第36話 気まずい空間


 雪がスマホを手に、なにやら反応を示した。


「あっ、私もう帰らないと」


 小一時間ほど雑談をしたところで雪が席を立ち上がる。


「何かあったの?」


 その様子を見た茜さんがジュースを啜りながら聞いた。


「うん、お母さんから。今日は外食するから早く帰ってきなさいって」


「そっか、じゃあまた明日だね」


「うん!」


「あっ」


 俺は帰ろうとする雪に声をかける。


「まって、雪」


「ん? なに真人ちゃん」


 色々と話はしたが、何より今日は俺の相談に乗ってくれたのだからその誠意を示さなくてはいけない。


「今日はありがとう」


「ううん、真人ちゃんの頼みだもん。これぐらいなんて事ないよ!」


「その、またな」


「うん、またね!」


 ニコッと笑い、席を後にする雪の背中を俺と茜さんは見送る。


「……」


「……」


 までは良かったのだが、これからどうしよう。


 雪がいなくなり、第三者がいない俺と茜さんという初めての状況に俺は急な緊張感に襲われる。


 別にこれ以上の長居は無用だから、俺たちもサッサっと帰ればいいだけだよな。


「それじゃ、俺たちもそろそろ……」


 と、鞄に手を掛けたところで。


「まって」


「!」


 茜さんが真剣な面持ちで俺の事を見て言った。


「少し、大路君と話したいんだけど。いい?」


「わ、わかりました」


 意外にも茜さんから話を切り出され、俺は上げた腰をもう一度降ろす。


「……あの、話というのは」


 俺は恐る恐ると聞いた。


 茜さんとの共通の話題など、ほぼ無いに等しい。

 それを考えれば、話の内容は何となく分かってくるけど……。


「君はさ、あたしの事どう思ってる?」

「えっ……」


 予想外の質問に気の抜けた声が出てしまう。

 てっきり麻帆の話題を振られるかと思って身構えてたのに、そんな言葉が返ってくるとは思わなかった。


「あ、勘違いしないでね。別に君の事を好きとかで聞いてるつもりはないよ」


 そんな考えが過ぎると、茜さんは違う違うと手をひらひらとさせる。


「そうですか」


「期待してるとこ悪いけどね。大路君は私のタイプって感じじゃないし」


「あ、はい」


 なんだろう。告白もしてないのに振られるのってこんな感じなのかな。


 別に期待とかはしたつもりはないが。

 俺としては勝手に振られた感じなんだけど……。


「麻帆から聞いたんでしょ。あたしと家族の事」

「……はい」


 そして、ようやく茜さんからその話題を振られる。


「前にも言ったけど、あたしらは血の繋がりはないんだよね。形式上は姉妹だけど、別にあの子が何してようと、あたしには関係ないことだから」


「でも、今日は俺の相談聞いてくれましたよね」


 先程まで俺は麻帆とのデートについて、どういうところへ行くのが良いのかという相談をしていた。参考までにいくつか俺が考えていた場所について、茜さんも黙って話を聞いてくれてた様子だったけど。


「ただ聞いてただけだよ。現に雪しかアドバイスしなかったでしょ?」


「それは……」


 確かにそうだけど。

 目の敵にしているような相手の話を聞かされて、普通黙って最後まで聞こうとするかな?

 嫌いな相手の話しなら、席を離れようとしたり、嫌そうな素振りを見せるはずだけど。


 俺は雪に相談していた時もそれとなく茜さんの顔を窺った。でも、そういう様子は見られなかったんだよな。


「それで、君はあたしの事どう思ってるの? あたしは麻帆にとって敵みたいな存在だと思うんだけど」


「それを聞いてどうするんですか?」


「別に。ただ、大路君は麻帆のこと好きでしょ」


「はい……。って、えっ!?」


「あははっ、何その顔。驚きすぎだよ。ウケる」


「だ、だって。俺そんな事は一言も」


 ついこの前も、拓也に俺の気持ちを見抜かれてしまったが、まさか茜さんにまで読まれてしまうとは。


「だってさ、普通何も思ってない相手とのお出掛けにここまでしないでしょ。それも異性に相談までしてさ」


「……あ」


「きっと雪もそれは気付いてるはずだよ」


 そうか。俺がしている事そのものが証拠みたいなものなのか。

 夢中に考え過ぎてそこまで気が回らなかった。


「そんなに落ち込まなくても」


 下を向く俺に茜さんは続けて言った。


「大丈夫だよ麻帆には何も言わないから」


「そうしてもらえると助かります」


 茜さんがペラペラと人に話してしまうような人じゃなくて本当に良かった。


「でも、あの子にこんな友達ができるなんてね。やっぱり麻帆ってから見ても可愛いんだ」


「他の?」


「っ! ううん、他意はないよ」


 今の口ぶりだと、茜さんも同じ事を思っているような言い方だったけど。考えすぎかな。


「それより、麻帆から話を聞いた上であたしと普通に接する大路君は、あたしには何も思う事はないわけ?」


「それって、」


 俺はそれを聞いて茜さんの意図していることが分かった。


 そういう事か。茜さんは俺の好きな人の敵だから自分の事を嫌ってるんじゃないかと考えていたのだろう。

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