を知るべきだ。限度はあるけど、俺も出来るだけのことはするからさ」
正直、姫白さんからの迷惑ならドンとこいだ。
「それで、どうする。 姫白さんはどうしたい?」
「お、大路君に、その……。話、とか聞いてもらいたい。もっと、頼らせてほしいっ」
「うん! わかったよ」
俺は、慰めるように彼女の頭を軽く撫でる。
まるで幼子をあやすように。何度も、何度も。
「……して」
「ん?」
何やら小声で呟く姫白さんに俺はもう一度聞く。
「ぎゅーってして」
「はい⁉︎」
ぎゅーとは? ぎゅー?
ってあれか、抱きしめるってことか!
「い、いやいや! さすがにそれは」
「甘えていいって言ったじゃん」
「うぐっ」
確かにそうは言ったものの、まさかこういう甘え方をしてくるなんて思わなかったからな。
「はい」
姫白さんは両腕を広げて迎え入れる体制を取る。
「ほ、本当にいいの?」
「うん!」
俺としては願ってもないこと……。いやこんな時に不謹慎だよな。
姫白さんが求めてくれるなら否定はしないけど。どうして、突然そんなお願いを。
「早く〜」
「う、うん。わかったよ」
俺はそうして、姫白さんを抱き寄せる。
「こ、これであってる?」
「……うん」
身体を密着させることで姫白さんの暖かさと柔らかさが伝わってくる。
「……すぅー」
「え、何してんの?」
俺の耳元から姫白さんが息を吸う音が聞こえる。
「んー? 大路君の匂いがするなぁって」
「それはこの距離だし。ていうか、さすがに恥ずかしい……です。それにバイトの後だから汗臭いかも」
「ううん、そんなことないよ。大路君の匂い、落ち着く」
「さ、左様ですか」
俺の方もこんなに密着すれば、たまにする姫白さんのいい香りがダイレクトでするわけで。
「すぅー……」
「……あの、姫白さん?」
「すぅー……」
「いつまで匂いを嗅いでるんでしょうか」
「すぅー」
「……あれ、もしかして」
俺が少し身体を離すと、目を閉じて寝息を立てている。
おい、まじか。
幸せそうな顔で眠る彼女をどうするべきかと思ったが、まだ門限までは小一時間ほどある。
仕方ない、このまま寝かせてやるか。
そうして、長かったバイト二日目の夜はこうして幕を閉じる。
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