第35話 困ったお姉さん達


 あかねさんは雪の隣に来てすぐに俺を見て言う。


ゆきが君に会いに行くって言うから、あたしも付いてきちゃったんだけど。邪魔なら席外すから」


「良いに決まってるよ! ねっ、真人まことちゃん!」


「う、うん」


 確かに二人きりで話したいとは俺も言わなかったけど、まさか茜さんと一緒に来るとは予想外。


「んじゃ、お邪魔します」


 そうして、正面の席に二人並んで腰をかける。


 邪魔などと思うはずもないが、せめて一つくらい二人で来るような連絡が欲しかったな。


「私たち、学校だとニコイチなんて言われてるもんね!」


「不本意ながらね」


「ひどい!」


 そういえば、この二人は学校が同じで、しかも親友同士だったんだっけ……。


「それで真人ちゃん、私に相談って何?」


「相談? 大路おおじ君何か悩み事でもあるの?」


 どうやら茜さんは俺が雪を呼んだ理由については何も聞かされていないみたいだ。


「いや、あの…」


 目の前の二人にそう言われて、どうするべきかを考える。


 雪一人なら問題ないが、茜さんがいるとなると話は別だ。

 でも唯一安心した事が一つだけ。

 この前の麻帆とのやり取りをしていた時のような敵意や厳しい視線を感じない。

 こうして雪に付いて来ているところを見ると、俺は茜さんには嫌われたりはしていないみたいだ。


 とはいえ、麻帆まほの事を話題に出すのは……。


 いや、まてよ。麻帆の名前を出さなければ問題ないんじゃないか。

 ……試してみよう。


「実は、今度クラスの女の子と二人で出掛ける事になったんだけど……」


「えっ! なになに⁉︎ まさかの恋バナなの真人ちゃん!」


「別にそういうわけでは」


 俺の言葉を聞いてガッツリと食いつく雪。


 実際は麻帆の事が好きだし、デートに向けての相談だけど。ここまで反応がいいとは。


「大路君。男女が出掛けることについて相談するのは、もう立派な恋バナだよ」


「そ、そういうものですか」


 茜さんには呆れた顔で言われてしまい、俺の女性経験の無さを思い知らされる。


「そっかぁ。真人ちゃんにもついに彼女かぁ」


「いや、別に彼女ではなくて」


「任せて! お姉ちゃん、真人ちゃんの為に人肌脱いじゃうから!」


「ちょっ! 声が大きいって! 立ち上がってそんな事言わなくていいから!」


 周囲の目を気にしつつ、俺はすかさず雪に言い放つ。

 こういう突拍子もない行動はいつもの事だが、俺には必死にそれを止める理由があった。


「えっ? どうして?」


「それは……」


 どうしても何も、席を立っていきなりそんな事をしたら何かと勘違いされそうだから!


 何を思ったのか、雪は立ち上がって実際に自分が来ている制服を一枚。ブレザーを脱ごうとしていたのだ。


「雪、暖房が効いてて少し暑いのは分かるけど。大路君もいるんだからもう少し考えて行動しな」


 隣に座る茜さんが雪を座らせてくれる。

 良かった。理解がある人で助かる。


「茜までどうしたの?」


 それを不思議そうに問う雪は本当に状況が分かっていないらしい。困った幼馴染だ。


「はぁ、雪ちゃんと考えてみて」


 そうです。言ってやってください茜さん。


「大路君だって男の子なんだよ?」


 うんうん。……ん?


「雪の今の行動を見て、エッチな事だって想像しちゃうかもしれないでしょ」


「あ、茜さん⁉︎」


 助け舟を出してくれたかのように見えたが、その船は速攻で沈んだ。


 い、一体なぜそんな話になっているのだろうか。


「あっ、そっかぁ〜。真人ちゃん何か勘違いしちゃった?」


 ニマッと悪戯な笑みを浮かべる雪。


「そんな訳ないだろ! 確かに驚いたけどそんなこと考えてなんて……」


「大路君、必死乙」


「そっかぁ。真人ちゃんも成長したね〜」


「……」


 この二人、一緒にいると想像以上に厄介だな。


 俺は何も言えず身体を縮こませるのが精一杯だった。


「それで、真人ちゃんの相談はちゃんとのデートについてって事でオーケー?」


「う、うん。……って、え?」


 あれ、聞き間違えか?


「雪、今なんて……」


「えっ? だから、麻帆ちゃんとのデートについての相談でしょ?」


「な、なんで麻帆との事だって分かったの!」


 完全に彼女の名前は伏せて話題を持ち出したというのに、雪は当たり前かのように麻帆の名前を出した。


「だって真人ちゃんから女の子の話なんて、今まで聞いた事ないもん」


「あー、前に雪。大路君が友達あまりいないみたいな事言ってたっけ」


「ど、どうして。俺、そんな事一度も」


 雪には俺が友達が少ない事も話したことはなかったはずなのに。


「あはは、見てればわかるよ。昔から友達作り苦手だもんね」


「うぐっ……」


 的確な事を言われ、目に見えない槍が胸に刺さったような感じがした。


 言われてみれば、幼少時代は人見知りで今よりも友人も出来なかった。今となっては苦い思い出だ。


「再開した後も外で会う時はいつも一人だったし。友達の話もされた事ないから、きっとそうだろうなって」


 雪、昔と変わらず子供みたいな性格だと思っていたのに。

 さすが絢爛女子に通っているだけあって鋭いな。完全にお見通しといった感じだ。


「だけど、どうして麻帆が相手だってわかったの?」


「真人ちゃん、麻帆ちゃんと同じバイト先でしょ。この前会った時も一緒にいたし」


 そういえば、この前茜さんとスーパーで初めて会った時は雪もあの場にいたんだよな。


「それに、二人とも同じ学校でしょ?」


 それだけの情報があれば自然と理解してしまったのかもしれないな。

 俺、顔に出やすい上にわかりやすいって。相当まずい気がしてきたな。


「あと、茜から二人のこと聞いたから」


「あっ……」


 さらに、雪から追い打ちをかけるように新たな情報が知らされる。


 そうか。茜さんは俺と麻帆のことについて知ってる数少ない人物の一人だ。

 本人から、前に二人のお母さんである妃咲きさきさんから俺の事を聞いていると言っていたしな。


「ごめん、最初は話す気なかったんだけどさ。雪があの後しつこく聞いてきて」


「い、いえ。大丈夫です」


「だってー、気になるんだもん」


 別に茜さんがペラペラと自分から話すような人だとは思っていない。

 二人の仲だもんな。親友の雪から聞きたいとせがまれれば話してしまうのも無理はない。

 それに、俺には止める権利もないし。


 けれど、最初は言うつもりはなかったのか。茜さんも優しいところあるんだな。


「なに?」


「いえ! 何でもないです!」


 俺がジッと見つめると鋭い眼光が飛んでくる。

 まるで俺の心が読まれたような反応速度だった。


「ま、私はどうでもいいんだけどね」


「どうでも……」


その言葉に妙な寂しさを覚える。


「そうだよ。大路君と麻帆が付き合おうがなんだろうが。ていうか、まだ付き合ってないのかって私は思うけどね」


「そうだねー。真人ちゃん意外にも大胆なのに」


「二人して何の話ですか」


「麻帆ちゃんは真人ちゃんの家に毎日通ってるんでしょ? 私だって行ったことなかったのになぁ」


 雪は口を窄めてそんな事を口にする。

 やっぱり、そうなのか。拓也たくやも言ってたけど、会って間もない女子を部屋に招くというのは相当なことらしい。


「ごめん、黙ってて」


 俺は素直に謝罪する。


「別に謝る必要はないよ。でも、もっと私の事も頼ってほしかったな」


「……うん」


 なんだかんだで、血の繋がりはないけど良いお姉ちゃんみたいなところあるんだよな雪は。


「だから、今度は私も招待してね! 真人ちゃんの家!」


 前言撤回。本命はそっちか。

 でも……。


「わかったよ」


 それくらいのお礼はさせてもらおう。


「大路君、意外とチャラいところあるね。他の女子も連れ込むなんて」


「わぁー、私なにされちゃうんだろう〜」


「そういうのじゃないですから!」


 冗談めかしく笑うお姉さん二人に弄ばれながら、その後も時間は過ぎていくのだった。

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