第27話 シンデレラの過去 1

 

 姫白さんは少しだけ視線を下げる。


「私の親ね、再婚してるんだ」


 スーパーで聞かされた姫白さんのお姉さん、茜さんの言葉を思い出す。

 姉妹だけど血の繋がりがない事、親が再婚した事。

 確かにあの時も、そう言っていた。


「私が小さかった時に、お父さんが病気で亡くなって。その後、私が小学校二年生になった時に今のお父さんとお母さんが結婚したんだ」


 と言う事は、茜さんとも姉妹の関係になって十年近くが経っているのか。そうなると、もう立派な家族だと無関係な俺でもそう感じる。


 姫白さんは、そのまま続けた。


「今のお父さんは仕事で家を空ける事が多くて、たまにしか帰って来ないんだ。だから、昔から家にはお母さんとお姉ちゃんと私の三人で居ることが多かったんだよね」


 今までお父さんの話を聞かされた事はなかったけど、そういう理由があったんだ。


「でも、お父さんはお姉ちゃんと私に期待しててね。二人で良い学校に進学してほしいと思ってたみたい」


 そういえば、茜さんも絢爛女子高校の二年生だ。姫白さんもこの辺りでは次に学力が高いとされる南沢高校で学年一位。二人とも充分に優秀だといえるだろう。


「私、中学まではお姉ちゃんと一緒で女子校の私立中学に通ってたんだ」


 中学から私立か、当然受験もあったんだろうけど姉妹揃って私立へ送り出すなんて……。

 やっぱり、姫白さんの家はかなり裕福なんだろうな。


「お姉ちゃんは中学の頃から頭が良くて、今と印象もだいぶ違くて。生徒会長もしてたんだよ」


 生徒会長。今の茜さんからは少し想像できないな。

 確か、髪を染めていたようだったけど。当時は違ったのだろうか。


「だから、お父さんにもすごく期待されててね。三年生の時は絢爛女子高校から推薦も来てたんだ」


 絢爛女子高校は名前の通り女子校だ。その生徒に抜擢するならやはり優秀な人材を求めるためにアンテナを張っていたんだろう。それが女子校ともなれば尚更だ。


 そのお眼鏡に叶うなんて、よっぽど茜さんは優秀な生徒なんだろう。


「でもね。私には来なかった」


 苦しそうな笑顔が俺に向けられる。

 それを聞いて、彼女が語ろうとしている内容がなんとなく伝わった。


「中学の受験を受けるまでは良かった。でも、いざ入学してみると自分が下から何番目なのかすぐに分かった。お姉ちゃんと私とじゃ全然比べ物にならない」


 きっと、その頃から姫白さんは今の悩みを抱え込んでいたのかもな。


「お父さんはそれから、私の事を見なくなった。お姉ちゃんだけにを褒めて、私には何も言わなくなった。今まで何かと比べられてきたのに中学に上がった途端、それもなくなったんだ」


「でも、姫白さんは勉強、頑張ってたんだよね」


「うん、少しでも認めて欲しくて頑張った。でもやっぱり、絢爛女子に入れたとしても上位には入れない。それに、お姉ちゃんはそんな私のことが嫌いだから」


 スーパーでの感じだと仲の良い姉妹だとは、確かに思えなかったな。


「だから、別の高校。南沢高校を選んだんだ。それに、こんな妹が居たら、お姉ちゃんにも迷惑がかかるから」


「姫白さん……」


 お姉ちゃんと会いたくないとかじゃなく、迷惑をかけてしまう。そう言うって事は。


「姫白さんは、茜さんのこと。どう思ってるの?」


「尊敬してる、かな。血の繋がりがなくても子供の頃はよく遊んだりしたし、仲も良かったと思う。近くにいたからお姉ちゃんの凄さはその時から身をもって知ってた。だから、そんなお姉ちゃんに憧れてた」


「……茜さんはその事は」


「どうだろう。直接言ったことなんてないからわからないや」


 茜さんが姫白さんに敵意を持って接しているように俺には見えた。

 もし、姫白さんの想いを知っていたとしたらあんな態度取るのだろうか。


 ……もしかして、茜さんにも何か隠しているものがあるのではないか?


「少しでも認めてもらおうと思って、南沢高校で学年一位にはなったけど。お姉ちゃんもお父さんも。もう、私には興味ないみたい」


 そんな、姫白さんだって昔から頑張って勉強してるのに。そんな悲しいこと、ないだろ。


「もしかして、今も勉強続けてるのは」


「今はもう自分のためだよ。期待はされてなくても良い大学には行きたいから。それに、勉強ができなくなっていくのも、きっと状況を悪化させちゃうから」


 前に、勉強ができれば親は何も言わないと言っていたのはこういうことか。放任主義だと言っていたのも合点がいく。

 本当の母親である妃咲さんは別にして、お父さんの方にはどんな事を言われるか。それは俺には想像できないけど、悪い方向にしか考えが及ばない。


「お父さんはきっと、私のこともう完全に見放してる」


 姫白さんがそれをわかっているかのように言った。


「そんな事……」


 何も知らない俺が否定することなど出来なかった。


「私が高校に上がって、夜に外を出歩いても何も言ってこないんだ。お母さん伝手に聞かされたのは夜十二時までの門限だけ……」


 そうか、姫白さんの門限はお父さんが。


「それを知ってるから、今の家に居たくなくなっちゃったんだ。お父さんは仕事で居なくても、お姉ちゃんはいるし。お姉ちゃんは私の顔も見たくないだろうから」


 姫白さんは茜さんを慕っていた。それでも、話に出てきたような仕打ちから、人と距離を置くというよりも環境から離れたい。そういう意思が働いたんだろう。


「そんな目で見られるのが嫌になって逃げ出したんだ私。それが、家に居たくない理由と夜に出歩き始めた理由、かな。休日も大路君の家に行くまでは外に出てるし」


 南沢高校だって充分学力を誇れる優秀な学校のはずなのにな。俺だって学力の高さを優先していたから、それを聞いてあまり良い気はしなかった。


「ちなみに、この事妃咲さんは……」


「うーん、たぶん期待されてた事くらいは知ってると思う。でも、余計な心配かけさせたくないから」


 つまり、打ち明ける相手すらいなかったってこと。


 きっと妃咲さんなら勉強の結果を聞いたら褒めてくれるだろう。

 それは初めて電話で話した時の事を考えれば予想がつく。

 でも、姫白さんが家にいる時間の長さを考えると、そういったこともないのかもしれない。


 もしかして、妃咲さんが前に助けてやってほしいと言っていたのは、これがわかっていたからなのかもしれないな。


 そう思ったら、身体が自然と動いた。

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