第32話 スキンシップ


 あっという間に日が暮れて夜になった。

 夕食を終えた俺はソファーに座り、スマホを片手にお茶を飲む。


「拓也、もっとゆっくりしていけば良かったのにな」


 数時間前に届いた拓也からのチャット。無事に家に着いたとの報告が書かれたチャットを見て、そう呟く。


「……ま、いいか」


 元々知りたかったであろう話が聞けた事に満足した拓也は、麻帆が買い物から部屋に戻るよりも先に、俺の家から出て行ってしまった。


 本人が言うには、「これ以上お前らといたら胸焼けがしそう」との事だ。

 けれど、実際に見聞きした甲斐があったようで帰り際はいつも通りの様子だったな。


 麻帆に明かせていない気持ちまで引き出されてしまったのは不本意だったが、男友達にも恵まれている事を改めて実感させられた一日でもあった。


「それにしても、デート……か」


 俺の頭の中に、拓也から言われた一言が過る。


 麻帆と二人で出掛けたら絶対に楽しいだろうなぁ。

 ……いや、楽しいだろ。楽しくないわけがないんだよ。だって、あの麻帆とお出掛けだぞ? しかも二人っきりで。楽しすぎて死ぬかもしれない。


 そんな妄想を膨らませ、俺はある事に気が付いた。


「あれ、」


 俺、麻帆の事こんなに好きだったっけ。

 ていうか、俺めちゃくちゃ麻帆のこと好きになってないか?


 そう思うほどに今の俺は彼女の事で一杯だった。


「なんだよ。これ……」


 胸が苦しい。

 走ってもいないのに、息が切れるようなこの感じ。


 彼女の事を自然と思い浮かべるようになっている自分に、顔が赤くなる。


「このままじゃいけない……か」


「なにか考え事?」


「っ⁉︎ ま、麻帆……」


 夕飯の食器の片付けを終えた麻帆が、俺が座るソファーの背もたれに顎を乗せて聞いてくる。


「どうかしたの?」


 首を傾げる麻帆に俺は息を呑む。


 うぐっ、なんなんだこの可愛さは。


 目に見えないはずのキラキラとしたオーラのようなものが麻帆に纏っているように感じる。


 麻帆の事を愛おしく想うこの気持ち……。

 俺、麻帆の事がどんどん好きになってる。


「真人君、聞いてる?」


 感情を抑えるように呼吸を整える俺の横に、麻帆が座った。


「う、うん、なんでもないよ。洗い物任せちゃってごめん」

「いいよー。って言い出したのは私なんだから気にしないでよ」


 ニコッと麻帆が笑って見せた。


「!」


 その顔を見て、つい胸が高鳴る。

 やっぱり、俺麻帆の事が好きなんだ。

 前よりも、もっと。


「? どうしたの、私の顔に何かついてる?」

「ううん。それよりさ、麻帆」

「んー?」

「どうして俺が考え事してるってわかったの?」

「あははっ、顔を見たらわかるよ」


 俺、そんなわかりやすい顔してたのか。

 ……まずいな。拓也にも顔に出やすいって言われたばかりなのに。

 俺の気持ちに気付かれる事だけは避けたい。

 こういう事は、ちゃんと自分の口で……。


「……えいっ」

「んむっ⁉︎」


 突然、自分の頬っぺたに柔らかい感触が伝わる。


 麻帆の両手が俺の顔を包み込んでいた。

 彼女の手からは、心地よい暖かさを感じる。


「おりゃー」


「っ⁉︎」


 そしてそのまま頬っぺたを、ふにふにとこねくり回された。


 な、なにこの状況!


 麻帆の柔らかい手が俺の頬に密着したままもみくちゃにされてしまう。


「ふふっ、真人くん面白い顔ー」


 そして、俺の頬から手を離す。


「びっくりした。いきなりどうしたの」


 どうしてそんな事をしたのかわからない俺に、麻帆はいつも通りの口調で話す。


「んー、真人くんが難しそうな顔してたからつい」


「……ちょっと麻帆のこと考えてた」


「えっ、私の事?」


「あ」


 言うつもりはなかったのについ口を滑らせてしまった。


「なになに? 何か相談事かな?」


「そういうんじゃないけど」


 麻帆とのデートを妄想してました。なんて、正直に答えられるわけがない。


「私に言えないこと?」


「そうでもない……けど」


 口に出すには少しばかり心の準備が必要というか……。


「もしかして……」


 俺がそう考えているうちに、なにやら麻帆は言いかける。


「……真人君っ!」


「っ!」


 そして、答えに戸惑う俺の名前を呼んだ。


「何かあるなら、ちゃんと言って? 私だって、言ってもらわないとわからない事だってあるから」


 俺は次に聞かされた言葉に、耳を疑った。

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