第37話 一つだけ

 

 麻帆から茜さんのことは聞いているけど、彼女がお姉さんである茜さんを未だ好いている事も知っている。


 それは、茜さんは知らない。でも、それを知っている俺からすれば茜さんを完全に悪い人だとは思えなかった。

 茜さんが麻帆への今の当たりが強いのは事実みたいだけど、それでも昔は仲が良かったんだ。

 今でも麻帆が茜さんのことが好きってことは、それだけ当時の茜さんはお姉さんとして慕われるくらいに優しい人だったということ。


 きっと、茜さんにも何か理由がある。……んだと思う。

 俺の勝手な推察だから確証はまだ持てないけど。


「そうですね。茜さんが思ってるような印象を持っていないことだけは言えます」


「どうして?」


「……」


 さて、どう伝えるべきか。

 麻帆が茜さんの事をまだお姉ちゃんとして好きだという事を伝える手もあるけど、それは俺から言うべき事じゃないもんな。


 ……ここは、素直な俺の気持ちを言っておくか。


「まだ茜さんと出会って日は浅いですけど、今日こうして一緒にいる限りでは、悪い人だとは思えなかったから……」


 俺はチラリと茜さんの方を見る。


「……ふーん、変わってるね。何を根拠にそんな風に言えるの? 君たちのバイト先での事もあったのに」


 あの時の茜さんは、だいぶ麻帆に攻撃的だった。でも。


「一番の理由は、雪と親友だからですかね」


「雪と?」


 たぶん、雪との関わりがなかったら茜さんの想像通りの印象が俺にはあったかもしれない。


 茜さんが雪と友人関係にある。

 俺にとってはそれが十分に茜さんを信用できる理由の一つだった。


「知ってると思いますけど、雪がこっちに引っ越す前は家が近所同士だったんです。いわば幼馴染ってやつですね」


「うん、知ってる」


 やっぱりその話も雪からはしっかりと聞いているみたいだ。


「雪は俺にとって人生で初めてできた友達なんです。だからこそわかります。雪が友達になる相手に悪い人はいませんよ」


「……そう」


 その言葉を聞いて、少しだけ驚いた表情を茜さんは見せた。


「でも、確かに言われてみたら、なんとなく納得しちゃったよ」


 雪は友達思いで、決して困ってる人を見捨てない。そういう奴だ。

 幼馴染である俺が保証する。雪の周りには昔から良い人が集まるのだ。


 それは、茜さんも同様に。


「でも、なんだか複雑だな。あの雪が判断基準になるなんて」


「確かに雪ははしゃぎすぎるところがありますもんね」


 長い付き合いだからこそ、そういう扱い方ができるんだろうな。


「子供だよねー。そうそう、中学の修学旅行の時なんかさ、自由行動の時自由奔放に連れ回されたんだよ。そんな所は今も変わらないけど」


「ははっ、想像できますね」


「でしょ?」


 張り詰めた空気感が和らぎ、俺と茜さんは声を出して笑う。


 こんな風に笑える人を、俺は悪い人だと思うなんてできない。


「でもそっか。あたしの事そんな風に思ってくれるんだ」


「その、俺からもいいですか?」


「なに? 機嫌がいいから、一つだけどんな質問でも答えてあげよう」


「あ、ありがとうございます」


 俺は、そこで息を吸って茜さんの事を見る。


「まぁ、君が聞きたいことなんて麻帆のことについてなんだろうけどさ」


「あ、あはは……」


 そう言って、遠い目をしながらジュースに刺さるストローを回す。


 茜さんって、結構鋭いところがあるんだよな。

 俺がまだ何も言っていないのに、すでにわかっているかのように言う。


「……どうして、麻帆と仲良くしようとしないんですか?」


「それが大路君の聞きたいこと?」


「はい」


 麻帆と茜さんは仲が悪い。

 というより、麻帆は別に茜さんの事を嫌悪しているわけではないし、一方的に麻帆と距離を置いているように俺からは見える。

 俺は、その理由が知りたかった。


 俺に何ができると言うわけでもないけれど、少しでも麻帆の力になってあげる事ができたらとずっと考えていたんだ。


「麻帆はさー、あたしの事どう思ってるんだろうね」


「……それは、」


 絶対に茜さんが考えているような事を思ってはいない。そう言いたいけど、俺はそれを必死に抑える。


「ごめんごめん、言えるわけないよね。あたしの事が嫌いだなんて」


「……」


 違う、違うんだ。麻帆はそんな事、これっぽっちも思っちゃいない。


 たぶん、俺が言ったって信じてはもらえないだろうけど……。


「でも、もしそう思ってるなら。それでいいんだよ」


「?」


 そう言った茜さんの顔がどこか寂しそうに見えた。

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