第41話 ハイキングデート 1
「こんにちはー」
山の展望を目指してスタートしたハイキング。
もう少しで頂上というところで下に降りていく老夫婦に俺たちは挨拶を返す。
この日は偶然にも休日にしては観光客などは多くはなかった。だからこそ自分たちのペースで歩くこともできたし、周囲を気にせずお喋りをしながら山登りを楽しめている。
「一時間くらいは歩いたかな」
「うん、でもやっぱりこういう所を歩くのって気持ちがいいよね! 自然のパワーを直接感じるというかさー」
「だね」
実際に登ってみて分かったけど、道のりが長いためかちょっとしたプチ登山のような感覚だ。
駅からの距離も合わせれば、中々の距離を歩いた事だろう。
「麻帆、大丈夫? あと少しで頂上だけどこの辺りで休憩でも」
「ううん、大丈夫。あと少しだし頑張る」
「ん、了解」
麻帆は苦しそうな顔も一つせずとてもにこやかに坂を上がっていく。
俺もそんな彼女に負けないようにしっかりと足を進めていた。
自分の足で登ったという達成感がこうして身に染みるのは登山ならではだろう。
「麻帆、本当に元気だね」
「うん! 今日が楽しみだったから!」
「っ! ま、まぁ、それもあるんだろうけど」
そんな嬉しそうな顔で見られると、凝視できない。
「体育の時とかもあまり動いてるイメージなかったからさ」
「あはは、眠い時はどうしてもね。でも、運動自体は嫌いじゃないんだよ?」
「そうなんだ」
「うん!」
デートの時は女性側の足の疲れを気遣う物だと聞いたけど、俺の予想よりも麻帆は問題なさそうだ。
元々外出してた事が多かったのもあるだろうけど、バイトをしているのを見てから、麻帆はかなり体力がある。
少ない睡眠時間で朝早くに起き学校で勉強し、放課後はバイトや俺の家で過ごすなどほぼ一日中フルで活動をしている。
午前中は居眠りはしているものの、その回復力には俺も相当驚かされている。
下手すると、俺よりも体力があるんじゃないだろうか。
「でも、真人君だってすごいよ」
「俺が?」
今度は麻帆が俺の事を褒めてくれる。急な事につい聞き返してしまった。
「真人君も帰宅部だし。あっ、でも体育の授業見てる限りだと運動神経いいよね」
麻帆が言う通り、俺の運動能力は平均よりもやや高めかもしれない。それなりに体力には自信があるしな。
「中学の時は部活に入ってたからかもしれないな……」
「えっ、そうなんだ」
「うん、バスケ部だったんだけど」
そう、俺は中学時代はバスケ部に所属していた決め手は特に無く強いていうなら背が伸びる事を期待してだ。
結果的には170センチに届かないといったところだったが、バスケ自体は楽しかったな。
中学は帰宅部なんて無くて強制的に部活に入れられていたし、その時はバイトもできる年齢ではなかったし、育ての両親にも心配はかけぬように一生懸命に取り組んでいたつもりだ。
「あれ、バスケ部ってことは今の皆口君と」
「そ、元々は同じプレイヤー同士だったけど、今はもう俺だけただの経験者って感じ」
懐かしいな。今やボールにすら触れてない。
バイトで処理するダンボールの方がよく触っている。
俺がバスケをやってた事を知った拓也も驚いていたけど、今の俺はバイトが部活のようなもの。
バスケ部に再び入部する事はない。
「そっか。見てみたかったな真人くんがバスケしてるとこ」
「えっ?」
「きっと、かっこよかったんだろうね」
「!」
そうはっきり言われると照れるな。
絶対に本人には言えないけど。
俺は片手で赤くなった顔を咄嗟に隠した。
「そ、そういえば、麻帆は部活とかはしてなかったの? 今も帰宅部だけど」
麻帆の中学時代の話とかってお姉さんの茜さんの事くらいでしか聞いてなかったな。
「えっとね、一応やってたよ。部活には入らなくちゃいけなかったから」
「へー、何やってたの?」
やっぱりどこの中学校も部活動に入る事は基本的に決まりみたいだな。
「私はバレーボール」
「バレーボール! そうなんだ。俺と同じ球技だね」
今まで一緒に過ごしてきたけど、互いにまだ知らないことが多い。
それを知れるだけでも、今日のデートは有意義だといっていいかもしれない。
「うん、どっちもうちの高校の球技大会である種目だよね」
「あー、そういえばそんなのあったね」
まだだいぶ先だけど、確か秋頃に球技大会があるって拓也が言ってたな。
自分が所属する部活の種目には出れない決まりで審判でしかバスケには関われないって嘆いていたけれど。
俺と麻帆は中学の時だからそれにはカウントされないし、互いに出場する事は叶うはずだ。
「あっ、見て真人君。もうすぐだよ」
引き続き坂を上がっていると、麻帆からそう声をかけられる。
その視線の先には山頂を示す看板が立っていた。
「せっかくだから、同時に行こうよ」
「えっ、同時って……」
何やら麻帆が閃いたようで、俺の元へと近づいて来た。
きゅっ。
麻帆の小さくて柔らかい手が俺の掌を優しく包む。
「これなら同時にゴールできるでしょ?」
「う、うん」
麻帆の健気な笑顔に俺は頷くことしかできない。
自然と手を繋いでくれるけど、自分の手汗が気持ちが悪がられないか心配だ。
でも。
「せっかくなら同時に山頂の景色が見たかったんだ」
ほんと、こういうところが可愛いんだよな。
天然なところもあるけど、真面目な一面もあって何事にも一生懸命。
そんな彼女を短い間とはいえ、近くで見てきたから。
「……好きになったんだよな」
「えっ? ごめん、何か言った?」
ぽつりと呟いた言葉は麻帆には届いていない。
もちろん、聞こえないように意図して口にした事だからどうという事はない。
「ううん、なんでもないよ。行こうか」
俺は、繋がれた麻帆の手を引いて一歩前へと足を進める。
手を繋ぐきっかけを作ってくれたのは麻帆だけど、俺にも男としてのプライドがある。
だから、この先は俺のターンだ。
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