第21話 姫白さんのお母さん 1
前に姫白さんとアルバイトの話をした時の事。
『親に許してもらえるかはわからない』
そう姫白さんは言った。
しかし、実際にそう言われたわけではないようなので親に一度確認してみる事になり、姫白さんはスマホを手に取った。
俺とした事が、完全に配慮に欠けていた。当たり前のように話を進めたけど、未成年がバイトするには親の同意が必要な事を完全に忘れてしまっていた。
けれど、まさかこんな事になるとは思わなかったな……。
「き、緊張するなぁ」
バイトの事をダメ元で姫白さんがお母さんにメッセージで伝えた所、なんと俺と一度話してみたいと返信が返ってきたようなのだ。
今までの彼女の様子から、お母さんとはどうやら仲が良さそうなのだが、俺自身は話すどころか会った事すらないので、どういう人なのかは全然わからない。
そんな相手に姫白さんがアルバイトをする事について話し合わないといけないなんて。
すごく勇気がいる事だけど、こうなってしまった以上は致し方ない。俺は大人しく正座をしてその時を待った。
「――うん……うん。じゃあ、今代わるから」
俺が緊張しながら待っていると、姫白さんはお母さんと連絡を取りながらこちらへ視線を向けた。
いつかこういう機会もあるかもしれないと思っていたが、それが今日とは。
「ごめんね大路君。お母さんが急に」
「う、ううん。大丈夫」
偽りの笑顔を浮かべて答える。
俺の心臓はバクバクで、全然大丈夫ではなかった。
いくら姫白さんが俺の家に通う事を許可してくれたとはいえ、俺自身についてどう思われているのかはまた別の話だ。
普通の友達相手ならともかく、異性の相手の親となるとどんな事になるのか検討もつかない。
そしてついに、そっと姫白さんからスマホが手渡される。
この向こうに、姫白さんのお母さんが。
「……お、お電話代わりました。大路です」
恐る恐る耳を寄せて、自分が知る限りの丁寧な言葉で話かける。
「あっ、初めまして。姫白
「い、いえ! こちらこそです」
スマホのスピーカーから落ち着いた大人の女性の声が聞こえてくる。
開口一番、何を言われるか身構えていた事もあって声が上擦ってしまった。電話でさえこんな始末、もし顔を合わせたりでもしたらポンコツになる未来しか見えないな。
「そんなにかしこまらなくていいですよ。怒るわけじゃないんですから」
「そ、そうですよね」
よかった。まずはお叱りを受けないということを聞いて心底安心する。
「麻帆から聞いていた通り、いい子そうで安心しました」
「そんな事……ないです」
お褒めの言葉を頂き、自然と肩の力も抜けたような気がした。
穏やかな話し声で俺に接してくれる姫白さんのお母さん。
さすがにこちらの緊張にも気づいてくれているようで、優しい言葉を掛けてくださっている。
「改めまして、麻帆の母親の姫白
「い、いや俺が言い出した事なので、むしろこちらが申し訳ないというか」
丁寧な言葉遣いから、姫白さんのお母さん――妃咲さんの上品さが伝わってくる。
「ふふっ、大路君は本当に礼儀正しいですね。麻帆にも見習ってほしいくらいです」
「ちょっとお母さん! それどういう意味!」
「!」
すぐ近くからの姫白さんの声。
いつの間にか俺がスマホを持つ手に至近距離まで近づいて聞き耳を立てていた姫白さんに思わず驚いてしまう。
話の内容が気になるのはわかるけど、この距離はさすがに近すぎる気が……。何をするにも大体いつも近いけど、今日は特に。
「あら、怒られてしまいました」
スマホの向こうでは妃咲さんが穏やかに笑う。
この様子だと、本当にお母さんとは仲が良いみたいだな。余計に家に居たくない理由が深まるばかりだ。
「それで、アルバイトの件なのですけど……」
「は、はい! すみません!」
簡単な挨拶を終えて、本題に入ると何故か口から謝罪が漏れてしまう。
「謝らなくていいですよ? 麻帆も高校生ですし。社会勉強として良い事だと私も思っています」
「えっ、それじゃあ」
「はい。親として麻帆のアルバイトを応援します。お父さんの方にも私から説明しておきますから」
「ほんとお母さん! やったー!」
俺の横で姫白さんが両腕を挙げてはしゃぐように喜ぶ。
本当に嬉しそうだ。余程アルバイトに興味があったんだな。
俺も自分の事のように嬉しい。
「大路君」
「あっ、はい」
つい姫白さんに意識が向いてしまったが、今は妃咲さんとの通話中だった。
「こんな不出来な娘ですけど、どうぞこれからもよろしくお願いします。何事にも一生懸命なところしか取り柄がないような子ですけど、私にとっては大事な娘なので」
「あの……ありがとうございます。俺の方こそ、姫白さんが家事とか手伝ってくれているので助かります」
「そうですか。それは良かったです」
妃咲さんの声の感じから本当にホッとした事が窺えた。
「実は、ついこの前から麻帆が大路君の家に行っている間に洗濯の仕方とか料理の仕方とか電話を貰っていたんです」
「そうだったんですか!」
「ええ、あの子全然家事なんて手伝ったこともなかったのに急に連絡をもらった時は、何事かとヒヤヒヤしました」
「ひやひや?」
「もしかして、同棲でも始める気なのかと思ってしまいました」
「ごほっ、ごほっ!」
姫白さんのお母さんから直接そう言われてしまうとは。
俺たちが、現状とんでもない事をしているのだと改めて実感させられる。
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